医学界新聞

対談・座談会

2010.04.26

【座談会】

糖尿病診療の新時代
――変わりゆく診断と治療

門脇孝氏(東京大学大学院教授 糖尿病・代謝内科学/日本糖尿病学会理事長)=司会
清野裕氏(関西電力病院長/日本糖尿病学会「糖尿病診断基準検討委員会」委員長)
柏木厚典氏(滋賀医科大学医学部附属病院長/日本糖尿病学会「糖尿病関連検査の標準化に関する委員会」委員長)


 糖尿病患者は増加の一途をたどり,その予防と治療における戦略はまさに国家的課題となっている。現在,わが国では糖尿病の早期発見,早期診断を大きな狙いとして,糖尿病診断基準の11年ぶりの見直しが進められている。さらに,糖尿病診断基準の改訂と軌を一にして,HbA1cの国際標準化も同時に進行しているところである。

 また,治療では新しい作用機序による薬剤が臨床使用可能になるなど,糖尿病診療におけるパラダイムは今,大きく変化しようとしている。そこで,本紙では日本の糖尿病診療をリードする3氏を迎え座談会を企画。これからの糖尿病診療がどのように進化するのか,幅広く語っていただいた。


門脇 2010年,日本の糖尿病診療は大きく変わろうとしています。日本糖尿病学会では本年,11年ぶりに糖尿病診断基準の改訂を予定し,また診断での重要性が高まるHbA1cの国際標準化も進めています。

 それではまず,診断基準の改訂からお聞きしたいと思います。清野先生,日本糖尿病学会「糖尿病診断基準検討委員会」から報告されている案についてご説明ください。

糖尿病診断基準が変わる

清野 2009年4月に設置された糖尿病診断基準検討委員会では,新しい診断基準を迅速に検討し,今年3月の日本糖尿病学会理事会で最終案を提示,今後糖尿病学会の会員や学会外から幅広く意見を求めることになりました。委員会では,改訂に当たって次の4点が重要だと議論されています。それは,(1)現在の診断基準との連続性,(2)エビデンスに基づいた科学的妥当性の検証,(3)海外の診断基準との整合性,(4)臨床の現場での実行可能性,です。これを念頭に置いて,現行の診断基準の見直しを行いました。

 概要ですが,基準の成因や分類については大きな見直しをせず,新しい知見に対応した改訂部分を示すという方針でまとめました。最も大きな改訂点は,HbA1cを従来の補助的な診断基準からより上位の基準とし,簡便な糖尿病の診断を可能とした点です。従来の血糖との整合性を検討した結果,空腹時血糖126mg/dL・経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dLと,HbA1c(JDS)6.1%とによい相関があることがわかりました。

 また,網膜症の発症とHbA1cの関係も重要な視点となりますので,0.5%刻みで網膜症の有病率を分析した結果,HbA1c(JDS)6.1-6.5%で網膜症の増加が認められました。以上から,日本独自のエビデンスとして「HbA1c(JDS)≧6.1%」を診断基準に取り入れることを提案いたしました。

門脇 HbA1cの診断基準における位置付けについては,どのような議論が行われたのでしょうか。

清野 従来の血糖による診断基準は非常に正確です。そこで,その血糖による基準を残しながら最初の診断ツールとしてHbA1cの採用を検討しました。委員会での議論の結果,「空腹時血糖・OGTT 2時間値・随時血糖・HbA1c」の4つを並列に用いることを提案しています。糖尿病の確定診断には「血糖が高い」ことが必要ですので,3つの血糖指標のいずれかとHbA1cが基準を満たしていれば,1回の採血で確定診断できるようにしました。

門脇 新しい診断基準には,糖尿病の早期診断や予防に役立てようという面もありますね。

清野 はい。糖尿病は早期からの介入が予後に大きく影響する疾患ですので,糖尿病が疑わしい人あるいは将来糖尿病発症のリスクが高い人には,できるだけOGTTやインスリン分泌指数の測定を実施し,糖尿病の早期診断を行うことを提唱しています。すなわち,OGTTの実施が強く推奨される群を「空腹時血糖110-125mg/dL・随時血糖140-190mg/dL・HbA1c(JDS)5.6-6%」,OGTTの実施が望まれる群を「空腹時血糖100-109mg/dL・HbA1c(JDS)5.2-5.5%」と定めました。また,現在糖尿病ではなくても,高血圧や脂質異常症など動脈硬化のリスクを持つ人や濃厚な糖尿病家族歴がある方には,できるだけOGTTを行ってほしいと考えています。

門脇 諸外国でのHbA1cの扱いはどうなっているのですか。

清野 診断基準検討委員会が作られたのとほぼ同時に,米国糖尿病学会(ADA),欧州糖尿病学会(EASD),国際糖尿病連合(IDF)から成る専門委員会から,「診断基準の一つとしてHbA1cを導入する」という報告が突然発表されました。これは予期していなかったので,大変驚きました。しかしながら,今年の1月にADAが提示した新たな診断基準は,これまでの空腹時血糖を重視した基準からOGTTを復活させ,空腹時血糖・OGTT2時間値・随時血糖・HbA1cを並列に置くもので,むしろ日本の基準に合わせたような印象を私は受けました。

