アウトブレイク(2)(李啓充)
連載
2010.11.15
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第186回
アウトブレイク(2)
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(2901号よりつづく)
前回のあらすじ:2010年,カリフォルニア州で百日咳が大流行。新生児に死者が続出する事態に,成人への予防接種が呼びかけられるようになった。
百日咳流行の人種差と地域差
ではなぜ,米国の中でも,カリフォルニア州に限定して百日咳が大流行したのだろうか? この理由を考えるために,まず,2010年の流行について,そのパターンを見てみよう(註1)。
最初に目につくのは「人種差」である。例えば,死亡例9例のうち8例をヒスパニックが占めていた。前回,感染例・死亡例は新生児に集中していると書いたが,6か月未満の新生児でみたとき,人口10万人当たりの患者数でみた感染率はヒスパニックの323人に対し白人は137人(カリフォルニア州全体では260人)と,ヒスパニックで突出している。しかし,予防接種率については人種差がほとんどないことが知られており,新生児感染の人種差が予防接種率の差でもたらされたとは説明しにくい。ヒスパニックは大家族で同居する割合が高いため,成人から新生児に感染する機会が多いのではないかと推測されている。
次に目につくパターンは,「地域差」である。州全体の「人口10万人当たりの患者数でみた感染率」が13.4人であるのに対し,郡別にみた感染率は最低0人から最高136人と,地域により大きな差が出ているのである。地域差一般が何によってもたらされているのかについてはまだ定説はないが,マリン郡で感染率が122人(州第2位)と突出して高くなっている理由については,「予防接種率の低さ」との関連が指摘されている。
予防接種免除がもたらす「集団としての免疫」の低下
マリン郡は,サンフランシスコから金門橋を渡った場所に位置し,住民の収入・教育程度が高いことで知られている。カリフォルニア州でも就学児の予防接種を法律で義務付けているのは他の州と変わらないが,同州の場合,「個人的信条」を理由に予防接種を免除することに,非常に「寛大」であることで知られている。親が簡単な書類にサインするだけで,子どもの予防接種を拒否することができる仕組みとなっているのである。
予防接種を拒否する親は,なぜか収入・教育程度が高い階層に多いと言われているが,マリン郡も例外ではなく,州平均の予防接種免除率が約2%であるのに対し,同郡の免除率は7%に達している。しかも,予防接種免除率は学区によっても大きく異なり,約半数の児童が予防接種免除を認められている学区さえ存在する。予防接種率が著しく低い学区が,感染の「ホット・スポット」となる事態は容易に想像され,今回の大流行にも大きく寄与しているのではないかと推察されているのである。
予防接種免除と百日咳感染の関連を示した報告は多いが,例えば,フェイキンらは,コロラド州における調査で,学童・生徒を予防接種を免除された群と受けた群とで比較したとき,百日咳感染率は5.9倍違ったと報告している(ちなみに,麻疹では22.2倍)。また,予防接種免除率が高い学校ほど学内の百日咳流行が起こりやすい傾向が認められ,免除率が1%増すごとに流行発生が起こる危険が12%増すと推測された。さらに,地域別にみたとき,予防接種を受けた学童・児童の百日咳感染率は免除者が多い地域で増える傾向が認められ,予防接種免除が「集団としての免疫(herd immunity)」に大きな影響を与えていることが示唆されたのだった(註2)。
一方,オメルらは,全米の州を予防接種免除が認められる難易度で比較し,免除を得ることが容易な州で百日咳感染率が高い傾向を示している(註3)。それだけでなく,予防接種免除が容易に得られる州では免除率が年々増加する傾向が認められ,百日咳大流行のリスクが年々増大しつつあることが示唆されたのである。
子どもに予防接種を受けさせたくないと思っているのは,高収入・高学歴の親に多いと書いたが,彼らはなぜ,「予防接種を受けさせないことが子どものためになる」と考えているのだろうか? 次回以降,親たちが予防接種を忌避する背景について考える。
(この項つづく)
註1:今回挙げた数字は,カリフォルニア州公衆衛生局が2010年10月5日に集計したデータに拠った。
註2:Feikin DR, et al. Individual and community risks of measles and pertussis associated with personal exemptions to immunization. JAMA. 2000 ; 284(24) : 3145-50.
註3:Omer SB, et al. Nonmedical exemptions to school immunization requirements : secular trends and association of state policies with pertussis incidence. JAMA. 2006 ; 296(14) : 1757-63.
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