医学界新聞

連載

2010.08.02

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第6回】

中毒
抗ヒスタミン薬

志賀隆
(Instructor of Surgery Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 精神科ローテーションを終えたあなたは,薬物過量摂取の患者を数名診ることがあった。救急車からの入電が次の患者の来院を告げる。

■Case

 38歳女性。主訴は意識障害。やや興奮していて会話に集中できず,幻視もみられることから家族が救急要請。脈拍数105/分,血圧132/81 mmHg,呼吸数18/分,体温37.8℃,SpO2 98%(RA)。薬物過量摂取による自殺企図の既往あり。幻視・多弁がみられ,せん妄状態。皮膚・口腔は乾燥。皮膚はやや紅潮している。瞳孔は両側4 mmと散大しているが,対光反射は保たれている。胸腹部の所見はやや低下した腸雑音以外には異常なし。四肢に裂創などの異常なし。心電図は洞調律でQT,QRS,aVrは正常範囲内。

■Question

Q1 バイタルサインの確認後にすることは何か?
A 救急隊員や家族に,開いた薬の箱や包装が家にあったかどうかを確認する。

 ベテランの救急隊員は,薬物過量摂取の患者の搬送の際は現場にあった包装を持ってくることが多い。これは非常に重要なことである。もし,空き箱や包装が確認されていないときには,必要な情報を家族から得た後に一度自宅に帰らせ,ゴミ箱なども含めしっかりと探してもらうことも必要である。

 この症例では,市販の睡眠薬と風邪薬の過量摂取が判明した。

Q2 中毒患者の問診で大事なことは?
A MATTERSという語呂を覚えておこう。

Medication Amount どのような薬を摂取したのか。パラケルススの言葉「The dose makes the poison」のように,水でも薬でも,毒性は量で決まる。過量摂取の疑われる患者では,どの薬をどれだけ服用したのかという情報収集は欠かせない。また,日本の救急病院は米国と比較し中毒関連の検査の種類と迅速さに劣り,多くの場合検査データをタイムリーに得ることが難しい。そのため,摂取した総量と症状から治療の判断をすりあわせる必要がある場合が多い。

Time Taken アセトアミノフェンを服用した場合,摂取後4時間は“distribution phase”と呼ばれ正確な濃度を判定できない。胃洗浄は1時間以内,活性炭は1―4時間以内という摂取時間からの推奨もあり(Further reading 1),薬を摂取してからの経過時間は極めて重要である。

Emesis 自殺企図による過量摂取が多いため,嘔吐の有無は摂取総量を予想する上で重要である。

Reason 多くの場合自殺企図による過量摂取であるため,きっかけとなったイベントや既往歴など,家族も含めた問診が欠かせない。

Signs Symptoms 徴候と症状(Q3で詳述)。

●本症例では,数日前に恋人と破局したことが判明。嘔吐はなし。摂取時間不明。

Q3 Toxidromeとは何か?
A 中毒によって起こる症状のこと。症状のグループによって分類がある。

 診察では,意識状態,バイタルサイン,瞳孔,皮膚,匂い,神経所見(眼振,クローヌスなど)を必ず診察することで,どのような薬剤を摂取したのかをある程度予想することができる。代表的なものはの通りである。

 代表的な薬と,その過剰摂取がもたらす症状

 サリチル酸中毒の初期では,過換気とアルカローシスのみを認める場合があり,アセトアミノフェン中毒では無症状の場合があるため,この2つの血中濃度の測定はtoxidromeがなくても推奨される。本症例では皮膚・口腔が乾燥しており,抗ヒスタミン薬による抗コリン作用が疑われた。

