医学界新聞

寄稿

2010.08.09

【寄稿】

「もたれ合い社会」からの脱皮を
新型インフルエンザの経験を通して

高山義浩


 日本は「もたれ合い社会」である。「支え合い」ではない。「もたれ合い」である。支え合うためには,個人や組織が自立している必要があるが,日本社会は皆で寄りかかり合って成立している。つまり,「もたれ合い社会」である。

〈目安〉に縛られる患者や地域

 本来,医療とは個々の患者に帰結すべきものであり,医療者と患者の対話のなかで答えが見いだされるべきものだ。公衆衛生についても同様で,本来は地域の特性に応じて決定されるべきものであり,地域住民に帰結すべきものである。もちろん全国的な指針というものは必要だが,それは共通事項を再確認するような〈目安〉であるべきで,少なくとも患者や地域を縛るものであってはならない(例外は多々あるが,議論を進めるために割愛する)。

 例えば,昨年の新型インフルエンザ対策では,そうした疑問を感じた医療者の皆さんも多かったと思う。実際,厚労省で通知を作成する側にいた筆者も,それこそ,大都市と農村に同じ運用指針を適用しようとすること自体に無理があると感じていた。濃厚接触者に求めた外出自粛を例に挙げよう。筆者がかつて診療していた長野県の農村では,そもそも外出自粛など無意味な概念である。それは,たぶんこんな会話になる。

「お孫さん,新型インフルだな。あんたは外出自粛だわ」
「なんと! 先生,畑に行ったらいけねぇだか?」
「そりゃ別に構わんさ。まあ,町に行くなって意味だな」
「へぇ,ジャスコに行くなって意味だな。けど,めったに俺は行かねぇよ」

 国として細かく取り決めることには限界がある。予測される以上にアソビの部分を作っておかなければ,現場では必ず摩擦が発生し,最悪,火を噴くことになりかねない。

「箸の上げ下ろしまで指示」を求めるのは誰か

 一方で,すべてを決めてもらわなければ困るとして,少なからぬ自治体が頻繁に問い合わせてきた。医療機関や市町村からの問い合わせを,そのまま国に問い合わせてくる自治体も多い。例えば,ある県の担当者から,こんな問い合わせが筆者のデスクに寄せられたことがある。

「いまから,新型インフルエンザへの感染が疑われる患者を受診させます。自家用車で高速道路を移動することになりますが,途中でトイレに行きたくなった場合には,どうすればよいのですか?」

 当時のメディアでは,自治体担当者のコメントで「厚労省は箸の上げ下ろしまで指示してくる」と批判が出たりしたが,箸の上げ下ろしどころか,パンツの上げ下ろしまで指示を求めているわけだ(あくまで一部の自治体であるが,かといって特殊な事例というわけでもない)。

 もちろん,その自治体担当者が「パンツの下ろし方」を知らないわけではないのだ。「障害者用のトイレでも使って,ササッと用を足していただけばよいのではないでしょうか?」という筆者の提案に,県の担当者は「そうですよねぇ」と満足げである。

 担当者にとって何が必要だったかというと,「厚労省の担当者がいいと言った」という言質なのだろう。週刊誌に『驚愕! 連休の混雑パーキングエリアで新フル患者がトイレを共用! ~○○県危機管理のお粗末』なんて記事...

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