院内感染へのアプローチ(谷口俊文)
連載
2010.07.05
レジデントのための 【19回】 院内感染へのアプローチ 谷口俊文 |
(前回よりつづく)
今回は,入院患者ならば誰もがリスクのある院内感染(Hospital-Acquired Infections)を学びたいと思います。感染のフォーカスとしては,人工呼吸器関連肺炎(VAP ; Ventilator Associated Pneumonia),カテーテル関連血流感染(CLABSI ; Central Line-Associated Blood Stream Infection),カテーテル関連尿路感染(CAUTI ; Catheter-Associated Urinary Tract Infection)などがメインであり,この3つを中心に取り上げます。
■Case
46歳の男性。高血圧,糖尿病の既往あり。糖尿病はインスリン療法にて治療中だが,2日前に糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)にて入院。輸液,インスリン静脈注射などを経て,血糖は治療目標値まで下げることができた。入院第5日目にて38.6℃の発熱。胸部X線写真は正常,白血球数は13,000/mm3 で,血液培養は2セット採取され陰性。末梢ラインと尿道カテーテルが入っている。尿検査の結果,尿混濁がみられ,白血球多数,尿培養からはESBL陽性の大腸菌が検出された。
Clinical Discussion
まずは発熱のワークアップをしなければならない。入院時に発熱や感染を認めずに入院後72時間以降に発熱しているので,感染症が原因ならば院内感染である(ほかには深部静脈血栓,薬剤性発熱などを見落としやすい)。今回は尿の検査によりCAUTIが発熱の原因となった症例である。まずどのようなアセスメントが必要だろうか? 培養結果が返ってくる前のエンピリックの抗菌薬には何を選択すべきか?
マネジメントの基本
それぞれに関してEBMに基づく米国ガイドラインがあり,日本語に翻訳されている。ここでは,最重要ポイントとそのエビデンスに注目する。複数の有用な感染予防対策を「バンドル(束)」にすること,またチェックリストを利用して予防策の漏れがないか確認することが推奨されている(簡単な解説は文献(1)を参照)。
人工呼吸器関連肺炎(VAP)
必要のない挿管はしない(非侵襲的陽圧換気療法が利用できる際には利用),清潔操作,口腔ケアなどは予防の基本。WHAP VAPというキャンペーンを紹介しよう。Wean the patient(なるべく早くウィーニングする),Hand hygiene(清潔操作),Aspiration precautions(誤嚥予防),Prevent contamination(コンタミ予防)をスタッフに認知させるだけで,46%ものVAP発生率を低下させたという研究である(Chest. 2004[PMID : 15189945])。誤嚥予防の中で重要なのは,ベッドの頭部を30-45度程度上げて半臥位(semirecumbent)を保つことだろう。VAP発生を67%低下させた研究(JAMA. 1993[PMID : 8411554])があり,非常に効果的であるとされる。しかしこれが守られている施設は少ない。
VAPの診断は表が参考になる。VAPが疑わしいとき,エンピリックの治療を開始することになる。病院のアンチバイオグラム(分離菌の薬剤感受性率)を参考にして,グラム陰性菌をターゲットとした抗菌薬を決定する。MRSAが施設で頻発する感染症である場合は,MRSAもターゲットにすべきである。バンコマイシンもしくはリネゾリドを使用する。バンコマイシンは高めのトラフ値(15-20μg/mL)が推奨されている。
表 VAPの診断(文献(1)より) | |
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カテーテル関連血流感染(CLABSI)
挿入部位の消毒にポビドンヨードはクロルヘキシジンと比較して感染率が高いために使用は推奨されない(Ann Intern Med. 2002[PMID : 12044127])。CLABSI予防のためにカテーテル挿入前の手洗い,挿入時のマスク,帽子,滅菌の手袋・ガウンの使用などの最大限の清潔操作をする。やむを得ない場合を除き鼠径静脈からのアクセスは使用せず,緊急で使用した場合などは24時間以内に抜去する。
アルゴリズムを図に示す。コアグラーゼ陰性ブドウ球菌はカテを抜去せずとも治療可能かもしれないが,他のグラム陽性菌,グラム陰性菌,カンジダなどの真菌はすぐに抜去することが推奨されている。治療期間は,合併症がない場合には血液培養が陰性化してから14日間ほど治療する。心内膜炎などの合併症がある場合には4-6週間の長期抗菌薬投与が推奨される。
