医学界新聞

連載

2010.04.12

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第172回

看護師が犯した「罪」

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2873号よりつづく

 テキサス州医療監察委員会(以下,ボード)に,「ウィンクラー郡郡立病院に勤めるロランド・アラフィレス医師が水準以下の診療を行って患者を危険に曝している」とする匿名の手紙が届いたのは,2009年4月のことだった。手紙の主は,水準以下の治療が行われた実例6例のカルテ番号を提供しただけでなく,アラフィレスが自分の患者にサプリメントを売りつける「副業」を営んでいることも報告した。

 手紙を受け取った2日後,ボードはアラフィレスに対し「苦情が寄せられた」ことを通知した。アラフィレスにとって水準以下の診療でボードの審査・処分を受けるのはこれが初めてではなかった。過去のボードとのかかわりは不愉快以外の何物でもなかっただけに,「匿名の手紙を書いた主は自分を陥れようとしている」と被害者意識を抱いたのも不思議はなかった。アラフィレスは,自分が陥った苦境について,友人に相談することにした。

告発の手紙が「犯人」捜しに発展

 相談することにした友人とは,18年間同郡のシェリフ(保安官)を務めてきたロバート・ロバーツ。ロバーツにとって,アラフィレスは心臓発作を起こしたときに命を救ってくれた「恩人」であった。恩人を陥れようとした不届き者をとっちめようと奮い立ったのかどうかは知らないが,ロバーツは,アラフィレスに「ハラスメントを受けた」とする被害届を出させると,ボードに対し「犯罪捜査に必要」と手紙のコピーを請求した。

 ボードから提供されたコピーのおかげで「犯人」捜しは極めて容易となった。手紙の主が,自分のことを「郡立病院に1980年代から勤める50代女性」と説明していたからである。ロバーツは捜査令状を取り付けると,「犯人」と目される看護師のコンピュータを押収,彼女が手紙の主であることを証明した。

 ロバーツは,手紙を書いたアン・ミッチェル(52歳)と,書くのを手伝ったビッキリン・ゴール(54歳)の二看護師を逮捕した。罪状は「公的情報の不正使用」(有罪の場合,刑期は最長10年)だったが,「ボードあての手紙に本来秘密であるべき患者のカルテ番号を記したことが犯罪となる」と,牽強付会としか言いようがない理屈で二人を罪に問うたのだった。

 そもそも,ミッチェルが手紙を匿名としたのは,報復解雇されることを恐れたからだった。しかし,逮捕の10日前,病院は何の理由も説明せずに,ミッチェルとゴールの二人を解雇していた。ロバーツが病院・郡関係者に手を回した結果であったろうことは容易に推察される。

病院管理者が問題医師をかばう背景

 一方,二人の逮捕・起訴は,全米の看護師を激怒させた。水準以下の診療を行う医師について報告した行為は,患者を守る立場にある看護師として,本来の責務を果たしたに過ぎない。本来の責務を果たしただけなのに犯罪に問われたので...

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