Q4 尿中乱用薬物推定キットの使用時に注意する点は?
A 陰性だからと言って,他の中毒が否定されたわけではない。それぞれの薬物に関して感度特異度の問題点がある。

 意識障害や中毒における尿検査の問題点を以下に挙げる。

(1)陽性の項目があると原因が他にあってもそこで鑑別が止まってしまう。

(2)他の薬物によって偽陽性だったにもかかわらずそれを認識できない。

例)風邪薬のエフェドリン(麻黄などに含まれる)やザンタックで覚醒剤(アンフェタミン)が偽陽性。咳止めのデキストロメタファン,ジヒドロコデインで麻薬が偽陽性。ジフェンヒドラミンやシメチジンにてPCP(ペンタクロロフェノール)が偽陽性。

(3)陰性だった場合も,中毒でないと思い込んでしまう可能性がある。しかし,尿のスクリーニングによって除外できる中毒物質は氷山の一角に過ぎない。

(4)偽陰性も問題になる。麻薬においては,オキシコンチンなど新しいものの感度は低いので偽陰性の可能性があり,ベンゾジアゼピンでも偽陰性が多く,よく見逃すことがある。反面,大麻テトラヒドロカンナビノール・コカインなどは非常に正確である。

Q5 活性炭の使用適応とタイミングは?
A 一般に摂取後1時間以内。意識がはっきりしていて嚥下性肺炎の可能性が低い場合が適応。

 胃洗浄同様(1時間以内)に,活性炭の適応は限られている。健常者のボランティアにおいて,1時間より経過した後に活性炭を投与しても,アセトアミノフェンの血中濃度に差は見られなかった。また,選択バイアスやアセトアミノフェン摂取群を除外したという問題もあるが,ある臨床試験では活性炭による臨床上の利点はなく,嘔吐等による合併症が増えたという報告がある(Am J Ther. 2002.[PMID : 12115019])

 ただ,活性炭の頻回投与(MDAC)の適応になる場合には,摂取後1時間以降でも考慮する。これらの薬剤は,ABCDと覚えるとよい。

A:アスピリン,アミノフィリン,アンチマラリア(キニンなど)

B:バルビツレート,βブロッカー

C:カルバマゼピン

D:ダイレンチン(アレビアチン)

『ステップビヨンドレジデント2――救急で必ず出合う疾患編』(羊土社)より

 本症例のように抗コリンの作用のある薬剤摂取時も,摂取後1時間以降でも活性炭投与を考慮する。

■Disposition

 尿検査にてAMPが陽性であったが,風邪薬にエフェドリンが含まれていたためそれによるものと考えられた。睡眠薬はジフェンヒドラミンであった。せん妄状態であったため,リスクとベネフィットを考えて活性炭・ネオスチグミンは投与せず。家族に付き添いをお願いし入院。翌日意識清明となり,第3病日家族に付き添われ,精神科外来を受診。

■Further reading

1)Flomenbaum N, et al. Goldfrank’s Toxicologic Emergencies, 8th ed. McGraw-Hill Professional. 2006.
↑言わずと知れた中毒の最高峰の教科書。尿検査,活性炭など素晴らしいまとめがたくさん掲載されている。

2)Boyer EW, et al. The serotonin syndrome. N Engl J Med. 2005 ; 352(11) : 1112-20.
↑Hunter基準など救急医必読。

3)Merigian KS, et al. Single-dose oral activated charcoal in the treatment of the self-poisoned patient : a prospective, randomized, controlled trial. Am J Ther. 2002 ; 9(4): 301-8.
↑批判的に読むとよい。

Watch Out

 薬物の血中濃度がタイムリーに帰ってくる施設が少ない日本では,服用薬の種類・量そしてtoxidromeが中毒診療の鍵である。尿検査を使う際,疑陽性・偽陰性そしてすべて陰性だった場合の診断仮説の早期閉鎖に注意する。多くの場合,細胞外液点滴によって改善することはない。胃洗浄・活性炭投与は適応をしっかりと知って安全に配慮して行うべきである。原因不明で中毒を疑う場合は,中毒情報センターを積極的に利用すべきである。

つづく

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