医学界新聞

寄稿

2010.03.29

【寄稿】

中小医療施設の医療安全の確立をめざして

荘司邦夫(三重耳鼻咽喉科院長/津地区医師会医療安全担当副会長)


 近年医療界において第二のビックバンと呼ばれている中小医療施設での医療事故が多発しています。なぜ中小規模医療施設において医療安全対策が進展しないのか,その背景についてある事故を参考に考察してみました。

 ある医院で感染症が発生し,29人が入院,1人が死亡しました。原因は点滴(生食100 ccにノイロトロピン®1アンプルとビタミン剤を入れたもの)の作り置きにより,点滴液内で細菌が発生していたためでした。一日100人もの患者さんに4人の看護師のみで点滴を行っており,極めて多忙のため空いた時間に点滴を作り置きしていたようです。その際使用した消毒綿は原因菌に対して無効なものを使用しており,作り置き期間も定かではありませんでした。季節は6月,しかも常温室内です。院長は当初,「看護師がやったこと。毎日注意はしていたのに」とコメントしていましたが,翌日には「すべて知っていた」と言い直しました。

医療を甘くみたとき,事故は起こる

 この事故の背景には,この医院の医師・看護師の医療に対する考え方があまりにも貧弱であったこと,すなわちコンプライアンスの低さがあります。2007年の改正で医療法に盛り込まれた,医療安全指針や院内感染予防指針等の作成義務は果たされておらず,院内研修会もヒヤリ・ハット事例の報告会もなかったとのことです。最近その医院に入職した看護師は「こんなことしていいのかな,と思ったが,先輩には意見を言えなかった」と証言しています。このとき,自分の意見を言えるような感染予防対策の会議や研修会があったなら,事故を防ぐことができたのに,と残念に思います。あまりの忙しさにそんな余裕はなかったのでしょう。一日100人もの点滴患者さんにたった4人の看護師で対応していた人員配置には,大きな問題があると言わざるをえません。

 私たちは,ペットボトルに入った飲み物でさえ,小さな穴が開いた状態で1週間部屋に置いたものは飲みません。このように考えるだけでも,点滴液の管理に不備があったことは明らかです。また,100人もの患者さんにこの種の点滴が必要だったのかということにも,同業者として疑問を感じます。自分たちが行っている医療の妥当性を繰り返し検討する機会すら,日々の業務に追われて失っていたのでしょうか。

 忙しさのなかで少しでも楽な方法を取ろうと,医療を甘くみたところに大きな落とし穴がありました。それをカバーするセーフティネットもありませんでした。医療事故は現場の気の緩みを必ず突いてきます。こうした医療現場のすきをいかにしてなくしていくかが,医療安全達成への重要なポイントであると言えるでしょう。

地域医療施設の医療安全構築のための7つの提案

 そこで,医療安全対策の方法の一つとして,当院における取り組みを紹介し,7つの提案としてまとめてみました。

1)院長が率先して医療安全へ取り組むこと。
 なんといっても,これが一番大切です。その際,今までの経験のみに頼らず,時代の変化に応じた医療安全の認識が必要です。最低でも,2007年に改正された医療法を遵守すべきです。さらに医療事故予防には次の4つのことを心がけることが大切だと考えます。それは,患者さんへの十分な説明,カルテ等への十分な記録,コンサルテーション受診,継続的な医学的知識の向上です。これは平成19年度日本医師会医療事故防止研修会にて,北原光夫先生(慶大病院)が「4つの大切」として示してくださったものです。

2)働きやすい魅力ある職場をつくり,良いスタッフを職場に定着させること。
 短期間で人が入れ替わる職場では,医院のめざす理念や院長の真意は理解されにくいと考えます。職員の定着へ向けて,この医院で働いていることに誇りを持ってもらえる職場にしなければなりません。

3)小規模であっても医療安全を管理する中心人物を置くこと。
 当院では,これまでに現場のスタッフからさまざまな医療安全管理のためのアイデアが出されてきました。

 例えば,ヒヤリ・ハット事例の報告会は2004年より始め,現在までに119事例の「何が,どのように,なぜ起こったか」の報告があり,話し合い,システムを変えてきました。またAEDのほか,当院は耳鼻咽喉科ですので緊急挿管や気管切開の人形を使った実習を行っています。

 カルテ用紙の工夫も行っています。カルテの表紙は3色あり,白は一般,赤は薬物アレルギーがある人や重要な他疾患を持っている人,青はペースメーカーが入っている人など最も気をつけなければならない人用で,この色により職員の注意を喚起することができます。

