強心薬・昇圧薬の使いかた(1)(大野博司)
連載
2010.08.02
クリティカルケア入門セミナー
大野博司
(洛和会音羽病院ICU/CCU,感染症科,腎臓内科,総合診療科)
[第 5 回]
■ 強心薬・昇圧薬の使いかた(1)
(2886号よりつづく)
今回と次回で,クリティカルケアにおける強心薬・昇圧薬の使いかたについて取り上げます。
CASECase1 糖尿病,高血圧,肺気腫のある75歳男性。ADLは自立。1週間前に感冒様症状,2日前から発熱,労作時呼吸苦,喀痰,咳嗽で来院。O210L/分でSpO290%,血圧70/40 mmHg,心拍数140/分・不整,呼吸数25/分,体温39.5℃。右肺野喘鳴著明。粘稠な喀痰あり。肺炎,敗血症性ショックの診断でICU入室。ER,ICUで生食500 mL×2,5%アルブミン250 mL×2負荷をされ,ノルアドレナリン持続静注0.1 mg/mLを5 mL/時,抗菌薬アンピシリン・スルバクタム3 g+生食100 mL投与開始しICU入室となった。 Case2 心不全,腎不全,高血圧,糖尿病のある90歳男性。自宅で入浴中に心肺停止状態で発見。心肺蘇生されながらERに搬送。アドレナリン1 mg/A×2静注,生食500 mL×1負荷,気管内挿管,胸骨圧迫にて約5分で自己心拍再開。O28L/分でSpO299%,血圧50/30 mmHg,心拍数120/分,自発呼吸なし,体温35.0℃。ドパミン3 mg/mLを5 mL/時(推定体重:50 kg)で開始。低酸素脳症への低体温療法,全身管理目的でICU入室。 Case3 拡張型心筋症,慢性心不全の85歳女性。3日前からの労作性呼吸苦あり,ここ2日で夜間発作性起坐呼吸,下肢の浮腫が強くなっていた。ERに搬送。O215 L/分でSpO290%,血圧80/40 mmHg,心拍数90/分,呼吸数25/分,体温36.5℃。両肺野喘鳴著明,両下肢浮腫。体重+2 kg。うっ血性心不全急性増悪および心原性ショック疑いでICU入室。ニコランジル12 mg/V×5+生食60 mLで4 mLフラッシュし4 mL/時,およびドブタミン3 mg/mLを5 mL/時スタートとなった。 Case4 前立腺肥大で経尿道的前立腺切除術を施行された82歳男性。術中の逆行性尿管造影後に著明な血圧低下,呼吸状態の悪化にて術後ICU入室。FIO260%でPaO2110,血圧180/90 mmHg,心拍数120/分,呼吸数25/分,体温36.5℃。両肺野喘鳴著明。アドレナリン1mg/A+生食9 mLで3 mL右大腿外側に筋注。その後,徐々に血圧正常化,呼吸状態改善。造影剤によるアナフィラキシーの診断。 Case5 陳旧性心筋梗塞,高血圧,徐脈のある75歳男性。1日前からの労作性呼吸苦あり,ER受診。O23L/分でSpO296%,血圧110/40 mmHg,心拍数30/分,完全房室ブロック,体温35.5℃。徐脈による心原性ショック,緊急ペーシング目的でICU入室。一時的ペーシング準備までに,硫酸アトロピン0.5 mg/A×2静注し,イソプロテレノール0.2 mg/A×5+生食45 mLで2 mL/時スタートとなった。 Case6 冠動脈三枝病変による虚血性心疾患,慢性心不全のある80歳女性。3日前からの労作性呼吸苦あり,ここ2日で夜間発作性起坐呼吸,下肢の浮腫が強くなっていた。ERに搬送。内服薬はACE阻害薬,β遮断薬,抗血小板薬,ループ利尿薬,K保持性利尿薬。O215L/分でSpO290%,血圧130/40 mmHg,心拍数90/分,呼吸数25/分,体温36.5℃。両肺野喘鳴著明,両下肢浮腫。体重+3.5 kg。うっ血性心不全急性増悪でICU入室。ニトログリセリン原液5 mL/時およびミルリノン原液2 mL/時,フロセミド20 mg/A×2静注スタートとなった。 |
クリティカルケアでの昇圧薬・強心薬の考えかた
ショックに陥るケースを多く扱うクリティカルケアの現場では,昇圧薬・強心薬はなくてはならない薬剤です。しかし,昇圧薬・強心薬の使用が生存率改善につながるかどうかは明らかではなく,むしろ昇圧薬・強心薬の使用が必要なケースは死亡率が高いことがわかってきています。
ですから,ショックの原因疾患の治療を優先させるとともに,患者の全身状態が改善するまでの間の“つなぎ”として,そして緊急事態のその場をしのぐ薬剤として,昇圧薬・強心薬を必要最小限の投与量・投与期間で用いるという意識が大切です。
