医学界新聞

2010.08.23

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


質的研究のための現象学入門
対人支援の「意味」をわかりたい人へ

佐久川 肇 編著
植田 嘉好子,山本 玲菜 著

《評 者》西村 ユミ(阪大コミュニケーションデザイン・センター准教授)

新たな研究方法が発する問い

 医療や福祉の分野において患者やクライエントに手を差しのべようとするとき,支援者はそれぞれの学問分野の理論やツールを駆使してその人の状態を理解しようとする。一人ひとりの個別性を重視して支援をしようとするためだ。が,その理解の枠組みが,その人の生や苦悩を取りこぼしてしまうとき,枠組みの問い直しや別様の視点の探求に向けた運動が発動する。本書は,その運動の一つとして編まれている。

 著者らがめざすのは,よりよい支援としての「実存的支援」である。「苦痛や困窮」を体験しているクライエントが「生きる意味と価値」の達成に向かえるよう支援するために,彼らの「個別的体験の意味」「生の実存的意味」を解き明かそうとする。その際採用されたのが,「既成の前提を置かず,ものごとを根源から考える」「現象学の原理」である。が,「ものごとがどのように見えるかは,研究者の見方によって異なっている」。この「研究者の主観を客観化すること」,その原理の解明と方法論の提案が本書の柱といってよいだろう。

 著者らはこの原理として,現象学の概念である「還元」を取り上げ,その作業(解釈の手順)を紹介する。それによって,クライエントの体験の「実存的意味」が,第三者にも妥当なものとして取り出される,とされる。そしてこの作業は,研究の初心者にもわかりやすいよう,研究の手順として図式化して提案される。

 興味深いのは,支援領域における現象学的研究の課題として,「客観性の問題がある」というサイエンス側からの批判への応答と,「果たして現象学と称する資格があるのか」という内部からの批判への応答が記述されている点である。こうした批判を予測し,その応答が準備されるのは,現象学的研究が研究方法として確立(固定)されていないことの現れかもしれない。

 しかし,一つの方法として固定されること,とりわけ方法の手順化への疑問や議論もある。現象学が,近代科学の客観主義的な構えの問題性に切り込もうとしたのは,科学自体をも成り立たせている生きられた経験の忘却への反省ゆえであった。本書も,このモチーフを手がかりにしているはずだ。「事象そのものへ」という格率は,それだからこそ一切の先入見を排して事実に即して事象を見つめていく態度を要請した標語である。現象学は,「おのれを示す当のものを,そのものがおのれをおのれ自身のほうから示すとおりに,おのれ自身のほうから見させるということ」〔マルティン・ハイデガー著,原佑・渡邊二郎訳,『存在と時間』。中央公論社,1980年〕。それゆえ記述のスタイルや方法は,事象である現れのほうが強いてくる。支援領域の研究において,他者の経験を理解する視点や方法は,その他者の経験のほうに与えられ,経験の理解は記述を通して発見される。それらは決して,その人の経験の“外側”にある,あらかじめ作られた方法や手順に従うことからでは見えてこない。

 それゆえに現象学は,「己れ自身の端緒のつねに更新されてゆく経験」とされる〔メルロ=ポンティ著,竹内芳郎・小木貞孝訳,『知覚の現象学1』。みすず書房,1967年〕。それを手がかりにした本書の方法は,更新される経験の一様態であり,とらえ直されるべきものとなるだろう。本書に触れて,研究の方法(論)とは何であるのか,「事象そのもの」に徹しようとする現象学の態度はわれわれに何を問いかけているのか,という根本的な課題についてあらためて考えさせられた。

B5・頁144 定価2,520円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01008-5


看護現場学の方法と成果
いのちの学びのマネジメント

陣田 泰子 編著

《評 者》勝原 裕美子(聖隷浜松病院副院長兼総看護部長)

経験が概念化されたとき看護現場学が誕生した

 本書を読んで圧倒されるのは,著者の作成した図表の多さだ。さまざまな角度から現場を概念化し,表現している。ともすれば,看護の日常は,業務を効率的に回すことや正確に反復することにエネルギーが注がれがちだ。看護部の教育研修も,どのような人を育てたいのかという前提や将来展望が欠けるままに,例年通りのプログラムを運営することに時間を割くことが多い。

 そんな現場を,ゆったりと深呼吸しながら,間をとり,天空から眺めるように俯瞰してみる。そうすると,現場で渦巻く現象が,ほかの渦巻きと混ざり合い相互作用している様子や,地上では二次元でしかとらえられて...

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