医学界新聞

寄稿

2010.03.15

【寄稿】

脳卒中後のうつと意欲低下

濱 聖司(信愛会日比野病院リハビリテーション科/広島大学大学院医歯薬学研究科(脳神経外科))


 脳卒中後のDepression(抑うつ)とApathy(意欲低下)は,混同されることが多い。また,診療科が異なるとそれぞれの言葉が表す症状が異なる場合もあり,必ずしも厳密な定義が定まっているわけではない。特に,精神科領域ではApathyという用語が単独で使われることは極めて少なく,Depressionの症状の一部で治りにくいものを指すと考えられている。一方神経内科領域では,DepressionとApathyは一般的に分離して考えられるが,両者に共通する症状もあるため,その差異が問題になることも多い。こうした状況の背景としては,精神・心理学的な症候の診断には診断者の主観も入りやすく,クリア・カットな診断が難しいこともあると考えられる。

 本稿では,DepressionとApathyを便宜的に,広義のPost-Stroke Depression (脳卒中後うつ病: PSD)の2つの大きな核となる症状とみなし,従来のPSDの研究結果におけるあいまいな点をなるべく明らかにしていきたい。

PSDの核・ApathyとDepression

 うつ病の治療過程で,不眠などの身体症状や気分障害(鬱々した気持ちなど)は比較的早い段階で治ることが多い一方で,Apathyは治りにくいと言われている。脳卒中後にはApathyが認められやすく,よってPSD(無症候の潜在性脳卒中後のPSDも含む)は脳卒中に関係しないうつ病よりも治りにくいとされ,ApathyはPSDの治療抵抗性に関与していることが示唆されている1)

 さらにPSDを呈すると,機能障害へのリハビリの効果も得られにくいことが広く知られているものの2),PSDにおけるApathyがリハビリに与える影響について論じられた報告はほぼなかった。そこでわれわれは,脳卒中後に機能障害を呈し入院してリハビリを行っている症例を対象として,DepressionとApathyの症状とそれらが機能予後に及ぼす影響を調べてみた。多変量解析の結果,DepressionよりApathyが強いほうが,リハビリの効果は減少する傾向がみられた3)。よってApathyはPSD治療の妨げとなるだけでなく,リハビリによる機能回復も妨げる要因になっていることがわかった。

 次にDepression,Apathyと,認知機能との関連を調査した。注意障害をCAT(標準注意検査法),記銘力障害をリバーミード行動記憶検査で調べたところ,DepressionとApathyいずれかの症状を呈した群で両方の障害が強く認められ,認知機能の低下がリハビリ効果を妨げる要因の1つである可能性が示唆された。

 1980年代から,PSDは脳卒中の病変部位と関連することが多くの論文で指摘されてきたが,いまだに議論は決していない。そこで従来の検討方法とは異なり,PSDをDepressionとApathyに分け,それぞれの症状において前頭葉と基底核病変が「なし」「右側のみあり」「左側のみあり」「両側にあり」の4つに分類した4)。するとDepressionは左前頭葉と,Apathyは両側基底核病変と相関が認められ,前者はDepressionの左前頭葉仮説5),後者もパーキンソン病などを対象にした多数の報告におけるApathyの責任病巣と一致し6),これまでの報告を整理できる結果となった。また,脳卒中後のDepressionとApathyに,それぞれ別の神経基盤が存在する可能性が考えられた。

 今まで論じられてきたPSDには,少なくともDepressive factorとApathetic factorという2つの核があり,両者を整理し評価していくことが,PSDの本質をとらえることにつながると考えられる。ただ,脳卒中後の麻痺などで今まであった機能を失ったことによる「喪失体験(Mourning process)」が,DepressionやApathyを引き起こしている可能性もある。検査結果だけでうつ病と決め込むことは危険で,結果の評価には十分な配慮が必要である。

「大きな決断」への配慮を

 うつ病患者は,「がんばらなければならない」ことは誰よりもわかっているものの思うように動けずに苦しみ,追い詰められ,時に死まで思い至ることがある1)。そのためうつ病が軽快するまでは,「がんばり」が必要になるような大きな決断は避けようとするのが一般的である。一方で,脳卒中患者は抑うつ傾向になりやすいにもかかわらず,障害を受容する必要性から,麻痺が治らないことなどをストレートに宣告されることがある。麻痺の宣告は,患者にとっては大きな決断を要する事態だと考えられないだろうか?

 脳卒中後の患者への接し方にはさまざまな意見があるが,まとまった報告は極めて少ない。そこでわれわれは,患者に予想される心情について,「障害の受容」度...

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