医学界新聞

連載

2010.07.05

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第5回】

耳鼻科:咽後膿瘍

志賀隆
(Instructor of Surgery Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 小児科ローテーション後,あなたは小児診療にも自信を持ち始めていた。「小児は小さな大人じゃない」と小児科の指導医に言われて納得し,慎重な診療を心がけていた。感冒の患者を何人か診たあなたの次の患者の予診票には「発熱・頸部痛」とあり,髄膜炎か? と思い診療に入る。

■Case

 生来健康な3歳児。予防接種はすべて接種。3日続く頸部痛にて来院。2日前に発熱で受診。解熱剤を使用するも,発熱と頸部痛が続き来院。咽頭痛と鼻汁あり。嘔吐下痢や咳嗽はなし。経口摂取はやや減。羞明なし。体温38.0 ℃,脈拍数107/分,呼吸数24/分,SpO298%(RA),体重16.6 kg。笑顔あり意識清明。発疹なし。やや大きく赤みがかった両側扁桃。軟口蓋の異常なし。口蓋垂は中線。頸の伸展がかなり制限。頸部リンパ節腫脹あり。開口制限なし。肺は清。心音は純。腹部と四肢は正常。

■Question

Q1 発熱と咽頭痛の小児で除外すべき鑑別診断は何か?
A 急性喉頭蓋炎,扁桃周囲膿瘍,咽後膿瘍,クループ,異物など。鑑別診断を考える上で,図1の断面図を参考にされたい。

図1 頸部の横断面の解剖
咽頭後部のリンパ節は成人では消失しているため,「咽後膿瘍」は小児特有の疾患である。感染は通常,扁桃,のど,副鼻腔,アデノイド,鼻,中耳から広がり膿瘍を形成する。

 米国ではインフルエンザ菌b型(Haemophilus influenzae type b ; Hib)の予防接種が全国的に行われて以来,インフルエンザ桿菌による急性喉頭蓋炎は激減した。日本では,予防接種は始まったとはいえ任意であり,高額なため,今後も小児科医や救急医がインフルエンザ桿菌による喉頭蓋炎を診ることはあるだろう。

 高熱と咽頭痛がありtoxicな見た目で三脚のように前のめりで座っている(tripod position)患児で,喉の所見がはっきりとしない場合には,逆に「おかしいな?」と考えて,見えていないところ(喉頭蓋)に病巣があるのではないかと疑う必要がある。挿管・ジェット換気をすぐにできるよう準備をして,耳鼻科医と麻酔科医を呼び,手術室で気道を確保することが望ましい。もし,呼吸停止など緊急の挿管が必要な場合,胸部を圧迫すると腫れ上がった喉頭蓋の隙間から声門を通る空気の流れがわかり,チューブを入れる目印になるということを,筆者は研修中に指導医から指導を受けた。

 扁桃周囲膿瘍で一番大事なのは,開口制限があるかないかである。ドレナージが必要となるような膿瘍では必ずと言っていいほど開口制限が出る。そのほかには,口蓋垂が片側に寄っている,軟口蓋が腫脹,発赤して前方に張り出しているなどが典型的な所見である。ドレナージを行う際は,外側から内側へ向かうことが望ましい。内側から外側へ向かうと頸静脈などがあり,危険である。

 クループは,喘鳴と含み声で見た目がtoxicでない印象があるのが特徴。咽頭痛がかならずしもあるわけではなく,エピネフリン吸入とデキサメタゾンの経口投与にて4時間経過観察し,それでも喘鳴が続けば入院とする。軽快すれば帰宅可能である。通常は臨床診断が可能で,X線は必ずしも必要ではない。上気道の疾患を診断するにあたって単純X線に頼りすぎないことは大事である。喉頭蓋炎やクループであっても,60%程度は正常と読まれることがあるとの報告もある(Laryngoscope.1985[PMID:4046698])。単純X線は咽後腫瘍の確定診断には至らないが,参考になる所見と具体例について図2を参照されたい。