 このように現場スタッフのアイデアを取り入れることは重要であり,そのためには医療安全管理の担当者を現場に置くことが必要だと考えます。当院では2007年4月より看護師長をその任に当てています。

4)院長がすべてを決め,上から命令するのではなく,すべての職員からの問題提起を受け入れる組織作りを行うこと。
 以前飛行機事故が多発していたころ,作家の柳田邦男氏が,Crew-Coordinationが構築されている飛行機は事故が少ないと言っていました。事故の第一原因は機体の問題でもなく,天候の問題でもなく,ヒューマンエラーであるとのことです。

 Crew-Coordinationは医療にも通じる考え方であると私は思います。各部署の意見を尊重し「対等」の立場で話し会った上で,最終決定は院長が行い,その責任は院長がすべて負います。みんなの意見を聞く耳を「対等」の立場で持つということです。

5)職員全員が情報を共有すること。
 当院では,開設以来毎月1回,職員全員による会合を28年間続けています。誰でも何でも言える雰囲気が必要です。大切なのはこのとき,清掃作業員などの非医療職者も理解できる言葉で話し合いをすることです。医師や看護師だけが理解しても意味がなく,職員全員が同じレベルの意識や危機感を持たねばならないからです。KYT(危険予知トレーニング)など専門用語・略語を使うのはあえて控えています。この会合は最強のセーフティ・ネットでもあります。

6)小施設であっても,大病院に劣らぬ医療安全対策を講じること。
 事故の大小と病院の大小は全く関係ありません。したがって,規模が小さいからといって,そこそこの安全でよいわけがないのです。

7)費用と時間を惜しまないこと。
 医療安全には膨大な費用と時間がかかることをまず認識しましょう。当院は「お宅は職員が多いね」とよく言われますが,それは「患者数の最大瞬間風速」に耐えられるような配置をとっているためです。それなりの仕事をするのであれば,それなりの設備と,それなりの人員が必要なのです。

新しい試み――医師会が地域の医療者への医療安全講習を実施

 最後に,当医師会による地域医療機関の医療安全向上に向けた活動についてご紹介します。まず,新規開業者への医療安全に関する講習会として,2007年の医療法改正の解説を行い,遵守を呼びかけています。また,医療安全を確保するための指針や院内感染対策指針の作成,ヒヤリ・ハット事例の報告会の施行,医療従事者に対する研修の実施とその内容の記録を2年間保存することのほか,できれば院内に医療安全管理者や院内感染対策担当者を置くことなどを開設当日より実施できるよう指導しています。

 また,全会員に対しては年2回,院長や医療安全管理担当者によるヒヤリ・ハットの報告会を予定しています。情報の共有と事故の傾向を知り地域での医療事故の減少に役立てたい考えです。

 どんなに注意しても,私たち人間はエラーを起こすことを避けられません。また,相手も人間です。事故はゼロにはなりません。しかし,努力によって事故を減らすことは可能です。われわれ医療に携わるものは,常に「カッサンドラの予言」()を肝に銘じ,より良質で安全な医療を提供していかねばなりません。

註)カッサンドラの予言
船橋市立医療センターの唐澤秀治氏は,ギリシャ神話の一つになぞって医療安全を呼びかけている。カッサンドラは,神であるアポロンに「未来を予知できる能力」を与えられたが,その予言は誰にも信じてもらえないという条件を付けられていた。彼女はトロイ滅亡を予言したが,人々はそれを信じず,トロイは滅んだ。カッサンドラの予言は「誰も信じないが,真実の予言」なのである。「医療事故が今日起こる」と予言しても,それを心から信じるスタッフは多くないかもしれない。それでも,医療安全管理者は,スタッフに対して医療事故を予言し続け,注意を喚起する必要があると,唐澤氏は述べている。


荘司邦夫氏
1969年三重県立大医学部卒。卒後同大耳鼻咽喉科教室入局。市立四日市病院耳鼻咽喉科医長を経て,82年,津市において三重耳鼻咽喉科を設立。開院後中小規模医療施設における医療の質と安全の確保のためのさまざまなアイデアを出して実践してきた。2006年日本医師会医療安全推進者養成講座修了。津地区医師会医療安全担当副会長。10年4月から同医師会会長に就任予定。耳鼻咽喉科専門医。医学博士。

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