図 (短期挿入)中心静脈カテーテル関連感染のアルゴリズムの一例 |
CLABSIは発熱と血液培養の陽性にて診断されることが多いが,臨床的にCLABSIを考え,エンピリックに治療を開始したい場合には血液培養をライン・末梢からそれぞれ採取後,MRSAをカバーするためにバンコマイシン,グラム陰性菌をカバーするために各施設のアンチバイオグラムに基づいた抗緑膿菌薬(第4世代セフェム系,カルバペネム系)にて治療を開始する。血流感染におけるグラム陽性菌カバーのためにリネゾリドを使用するエビデンスは弱く,現時点では推奨されない。
TPN,鼠径静脈へのアクセス,広域抗菌薬を長期間使用していた場合,移植,血液悪性腫瘍の患者はカンジダ感染のリスクが高くなるため,カテーテル感染の徴候が確認されたらすぐに抜去し,エキノカンジン系抗真菌薬,もしくはフルコナゾールを使用する。血液培養からカンジダが検出された場合にはカンジダ眼内炎をチェックする必要があり,眼科コンサルトは必須である。
カテーテル関連尿路感染(CAUTI)
尿道カテーテル感染は院内感染の80%程度を占める。敗血症を呈する患者もいる。必要のないカテーテルは入れない,必要なくなったらすぐに抜去する。カテーテルの挿入された患者の尿路感染症はなかなか症状として表れないのが特徴である。診断は必ずカテーテル抜去後,抗菌薬を始める前に,「新しいカテーテルを挿入してから」,もしくはカテが必要なくなったのならば「中間尿から」培養を採取する。
CAUTIの定義として培養プレートにて103 cfu/mL以上認める必要がある。CA-ASB(catheter associated asymptomatic bacteriuria)は,尿道カテーテルが入っており,尿検査・培養の結果がUTIの所見を示すが無症候である状態をいう。1菌種で105 cfu/mL以上培養される必要がある。この状態は一般的には治療は推奨されないが,妊婦においては48時間以上尿所見が陽性の場合は治療対象となる。CAUTIの治療は反応がよければ7日間,治療に対する反応が遷延する場合は10-14日間。65歳以下で上部尿路感染症所見が認められないCAUTIの場合には,カテ抜去後3日間の抗菌薬投与でもよいとされる(文献(3))。
診療のポイント
・WHAP VAPでVAPを予防する。
・中心静脈ライン挿入時の消毒はクロルヘキシジン系消毒薬をなるべく使用。
・必要のないカテーテルは抜去する。
・エンピリック治療はアンチバイオグラムを参考に,グラム陰性菌をなるべく外さない。
この症例に対するアプローチ
エンピリック療法としては院内のアンチバイオグラムに従い,グラム陰性菌をよくカバーするセフェピムを使用。尿培養検査の結果,103 cfu/mLを超えており,CAUTIであると判断。この患者はすでに尿道カテーテルを必要としないためカテを抜去とし,尿培養の感受性検査に従い抗菌薬を決定した(本症例ではESBLのためメロペネムに切り替えた)。
治療開始後,反応は良好だったため治療期間は7日間とした。ESBL陽性の場合は接触予防策が必要になることも忘れてはならない。
Further Reading
(1)Peleg AY, Hooper DC. Hospital-acquired infections due to gram-negative bacteria. N Engl J Med. 2010 ; 362(19) : 1804-13. [PMID : 20463340]
↑グラム陰性菌による院内感染に関してよくまとまっており,必読である。
(2)Mermel LA, et al. Clinical practice guidelines for the diagnosis and management of intravascular catheter-related infection : 2009 Update by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis.2009 ; 49(1) : 1-45.[PMID : 19489710]
(3)Hooton TM, et al. Diagnosis, prevention, and treatment of catheter-associated urinary tract infection in adults : 2009 International Clinical Practice Guidelines from the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 2010 ; 50(5) : 625-63. [PMID : 20175247]
(つづく)
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