循環維持の指標は1つではなく,心収縮力,前負荷,平均動脈圧,全身血管抵抗,乳酸値,中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)などを総合的に判断して,昇圧薬・強心薬の必要最小限の投与量・投与期間を決めていく必要があります。
昇圧薬・強心薬の大原則その1
|
昇圧薬・強心薬を安全に使うために
実際の現場で昇圧薬・強心薬を安全に使うためには,次の3点に注意します。
*太い末梢ルート,できれば中心静脈ルートから投与する!(血管外漏出により効果が得られない,また血管外漏出により皮膚の壊死を起こす可能性があるため)
*持続投与中はルート内を満たすよう投与する。フラッシュする必要がある場合は,十分なモニタリングを行う!(心臓,血管に作用する薬剤はすべて催不整脈作用があるため)
*可能な限り,統一した持続静注メニューを施設ごとに作る!(医療ミスを少なくするため)
心機能を規定する因子
昇圧薬・強心薬の作用を理解するためには,心機能を規定する4つの因子(心拍数,心収縮力,前負荷,後負荷)について知っておく必要があります(図)。
図 心機能を規定する因子 |
心機能をわかりやすくするために心拍出量を考えてみましょう。
心拍出量(L/分)
=1回拍出量(L/回)×心拍数(回/分) |
1回拍出量は3つの要素(心収縮力,前負荷preload,後負荷afterload)から成ります。
心拍数は,それぞれ増加(陽性変時作用),低下(陰性変時作用)で表されます。
心収縮力は,それぞれ増加(陽性変力作用),低下(陰性変力作用)で表され,適切な後負荷のもとでは心筋の収縮力が強力であればあるほど1回拍出量は増加する,という原則があります。
前負荷は静脈還流量(体液量),つまり心臓に戻ってくる血液量を表し,前負荷が増大すれば1回拍出量も増加し,一方で前負荷が足りないと1回拍出量は低下します。
後負荷は末梢血管抵抗であり,末梢血管の硬さ,末梢血管収縮を表し,平均動脈圧や体血管抵抗で代用されます。後負荷が高すぎても(=心臓から押し出せない),低すぎても(=見ための心拍出量増加)いけません。
体血管抵抗係数(SVRI)
=〔平均動脈圧(MAP)-中心静脈圧(CVP)〕×80/心係数(CI) ※基準値は1600-2400 |
以上の4つの心機能を規定する因子に注意して昇圧薬・強心薬を使っていくと理解しやすいと思います。
これらの因子を理解した上で,最終的なアウトカムとして血圧の数値があるという理解に到達すると,血圧の数字だけを気にすることはそれほど大きな意味がないことにも気付くと思います。今までの内容を電気のオームの法則(電圧=抵抗×電流)から理解してみるのもよいでしょう。
オームの法則を,心臓・血管で置き換えると,
血圧=末梢血管抵抗×心拍出量 |
となります。
交感神経刺激――アドレナリン受容体の作用
交感神経刺激によるα1,α2およびβ1,β2,β3受容体の組織分布とその作用については,表を参照してください。
表 アドレナリン受容体の作用 |
*
次回,昇圧薬・強心薬の実際の使いかたについてさらに解説します。
(つづく)
参考文献
1)Homes CL. Vasoactive drugs in the intensive care unit. Curr Opin Crit Care. 2005 ; 11 (5): 413-7.
2)Overgaard CB, et al. Inotropes and vasopressors : review of physiology and clinical use in cardiovascular disease. Circulation. 2008 ; 118 (10): 1047-56.
3)De Backer D, et al. Comparison of dopamine and norepinephrine in the treatment of shock. N Engl J Med. 2010 ; 362 (9): 779-89.
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