図2 頸部単純X線 軟部組織
頸部の軟部組織の撮影時には伸展をして撮影をしないと,椎体前の軟部組織が厚く見えてしまうことがある。頸部を伸展して再度撮影してそれでも厚いのかを見なければならない。頸部の軟部組織の側面像では通常C2の椎体前方の軟部組織の厚みは,7 mm未満,C3/C4レベルでは5 mm未満,もしくは椎体の幅の半分未満となる。
*Radiology case in pediatric emergency medicine Hawaii Universityより,Dr. Loren G. Yamamotoのご許可を得て掲載。

 米国では,細菌性気管炎との鑑別(よりtoxicな見た目で気道からの分泌物が多い)が重要になるが,日本では急性喉頭蓋炎もやはり常に鑑別にあげるべきであろう。喘鳴のある患児は異物の可能性も考慮せねばならない。咽後膿瘍については後述参照のこと。

 この症例では,予防接種がHibも含めて接種されていること,項部硬直があること,toxicではないことから喉頭蓋炎や細菌性気管炎よりも咽後膿瘍が疑わしい。

Q2 項部硬直であげるべき鑑別診断は何か?
A 髄膜炎が一番であるが,咽後膿瘍もそのひとつである。

 発熱と項部硬直のある小児において,髄膜炎はまず鑑別にあがらなければいけない。しかし,全身状態や様子が髄膜炎と合致しない場合には,咽後膿瘍も考えるとよい。29例の症例を後ろ向きに分析した研究では,45%が項部硬直を認めたという報告がある(Further reading 2)。この症例では,細菌性髄膜炎よりも咽後膿瘍が疑わしいと考えられる。

Q3 咽後膿瘍の治療は?
A CT撮影後(図3)に,咽頭後部の蜂窩織炎なのか,膿瘍なのかを判別する。咽後膿瘍であれば,経静脈の抗菌薬を開始して耳鼻科にコンサルトする。

図3 頸部造影CT
傍咽頭隙と咽頭後部スペースの接するところに膿瘍が認められる。

 咽後膿瘍は,喉頭蓋炎が予防接種で激減した米国では,新しい世紀の上気道の感染症とも呼ばれている。とはいえ,一般的には頻度の低い疾患で,さまざまなプレゼンテーションがあり,しかし早期診断が望まれるため,救急医を悩ます疾患である。参考文献の一読をお勧めする(Further reading 2)。

■Disposition

 CT撮影後すぐに耳鼻科にコンサルト,抗菌薬投与が開始され,入院となった。

■Further reading

1)Ishimine P. Fever without source in children 0 to 36 months of age. Pediatr Clin North Am. 2006 ; 53(2) : 167-94.
↑予防接種が進んだ後の米国の小児発熱診療を解説している。

2)Craig FW, Schunk JE. Retropharyngeal abscess in children : clinical presentation, utility of imaging, and current management. Pediatrics. 2003 ; 111(6 Pt 1) : 1394-8.
↑64例の症例を後ろ向きに分析した論文。さまざまなプレゼンテーションが紹介されている。

3)http://www.hawaii.edu/medicine/pediatrics/pemxray/pemxray.html
↑小児救急の素晴らしく教育的な画像集がある。

Watch Out

 病歴と身体所見から髄膜炎を疑う症例では,血液培養を取り,腰椎穿刺を行うが,来院から30分以内に抗菌薬の投与が勧められる。施設の方針がデキサメタゾンの投与を勧めるのであれば,抗菌薬の前にデキサメタゾンを使用することも考慮すべきである。

 しかし,比較的全身状態が良好な項部硬直と発熱の場合には,咽後膿瘍を鑑別に入れることが勧められる。CTを撮らなければ診断できないため,髄膜炎だけにとらわれると診断がつかない。

つづく

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