医学界新聞

連載

2011.03.14

高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス

【その3】
超高齢者医療の切り札――Advance Care Planning

大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


前回よりつづく

 高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には、幅広い知識と臨床推論能力、患者や家族とのコミュニケーション能力、さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど、医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し、より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を、本連載でお伝えしていきます。


症例】 83歳の高齢女性Aさん。5年前に脳血管障害による左側麻痺を患ってから,介護付き老人ホームに入居している。入居以来,抑うつ症状と食欲低下を呈する脳血管障害後うつ病・老年期うつ病に対し薬物治療を受けていたが,症状の改善はみられず,認知機能も低下して高度虚弱状態が続いていた。

最近せん妄を伴う尿路感染症を起こし,そのころからさらに食事摂取量が低下,ついには各食1-2割しか摂取しなくなった。人工栄養を含む延命処置や終末期ケアについて検討すべき時期であったが,Aさんの事前の意向を示すものがなく,また,認知機能は既に自身での決定が不可能なレベルまで低下していた。

従来のAdvance Care Planningの限界

 Advance Care Planning(事前ケア計画)は,将来起こり得る健康上のイベントに関して事前に受けたい治療やケアを計画しておくことであり,Living Will(生前意思表示)とSurrogate Decision Making(代理決定)とで構成される。Living Willは生前遺言とも呼ばれ,患者自身が将来の病気(や老衰)で意思決定が不可能になったときのために,事前に治療やケアに関する自分の意向や好みを示しておくことである。Living Willは,事前ではあるが患者自身の意向を反映しているという長所がある。

 その一方で,特に年齢相応かそれ以上の認知機能障害を持つ虚弱高齢者が,病気になった自分を想像し,その場面でどうしてほしいかといった複雑な頭脳シミュレーションを行うことは極めて困難であり,その信頼性は高くない。また,健康状態や周辺の状況に応じて治療やケアに関する自身の意向が変化することも指摘されており,特に虚弱高齢者のLiving Willには問題が多い(Ann Intern Med. 2010 [PMID: 20713793])。

 一方Surrogate Decision Makingは,前もって指名した代理人(多くの場合は配偶者や子ども)が,医療決断できなくなった患者に代わって意思決定を行うことである。代理人の存在により,患者の意思決定能力が低下または消失した場合でも医療に関する決定を行うことが可能になる。しかし,重要な決断を迫られる代理人の心理的ストレスは相当なものであり,またあくまで代理人は患者本人ではないため,その決定がいつも患者の意向を表しているとは限らない。近親者の「少しでも(どんな状態でも)長く生きていてほしい……」との思いから,老衰終末期の高齢者に対して胃ろうによる人工栄養が開始されるように,決定には患者の意向よりも代理人の願望や価値観,世間体などが影響することが多い。

 一見お互いの短所を補完し合っているように見えるLiving WillとSurrogate Decision Makingであるが,これらの問題点を考慮すると従来のAdvance Care Planningは不確実な情報に基づいた信頼性の低い計画と言わざるを得ず,事前に具体的な計画を立てることにはどうしても限界がある。

患者や患者家族と信頼関係を確立し,価値観を共有する

 馬......

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