米医療保険制度改革(1)Unfinished Business(李 啓充)
連載
2010.04.26
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第173回
米医療保険制度改革(1)
Unfinished Business
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(2875号よりつづく)
3月23日,前々日に下院が可決したばかりの医療保険制度改革法案にオバマ大統領が署名,同法が成立した。
今回成立した改革法によって3200万人の無保険者が救済され,現在国民の6人に1人(17%)を占める無保険者が20人に1人(5%)まで減少すると見積もられている。低所得者用公的医療保険メディケイドの加入要件(収入上限額)を大幅に緩和するとともに,加入資格以上の所得がある層に対しては保険料支払いを支援するための所得スライド制減税措置を新設,無保険社会解消をめざす。
同時に,保険会社への規制を強め,(1)既存症を理由にした保険加入拒否あるいは保険料割り増し,(2)保険加入後の疾病罹患などを理由にした保険取り消し,および(3)保険給付額に「生涯上限額」(註1)を設ける等の行為が禁止され,消費者(被保険者)保護体制が強化された。
ケネディ家と医療保険制度改革
歴史的法律の成立とあって,ホワイトハウス・イースト・ルームで行われた大統領署名には多くの関係者(ほとんどは政治家)が招かれたが,署名するオバマのすぐ後方,もっとも目立つ位置に立った女性は,故エドワード・ケネディ上院議員夫人のビッキー・ケネディだった。皆保険制成立のために生涯を捧げて戦ったケネディの功績を称えるために,オバマが特別に招待したのだった。
ケネディは,オバマにとって,大統領選に当選することができた「恩人」でもあった。民主党予備選で,「本命」と目されるヒラリー・クリントンを相手に苦しい戦いを強いられていた流れを変え,優勢に立つきっかけをつくったのは,ケネディがオバマ支持を決めたことにあった。そして,ケネディが支持を決めた最大の理由は,「皆保険制を実現できるのはオバマしかいない」と信じたことにあったのである。
そもそもケネディ家と医療保険改革のかかわりは,35代大統領ジョン・F・ケネディ(以下,JFK)にさかのぼる。JFKは大統領に就任するとともに,公的高齢者用医療保険「メディケア」の創設を内政の最優先目標とした。JFKが始めた努力は最終的に1965年,ジョンソン大統領の下で結実するのだが,4年間議会を通過しなかったメディケア法案が最終的に成立した最大の要因は,JFK暗殺後米国を覆った「弔い」ムードにあったと言われている。メディケアは「JFKが命と引き替えに成立させた」と言っても過言ではないのである。
ケネディは,兄JFKがメディケア設立に苦闘する姿を間近に目撃したわけだが,彼自身が医療保険改革(=皆保険制実現)を生涯最大の目標にするようになった最大の理由は,自身および家族の怪我・病気体験にあった。まず1964年,搭乗機が墜落,瀕死の重傷を負ったケネディは,何か月もの入院生活を強いられた(この年,病床から戦った選挙に圧勝,上院再選を果たした)。
また,1973年には,長男テディJr.が12歳で骨肉腫と診断され,ケネディは,癌と闘う子を持つ親の立場に立たされた。ダナ・ファーバー癌研究所での手術・抗癌剤治験に立ち会う過程で,ケネディは多くの親と知り合った。幸い,彼の長男は最先端医療のかいあって救命されたが,無保険であるがために治療を半ばであきらめなければならない親たちの苦悶も目の当たりにしたのだった。その後も,次男パトリックの小児喘息,長女カラの肺癌(2002年)と,ケネディは,わが子の病気に心を痛める体験を強いられた。
「未完の仕事」をオバマに託して
ケネディが議会に初めて「皆保険法」を提出したのは1970年のことであったが,それ以後40年近く,皆保険制実現のために奮闘した。当初はイギリス型の国営皆保険制をめざしたものの,米国民に特有の「大きな政府嫌い」を考えたとき実現は...
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