門脇 診断基準に関しては,米国は迷走しているように感じますね。

0.4%ずれていた日米のHbA1c

門脇 HbA1cを診断の第一歩に取り入れる一方で,HbA1cには国際標準化という大きな課題があります。日本糖尿病学会「糖尿病関連検査の標準化に関する委員会」では,この3月に国際標準化に向けた新提案をまとめましたが,標準化の現状についてお話しください。

柏木 国際標準化の動きは,「HbA1cの測定を国際的に統一する必要がある」というコンセンサス・ステートメントが,ADA,EASD,IDF,IFCC(国際臨床化学連合)の4者から2007年に出されたことで沸き起こってきました。当時,HbA1cの測定系としては,米国のNGSP値,スウェーデンのMono-S値と日本のJDS値の3つが用いられていました。ただ,方法は違っても測っている物質は同じと考えられていたため,日米の値は等しいと解釈されていたわけです。しかし,2007年にまず問題となったのは,NGSP値の標準物質が指定されていないことでした。つまり,HbA1cは標準物質と測定法の両者とも確立されていなかったのです。そこで,新しく打ち出されたIFCC法という基準測定系でそれぞれの測定法を比較,標準化し,また標準物質についても各国でレファレンス・ラボラトリーを設立して標準化を行うことになりました。

門脇 標準化の結果,HbA1cの測定値にはどのような影響があったのでしょうか。

柏木 今回,委員会でHbA1cの測定値について調査したところ,特にNGSP値に相当するHbA1cの値とJDS値の間に差があることが判明しました。

 実は,以前日本で使われていたHbA1c測定用標準物質であるJDS Lot3のときから,NGSP値に相当するHbA1cの値のほうがJDS値よりも少し高いことが一部の専門家間では認知されていたのですが,一般の医療者は誰も認識しておらず,HbA1cの標準化は放置されていました。今回,あらためて現在用いられているJDS Lot4と米国の標準物質を用いて調査したところ,5-12%の範囲では約0.4%,NGSP値に相当するHbA1c値のほうが高いという結果が得られました。

 そこで委員会では,現在大多数の国でNGSP値が用いられていることから,JDS値に0.4%を加えたNGSP値とほぼ差異のない値でHbA1cを表記することを提案しています。これは,国際的な表記法に合わせる必要があるためです。

 ただ,HbA1cは糖尿病の血管合併症の最大の指標ですので,日常の診療に混乱がないよう当面は現在のJDS値とNGSP値に相当するHbA1cの値を併記し,一定期間後にNGSP値に相当する値に統一することを糖尿病学会理事会に対して提言いたしました。これは,診断の基準値は日本のエビデンスに則ったものを使用し,表記だけを変更するということです。また,学術的な報告に関しては,「mmol/mol」を単位としたIFCC値による国際標準化を提案しています。

門脇 IFCC値による国際標準化は全世界で進められていますが,実現にはまだ相当の時間を要する状況です。ですので,現在世界で最も多く用いられているNGSP値に相当する値でまず標準化を行うということですね。

柏木 標準化を考える上でもう一つ忘れてはならないのは,最近HbA1cの新しい測定技術が日本を中心に誕生してきていることです。海外ではまだHPLC(高速液体クロマトグラフィー)が主要な方法ですが,酵素法や免疫学的手法で特異的にHbA1cを測定できる方法が開発されてきました。これ自体は優れた方法なのですが,やはり方法論の差で0.3%程度ずれるものもあります。この差が現在問題となってきていますので,サーベイランスをきちんと行い,方法ごとの差とその原因を明確にする必要があると考えています。

診断基準も国際的な表記に

門脇 新糖尿病診断基準の策定でも,HbA1cは国際的な表記を採用する方向で議論が進められてきましたね。

清野 はい。実を言いますと,私も最近までこの0.4%という差を全く知りませんでした。欧米やアジアの糖尿病専門医とも話す機会が多いのですが,彼らも全く知らないので「日本人はなんとコントロールがいいのか」と,まだ思っている方もいたりします。

 おそらく日本でも,多くの方がその差を考えずに海外文献を読んでいる現実があります。これは一部の糖尿病専門医しか認識していませんので,やはり周知する必要があります。新しい診断基準でも当初はJDS値も併記しますが,2012年4月までにNGSP値に相当するHbA1c値に一本化する提案をしています。

門脇 NGSP値に相当する値ということですが,診断基準でのHbA1cの値はどのようになりますか。

清野 「6.5%」です。当面は,JDS値〔HbA1c(JDS)6.1%〕との併...

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