感染症:壊死性筋膜炎(志賀隆)
連載
2011.02.07
それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴
【第12回】
感染症:壊死性筋膜炎
志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)
(前回よりつづく)
わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。
総合内科のローテーションを終え,感染症診療の重要性をあらためて認識したあなた。「三大フォーカスは,呼吸器,尿路,肝胆・消化器。そして……」と復習しつつ,救急外来に到着。そこに救急車の入電があり,「発熱・左大腿部痛」とのこと。
■CASE
38歳女性。成人スティル病にて通院治療中。内服はアザチオプリン,プレドニゾン。5日前に陰部ヘルペスにてアシクロビルを処方された。血圧80/60 mmHg,心拍数130/分,SpO292%(RA),体温38.0℃,呼吸数30/分。身体所見は肺野清,心音純,腹部平坦で軟。項部硬直なし。外陰部の腫脹,発赤そして紫色の変色を認める。四肢の発赤はないが,左大腿部の痛み,強い圧痛・緊満感を認める。
診察をしたあなたは,「これは重症敗血症だ!」と考えたが,同時に「女性なのになぜ会陰部の軟部組織感染症が?」との疑問を持った。
■Question
Q1 敗血症の定義は何か?
A 感染症によって起きるSIRS(全身性炎症反応症候群)。
SIRSは,下記の2つもしくはそれ以上を満たしたときに診断となる。
・体温<36℃あるいは>38℃
・心拍数>90/分
・呼吸数>20/分あるいはPaCO2<32 mmHg
・白血球数>12000/μLあるいは<4000/μL
重症敗血症は,敗血症の中でも特に臓器不全,組織還流不全,低血圧を来す。その徴候として,乳酸アシドーシス,乏尿,意識障害などを伴う。
Q2 陰部の所見と左大腿の関連性は何か?
A 壊死性筋膜炎。
会陰部に起きる重症軟部組織感染症であるフルニエ壊疽は男性患者が大多数を占めるが,女性が発症する場合もある。特に免疫抑制下にある患者では,感染のさらなる伸展が筋膜レベルで起こり得る。
あなたが敗血症性ショックの標準的治療EGDT(Early Goal-Directed Therapy)を開始する準備をしているところに指導医が――。
指導医「確かに重症敗血症だね。EGDTとともに外科へコンサルトが必要だ。」
あなた「外科ですか?」
指導医「そうだよ。この左大腿の皮疹を伴わない激痛(Pain out of proportion),緊満感は壊死性筋膜炎が疑わしい。一刻も早く手術にて診断をつけなければ左下肢を失いかねない。」
Q3 EGDTとはどのような治療法か?
A 組織還流を最適化するための三段階のプロトコル。
EGDTとは,米国の救急専門医,内科専門医,集中治療専門医(註)であるDr. Riversが2001年に発表した,救急部から集中治療を始めることによって敗血症の治療成績を改善する三段階のプロトコルである1)。敗血症の診療では,迅速な抗菌薬の投与が必要である。そのため,抗菌薬使用前に血液培養2セット,尿培養を採取するとともに,胸部X線撮影を同時進行で行う。
敗血症には2種類のタイプがあり,タイプ1は複数の嫌気性菌・好気性菌の混合感染,タイプ2はA群連鎖球菌である。特にタイプ1では広域をカバーする抗菌薬の投与が望ましい。毒素産生の抑制のため,クリンダマイシンが投与されることが多い。
EGDTの第一段階は,中心静脈圧(CVP)を8-12 mmHgに保つために晶質液を投与することである。重症敗血症の患者はしばしば4-6Lの晶質液を必要とするため,輸液過多の臨床的なサインをモニターする必要がある。人工呼吸管理下の患者では,CVPの目標は胸腔内圧の増加から12-15 mmHgとなる。
第二段階は,患者が輸液にて改善しない場合に平均動脈圧(MAP)が65 mmHgを越えるように保つことである。患者が極度の重症で初めから昇圧剤が必要な場合を除いて,十分量の晶質液を投与した後に昇圧剤を使用することが望ましい。
第三段階は,中心静脈カテーテルより上大静脈の血液を採取し,中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)を測定することである。ScvO2は組織血管床からの還流の酸素飽和度であり,酸素の需要供給差を測ることができる。乳酸値と同様に組織還流のマーカーである2)。通常ScvO2が70%未満の場合には,組織の酸素需要に対して供給が十分でないと考えられる。
適切な酸素供給・運搬は,マスクからの酸素投与,循環血液量の増加,MAPの増加によって達成される(EGDTの初めの二段階)。他の酸素供給・運搬を最大化する方法としては,肺胞への酸素運搬を増やす(人工呼吸管理下でFiO2を1.0にする),へモグロビン濃度を最適化(ヘマトクリット値30%を保つように輸血),心拍出量を最適化(前負荷が十分になったところでドブタミンを使用する)などがある。
Q4 壊死性筋膜炎は画像診断,臨床診断のどちらで診断するか?
