医学界新聞

連載

2010.12.06

連載

あらゆる科で
メンタル障害を診る時代に
知っておいてほしいこと

最終回
向精神薬を高齢者に処方するとき

姫井昭男(PHメンタルクリニック/大阪医科大学神経精神医学教室)


前回よりつづく

 "心の病"が日々取りざたされる時代になっても,初めから精神科・心療内科に足を運ぶ人はそう多くはいません。メンタルに不調を感じつつも,まずは精神科以外の科を受診してみる,という考え方が,まだ一般的なのです。そこで本連載では,どの診療科の医師でもメンタル障害を診る可能性がある現状を踏まえ,そのプライマリ・ケアの知識とスキルを学びます。メンタル障害に"慌てない,尻込みしない"心構えをつくりましょう。


■超高齢社会に追いつけない医療

 今,日本で議論を急がねばならないのは,超高齢社会で国民の豊かな生活を維持するための施策です。これは政治と医療に共通する課題であるため,混同されて取り上げられがちですが,既に医療システムは超高齢社会に対応しきれず破綻寸前であり,早急な改革が必要とされています。

 日本の医療システムは,欧米で改良が重ねられた既存のシステムをカスタマイズして発展してきました。ところが高齢者医療に関しては,世界一の長寿国である日本が最も多くの知見を有しており,見本となる医療システムは,他のどの国にも存在しないといっても過言ではありません。

 つまり絶対的・標準的な指針がなく,臨床に携わる者がおのおのの経験を元に手探りで対応するしかない状況であり,非常に効率が悪いと言わざるを得ません。また老年期の医療は,疾病の完治を最終目標として積極的な治療を行うのではなく,メンタルとフィジカルのバランスを取り,生活機能を最大限に維持することが目標です。ですから治療効果を最大限に発揮するためには,各診療科の医師の技術を集結させねばなりませんが,そうしたリエゾン医療の体制が整っている医療機関は限られています。

 そこで最終回では,高齢者医療にかかわる各診療科の医師が,精神科のリエゾンサポートがない状況で,高齢者に向精神薬を処方するときに気をつけてほしいことをまとめてお話しします。

■精査が必要な高齢者の精神症状

 今,認知症をはじめとして高齢者のメンタル障害のケースが急増しているのは周知の事実です。ここでは比較的多く遭遇する高齢者の精神症状について,どのような観点から診て,どう対応すべきか解説します。

●夜間せん妄
 せん妄とは意識の混濁が原因で低覚醒が起こり,その結果激しい精神運動性興奮が起こっている状態をいいます。子どもが寝ぼけて(低覚醒状態),何かに驚いて取り乱すさまに似ています。こうした状態では,外界からの刺激は情報として適切に処理されず,不安や恐怖を引き起こす原因となります。

 せん妄が夜間に現れやすいのは,(1)眠る準備をするために生理的に低覚醒へ移行する,(2)視覚情報が減じる(特に白内障がある場合は顕著),という悪条件が重なるためです。症状改善のためには,夜間にしっかり睡眠が誘発されるよう昼間の活動性を上げるといった生活改善をまず試みて,それでも効果が見られなかったときに初めて,薬物療法を導入すべきです。

 薬物療法の場合,チアプリドを第一選択とする臨床医が多く,筆者も同意見です。次の選択としては,ごく少量のハロペリドールなどの抗精神病薬がスタンダードになりつつあります。"ごく少量"とするのは,錐体外路症状や過鎮静を起こさせないためです。第二世代抗精神病薬も高い効果が得られるのですが,日本では統合失調症のみの適応ですから処方には注意が必要です。

 また,せん妄状態かどうか判断に迷ったとき注意してほしいのは,マイナートランキライザーの投与の有無です。過鎮静や睡眠導入薬の遷延が原因でせん妄様の症状が起こることもあるので鑑別が必要です。当然ながら,この場合の対処方法はマ...

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