医学界新聞

連載

2011.04.25

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第196回

アウトブレイク(11)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2924号よりつづく

 前回までのあらすじ:1955年,民間慈善団体「マーチ・オブ・ダイムズ」が全面支援したジョーナス・ソークのポリオ不活化ワクチン臨床試験が成功,全米が喜びに沸き立った。


 ポリオ不活化ワクチン臨床試験の結果発表に先立ち,マーチ・オブ・ダイムズの理事長バシル・オコーナーは,難しい決断を迫られていた。試験が成功した場合,ワクチンに対する巨大な需要が生じることは明らかだったし,国民の期待に応えるためには事前にワクチンを大量に確保しておく必要があった。一方,ワクチンを大量に発注した後に「効かない」とわかった場合,莫大な経済的損失を被ることとなってしまう。オコーナーは,「ワクチンが効く」という結果が出ることに賭け,リスクを承知の上で900万ドルの巨費を投じて2700万人分のワクチンを事前注文したのだった。

ポリオワクチン禍事件

 果たして不活化ワクチンは明瞭な感染防止効果を示し,米保健省は試験結果が公表されたその日のうちに医薬品として認可,マーチ・オブ・ダイムズも即刻ワクチン接種を呼びかけるキャンペーンを開始した。

 ソーク・ワクチンの劇的効果が発表されてから約2週後の4月25日,保健省に対し「接種を受けた児童の間に麻痺患者が現れている」という報告が全米各地から上げられるようになった。麻痺患者はカッター社製ワクチン接種者に限られていることを重視した保健省は,4月26日,同社製ワクチンの回収を命令した。アルバート・セイビンらは臨床試験開始前から「不活化ワクチン製剤にウイルスが生き残っていた場合大量のポリオ患者を産み出すことになる」と,繰り返しその危険性を警告していたが,彼らが警告した通りの事態が出来してしまったのだった。

 回収命令が出た時点で,カッター社製ワクチンはすでに38万人の子どもに投与されていた。調査の結果,同社製ワクチンの二つのロット(12万人分)で「生ウイルス」が残存していたことが明らかになった。最終的にワクチン接種後感染症状を呈した患者4万人,恒久的麻痺を残した患者51人,死者は5人に上った。さらに,感染は被接種者の周囲にも及び,麻痺患者113人,死者5人を出す事態となったのだった。

 カッター社の製剤に「生ウイルス」が残存した原因は,ソークの原法を「勝手に」変えたことにあったと言われている。ホルマリンでウイルスを不活化する際,組織培養上清中に残存する細胞残渣を除去する必要があったのだが,カッター社は,除去用のフィルターをソークの原法とは違う物に変えていた。さらに,「臨床試験の結果が報告されたその日に保健省が認可した」と前述したが,わずか2時間半の審議で5社からの製造承認申請を一括認可(しかも,カッター社を含めうち3社は臨床試験に参加していなかった)したことでもわかるように,その過程は「拙速」と言われても仕方のないものだった。 ...

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