A 臨床診断。
壊死性筋膜炎は,M&Mカンファレンスの常連疾患である。壊死性筋膜炎によくある誤解を,以下にポイントとして挙げたい。
・典型的な画像が皮膚所見を伴うものであるためか,壊死性「筋膜炎」という筋膜が主座となる病態にもかかわらず,皮膚所見の有無が重要であるという誤解がある。
・迅速に診断・治療しなければ急激に病巣が広がることが理解されない。
・ガスなどが画像で認められない場合に否定しようとする。
・検査結果に拘泥し,外科コンサルトが遅れる。
・CT・MRIを重視し過ぎて,画像診断の間に病巣が広がってしまう。
壊死性筋膜炎の早期診断を可能にするために,LRINEC(Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis)scoreという指標がある(表)。合計が6点以上であれば壊死性筋膜炎の疑いが強まり,8点以上なら75%以上の確率となる3)。スコアリングは重要になるが,鑑別診断に壊死性筋膜炎が挙がることが最も重要である。
表 LRINEC score | |
|
見逃せば即,四肢の切断や死亡につながることを考えると,臨床所見を手がかりに経験のある外科医を探すほうが重要であろう。
Q5 確定診断はどのように行うか?
A 疑ったら手術し,生検にて診断する。
診断には,手術時の所見で筋膜を含めた軟部組織の壊死と,軟部組織と筋肉が簡単に剥離することが重要である。生検する場合は正確な培養のため広がりの最先端にて行うことが望ましい。壊死性筋膜炎の経験のある外科医でなければ手術を躊躇することが多く,救急医は全力で経験のある外科医を探さねばならない。
■Disposition
はじめ整形外科にコンサルトしたが,「画像検査を実施する」という方向になったため,すぐに一般外科にもコンサルト。一般外科の指導医が診察し,画像検査を行わず手術へ。壊死性筋膜炎の診断となった。
■Further reading
1)Rivers E, et al; Early Goal-Directed Therapy Collaborative Group. Early goal-directed therapy in the treatment of severe sepsis and septic shock. N Engl J Med. 2001; 345(19): 1368-77.
↑Dr. RiversによるEGDTについての文献。
2)Jones AE, et al; Emergency Medicine Shock Research Network (EMShockNet) Investigators. Lactate clearance vs central venous oxygen saturation as goals of early sepsis therapy: a randomized clinical trial. JAMA. 2010; 303(8): 739-46.
↑ScvO2の測定に基づいた治療と乳酸値に基づいた治療では,病院での死亡率に差は出なかった。
3)Wong CH, et al. The LRINEC (Laboratory Risk Indicator for Necrotizing Fasciitis) score: a tool for distinguishing necrotizing fasciitis from other soft tissue infections. Crit Care Med. 2004; 32(7): 1535-41.
↑LRINEC scoreについての文献。外的妥当性には注意が必要である。
4)Hong YC, et al. The effect of prolonged ED stay on outcome in patients with necrotizing fasciitis. Am J Emerg Med. 2009; 27(4): 385-90.
↑壊死性筋膜炎の予後と救急部滞在時間の関係を分析している。
Watch Out壊死性筋膜炎は「筋膜炎」である。皮膚所見がない場合もある。壊死性筋膜炎を疑ったら手術経験のある外科医を迅速に見つけ,手術室に連れて行かなければならない。画像や検査所見全盛の現代において,救急医が臨床診断から患者を救わなければいけない疾患である。 |
(つづく)
註)日本と異なりそれぞれ数年のカリキュラムに則ったトレーニングが必要なため,内科と救急の専門医資格を持つのは極端に難しい。
*本稿執筆に当たり,町淳二先生,藤谷茂樹先生にお世話になりました。御礼申し上げます。
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