医学界新聞

連載

2011.05.16

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第14回】

消化管出血

志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 研修生活2年目を迎え,あなたに任される診療範囲も広がってきた。少し自信がついてきたあなたのもとに次の患者のカルテが……。

■CASE

 55歳男性。吐血にて来院。肝硬変を指摘されている。血圧100/80mmHg,脈拍数130/分,呼吸数24/分,SpO295%(RA),体温36.5℃,心音純,肺音清。腹部圧痛なし,やや膨満。

 血圧は問題ないし,輸液をしながら採血で貧血の程度をみよう,とあなたは考えた。

■Question

Q1 消化管出血の初療はどのように行うか?
A  まずはABCの確認から開始する。

 特に吐血が頻回で血行動態が不安定,もしくは気道の問題が生じている場合などには,早めの気道確保を考慮する。気道の確保が遅れ,緊急内視鏡検査中に気道確保を行わなければいけない事態になることは絶対に避けたい。

 ABCの確認と同時進行で,酸素,IV(静脈確保),モニターが必要である。大量輸血時は,内径の大きな末梢静脈によって短時間に血液を投与する必要があるため,静脈ルートは18ゲージ以上の留置針で2本確保しておくことが望ましい。特に消化管出血においては,2本のルートのうち1本を輸血に使用する。成人において「仰臥位の収縮期血圧が100mmHg未満で,起立により脈拍数が20-30/分増加」した場合,1L以上の出血を示唆する。

 これらと同時に,胸痛・腹痛の有無,アルコール摂取量,NSAIDs服用の有無,既往歴(特に手術歴,過去の消化管出血の有無,肝硬変の有無)などを確認する。素早く診察を行い,腹膜刺激症状や腹部の膨満があるかを確認する。便の色は診療の補助になるが,絶対的な指標とはならない。上部消化管出血が疑われるが吐血の病歴がない場合などは,NGチューブを挿入して出血を確認することがある。チューブを入れることによって静脈瘤が裂けるという議論は尽きないが,NGチューブによる静脈瘤の出血は少ないとの報告もある1)

Q2 消化管出血において気を付けるべきことは何か?
A  本当に消化管出血なのかどうかを確認すること。

 消化管出血の90%は消化性潰瘍,出血性びらん性胃炎,食道静脈瘤,胃静脈瘤,マロリーワイス症候群などから成る。コーヒー残渣様嘔吐がみられ,度重なる嘔吐の末にマロリーワイス症候群となったというケースもある。また,頭蓋内出血による脳圧亢進や腸閉塞などでもコーヒー残渣様嘔吐がみられる場合がある。ほかには,鼻出血,大動脈腸管瘻,脳動静脈奇形(AVM),腫瘍,Boerhaave症候群(特発性食道破裂)などもまれではあるが考えられる。いずれの場合も,「消化管出血→安定化→止血」と思考を単純化し過ぎると,診断が誤っていたときに後戻りできない。本当に消化管出血なのかを確認することが不可欠である。

Q3 血便の色で,出血部位が上部消化管,下部消化管のいずれであるかを判別できるか?
A  できる場合もある。

 一般に,タール便は上部消化管出血を,海老茶色の血便(Hematochezia)や鮮血便は下部消化管出血を示唆する。多量の上部消化管出血はHematocheziaの11%を占めるという報告もある(Med Clin North Am. 1993[PMID:8371624])。

Q4 緊急内視鏡検査が必要なのはどのような患者か?
A  血行動態が不安定な患者。

 血行動態が不安定な患者における緊急内視鏡検査の必要性は言うまでもない。(1)血行動態が不安定,(2)Hb 8g/dL未満,(3)白血球数1万2000/μL以上,という3つの要素のうち2つ以上該当する場合には,積極的な内視鏡検査を考慮する価値がある2)。必要であれば早めに気道を確保し,人手の多いICUで内視鏡検査を行う。また,肝硬変の患者も早めの内視鏡検査が不可欠である。内視鏡検査の際には,内径の大きなNGチューブにて凝固血を洗い流し,視野を確保することが望ましい。

