医学界新聞

寄稿

2011.05.23

寄稿

認知症介護における介護者のうつを考える

湯原悦子(日本福祉大学社会福祉学部准教授・社会福祉学)


 今朝,朝刊を広げたところ,社会面のある記事に目がとまった。「『介護に自信ない』自殺の長女メモ?」(2011年4月4日,中日新聞朝刊)である。老夫婦が自宅で死亡し,長女が飛び降り自殺をしたという内容で,「私がやりました」「今後の介護に自信がない」という内容のメモが残されていたという。自ら命を絶った長女にいったい何が起きたのか,この家庭の介護状態はどうだったのか,記事からは詳細を読みとることはできなかった。

介護者に蔓延する疲労感,将来への悲観

 介護者が将来を悲観し,要介護者を道連れに心中を図る,要介護者を殺害するなどの事件(以下,介護殺人)が毎年,全国各地で生じている。

 保坂らが2005年に在宅介護者を対象に行った『介護者の健康実態に関するアンケート』によれば,回答した8500人中,約4人に1人がうつ状態で,65歳以上の約3割が「死にたいと思うことがある」と回答した1)。介護殺人の裁判でも,介護を担っていた被告にうつが疑われた事例が少なからず確認されている2)

 私は1998年以降,地方紙を含めた全国各地の新聞30紙を用いて介護殺人の動向について調べている。1998-2010年の13年間では,介護殺人は495件報じられており,502人が死亡していた。被害者は女性が多く(男女比26.7:73.3),加害者は男性が多い(男女比73.5:26.5)。続柄でみると夫が妻を殺害するケースが最も多く(33.9%),次に多かったのは息子が親を殺害するケース(33.3%)であった。

 記事内容から確認できた特徴としては,心中するつもりで要介護者を殺した事件が204件(41.2%),2人暮らしが183件(37.0%),加害者も障害または病気など体調不良であったのは196件(40.0%)であった。被害者が寝たきりだったのは148件(30.0%),認知症がみられたのは160件(32.3%)であった。その他,老老介護の事件も多く,加害者が60歳以上の事件は13年間で57.4%を占めており,2010年は77.8%という高い数値を示した。また,2009年には被害者が90歳以上の事件が8件生じており,在宅介護の長期化による介護者の疲弊が伺える。

いくつかの要因が重なって介護者が追い詰められる

 ここでは認知症の母と寝たきりの夫を介護していた娘が将来を悲観し,うつ状態になり,心中を図った裁判事例を基に,事件が生じた背景について考察する。

 被告は夫,母と3人で暮らしていた。近くに住んでいた子どもたち(娘,息子)とは日常的に交流していた。

 事件の5年前,母に認知症の症状がみられるようになった。事件が起きた年には徘徊するなど,目が離せない状態であった。そんななか,夫が脳梗塞で倒れて入院,意思疎通もままならない寝たきりの状態になってしまった。

 被告は母の食事の準備や洗濯などの家事をこなした後,夫が入院している病院に行き,また自宅に戻って母の食事の準備をするという生活を送っていた。被告は身体が丈夫ではなく,腰痛や高血圧の持病があった上,経済的にも苦しく,多額の借金を抱えていた。次第に不眠がち,食欲不振状態になり,体重は急激に10キロあまり減少した。

 被告は母と2人だけの生活に孤独感を募らせ,「母の世話が大変だ」「夫は回復の見込みがない」「自分自身の体調も芳しくない」「家業でできた借金もある,これから生きていてもしかたない」など将来を悲観するようになった。被告はもともと社交的で朗らかな性格であったが,人に会うこともおっくうになり,子どもらからの電話にも出なくなり,周りに死ぬことをほのめかすようになった。

 事件当日,被告は朝から目のかすみを感じ,昼ごろにはめまいがして足もふらついていた。救急車で病院に行ったところ,医師から「脳動脈瘤の疑いがあり,専門医の診察を受けるように」と言われた。自分も手術を受けなければならない,夫と同じように寝たきりになるのではないかと大きなシ...

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