超高齢者医療の切り札――Advance Care Planning(大蔵暢)
連載
2011.03.14
高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス
【その3】
超高齢者医療の切り札――Advance Care Planning
大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)
(前回よりつづく)
高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には、幅広い知識と臨床推論能力、患者や家族とのコミュニケーション能力、さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど、医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し、より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を、本連載でお伝えしていきます。
|
従来のAdvance Care Planningの限界
Advance Care Planning(事前ケア計画)は,将来起こり得る健康上のイベントに関して事前に受けたい治療やケアを計画しておくことであり,Living Will(生前意思表示)とSurrogate Decision Making(代理決定)とで構成される。Living Willは生前遺言とも呼ばれ,患者自身が将来の病気(や老衰)で意思決定が不可能になったときのために,事前に治療やケアに関する自分の意向や好みを示しておくことである。Living Willは,事前ではあるが患者自身の意向を反映しているという長所がある。
その一方で,特に年齢相応かそれ以上の認知機能障害を持つ虚弱高齢者が,病気になった自分を想像し,その場面でどうしてほしいかといった複雑な頭脳シミュレーションを行うことは極めて困難であり,その信頼性は高くない。また,健康状態や周辺の状況に応じて治療やケアに関する自身の意向が変化することも指摘されており,特に虚弱高齢者のLiving Willには問題が多い(Ann Intern Med. 2010 [PMID: 20713793])。
一方Surrogate Decision Makingは,前もって指名した代理人(多くの場合は配偶者や子ども)が,医療決断できなくなった患者に代わって意思決定を行うことである。代理人の存在により,患者の意思決定能力が低下または消失した場合でも医療に関する決定を行うことが可能になる。しかし,重要な決断を迫られる代理人の心理的ストレスは相当なものであり,またあくまで代理人は患者本人ではないため,その決定がいつも患者の意向を表しているとは限らない。近親者の「少しでも(どんな状態でも)長く生きていてほしい……」との思いから,老衰終末期の高齢者に対して胃ろうによる人工栄養が開始されるように,決定には患者の意向よりも代理人の願望や価値観,世間体などが影響することが多い。
一見お互いの短所を補完し合っているように見えるLiving WillとSurrogate Decision Makingであるが,これらの問題点を考慮すると従来のAdvance Care Planningは不確実な情報に基づいた信頼性の低い計画と言わざるを得ず,事前に具体的な計画を立てることにはどうしても限界がある。
患者や患者家族と信頼関係を確立し,価値観を共有する
馬事公苑クリニックでは,Advance Care Planningを「必要な時期に最善・最適な決定を行うための患者,家族,医療者による準備期間」と再定義し,図のような取り組みを行っている。本連載第2回(2916号)でComprehensive Geriatric Assessment(CGA)を概説した際に紹介した,「訪問診療導入期」でのパーソナルヒストリー聴取や神経心理評価,「維持期」の定期往診やチームカンファレンス,家族面談などの一連の流れを診療情報の収集やその時々の問題解決に利用するだけでなく,患者の人生観や死生観,好み,考え方などをチームと家族が理解,確認し共有していくプロセスと考えている。
図 新しいAdvance Care Planningの考え方 |
往診中など,高齢患者から死や延命処置などの話題が出た際には,Advance Care Planningの話をする好機であり「認知症になったら……なんて,考えたことはありますか?」「胃ろうについてどう思いますか?」といった質問をしながら話を深めていく。ユーモアを交えながらも,真摯な態度での対応を心がけている。
......
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第4回]深部感覚障害には,どのように感覚入力をするのですか?
『回復期リハビリテーションで「困った!」ときの臨床ノート』より連載 2022.06.17
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。