Q5 薬剤治療の中心は?
A  PPI(プロトンポンプ阻害薬),抗菌薬,オクトレオチド。

 H2ブロッカーは十二指腸潰瘍による出血にはほぼ効果がなく,胃潰瘍への効果も限られている(Aliment Pharmacol Ther. 2002[PMID:12030956])。一方,PPIは費用対効果も証明されており,ランダム化比較試験にて臨床的効果(内視鏡検査前の投与で内視鏡治療の必要性が減少)が証明されている3)

 上記に加え,肝硬変の患者では予防的抗菌薬投与によって出血に伴う感染や再出血のリスクが減少するという報告もあり,肝硬変の患者の消化管出血では頻回に投与される(Hepatology. 2004[PMID:14999693])。さらに肝硬変の患者では,オクトレオチドの投与が出血のコントロール,再出血の減少,病院内死亡率の減少をもたらすとの報告もある(Gut. 1997[PMID:9391254])。

Q6 内視鏡治療が成功しない場合はどうするか?
A  SBチューブあるいは外科的治療を考慮する。

 血行動態が不安定な上部消化管出血の治療の第一選択は,内視鏡治療である。もし内視鏡的止血が難しい場合には,食道静脈瘤ではSBチューブ,そしてめったにないが,コントロールできない大量出血の場合には外科的治療も考慮されるべきである。

Q7 適切な治療・フォローアップを継続するために,どこに引き継げばよいか?
A  表1と表2を参照のこと。

 吐血患者の多くは入院による内視鏡治療が必要であるが,低リスクの患者では必ずしも入院治療を必要としない(表1)。また入院患者のうち,どのような患者が血行動態が不安定になり緊急時の対応が必要となるかを,あらかじめ入院時に予想しておくことが望ましい(表2)。

表1 外来フォローのできる患者を選択する際の基準(文献より)
・60歳未満である
・不安定な合併疾患がない
・門脈圧亢進や腹水が診察上疑われない
・血液凝固能が正常である
・収縮期血圧が100mmHgを超え,ER到着から1時間以内に起立性低血圧がみられない
・Hb 10g/dL以上である
・外来フォローが確実である

表2 ICUにて治療を行うべき患者を選択する基準(文献より)
・胃洗浄で軽快しない継続的出血がある
・75歳以上である
・血液凝固能異常がみられる
・門脈圧亢進や腹水の所見がある
・Ht 20%未満である

■Disposition

 来院時,吐血は収まっていたが,その後頻回に鮮血を嘔吐。血行動態も不安定となったため,アンクロスマッチの輸血()の開始とともに気道確保を行った。ICUに入院となり緊急内視鏡治療が行われ,責任部位の静脈瘤にEVL(食道静脈瘤結紮術)による治療がなされた。

■Further reading

1)Crippin JS. Is tube feeding an option in patients with liver disease? Nutr Clin Pract. 2006; 21(3): 296-8.
↑NGチューブ肝硬変患者における安全性を議論した論文。

2)Adamopoulos AB, et al. Differentiation between patients with acute upper gastrointestinal bleeding who need early urgent upper gastrointestinal endoscopy and those who do not. A prospective study. Eur J Gastroenterol Hepatol. 2003; 15(4): 381-7.
↑内視鏡がすぐに必要な患者を予想するスコアを検証した論文。

3)Lau JY, et al. Omeprazole before endoscopy in patients with gastrointestinal bleeding. N Engl J Med. 2007; 356(16): 1631-40.
↑PPIの効果をRCTにて検証した論文。

Watch Out

 消化管出血という入電で来院する患者がすべて消化管出血であるとは限らない。神経系疾患や腸閉塞などの可能性もあるため,すぐに"Lock in"すべきではない。血行動態が不安定な患者の場合,内視鏡検査の前に,気道確保を早めに行うことも考えるべきである。一番避けたいのは,内視鏡検査中に大量吐血して心肺停止になること。仰臥位のみで血圧を測定すると大量出血を見逃すことがある。NGチューブを使用しなければわからない出血もある。しかし,NGチューブで洗浄した上で行った検査において陰性であっても,感度が十分でないため除外はできない。

つづく

文献)Allan B. Wolfson, et al. Harwood-Nuss' clinical practice of emergency medicine. 5th ed. Lippincott williams & wilkins; 2009.

註)Rh(-)O型の血液が常備されていない医療機関では,緊急時に交差適合試験を行わずに簡易血液検査のみで輸血をしなければならない場合があり得る。

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