医学界新聞

インタビュー

2010.03.15

【interview】

山口武典氏(国立循環器病センター名誉総長/日本脳卒中協会理事長)に聞く
今あらためて俯瞰する,脳卒中治療の現在・過去・未来


 長らく日本人の死亡・入院原因の上位を占め,国民病と言える脳卒中。2005年,rt-PA(遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクチベーター)静注療法の認可により新たな局面を迎えた脳卒中治療は,活発な臨床研究によりその後も次々とエビデンスが提示されている。2009年末には『脳卒中ガイドライン』が5年ぶりに改訂され,脳卒中治療の新たなスタンダードの詳細が明らかとなった。しかし最新の治療法を最大限に生かすには,迅速かつシームレスな治療体制の全国規模での構築が不可欠である。そこで本紙では,日本脳卒中協会の理事長として市民への早期受診の啓発活動などを展開し,職種,地域,官民の壁を越えた制度作りの必要性を訴えている山口武典氏にお話を伺った。


念願のrt-PA認可から4年

――昨年末に,日本脳卒中学会ほか5学会による「脳卒中ガイドライン2009」が発行されました。改訂のポイントはやはり,rt-PA静注療法が「強く推奨される」と記載され,有効性が明確に示されたことでしょうか。

山口 ええ。これまでの経緯を考えると感慨深いですね。

 実は,世界初のrt-PAの本格的な臨床試験は1990-93年にかけて日本で行われているんです。しかし特許権の問題で研究開発がストップし,そこから10年近く足踏み状態が続いてしまいました。

 米国ではrt-PA(アルテプラーゼ)が96年に認可され,カナダや欧州でも次々に承認されていくなか,「このままでは日本の脳卒中治療の発展が大幅に遅れてしまう」と製薬会社に働きかけを続けた結果,2002年に日本でのrt-PAの治験開始にまでこぎつけました。時間と費用を抑えるため100例に限ったオープントライアルでしたが,開始前に設定した前提条件をすべてクリアし,米国の治験に近い結果が出ました。2004年版の脳卒中ガイドラインでは,まだ未承認ながら今後への期待を込め,rt-PAは「推奨グレードA」とされています。

 その後ようやく,日本でもrt-PAが保険適用となったのです。忘れもしない,2005年10月11日のことです。

――認可後は,rt-PAの普及と適正使用のため,多くの取り組みをされてきました。

山口 はい。rt-PAの発売と同時に,脳卒中学会の学会誌に詳細な治療指針1)を掲載しました。また,各都道府県での適正使用講習会の開催は2008年9月までに180回以上を数え,技術の浸透に役立っています。2008年の診療報酬改定で超急性期脳卒中加算が設定された際には,rt-PAの投与を行う医師がこの講習会を受講していることが,加算条件の1つとされました。

――現在,日本でのrt-PA治療はどのような状況でしょうか。

山口 非常にラフな計算ですが,1年間の脳卒中発症数が20数万例で,その7割が脳梗塞だとすると,rt-PAによる治療を受けているのはその2%程度です。少なくとも10%程度を目標にしなければいけないと思います。

 最近の調査結果2)では,認可後3年目でrt-PA治療を1例も実施していない地域が二次医療圏単位だと67あり,全体の19%に上っています(図1)。都道府県ごとの集計では,満65歳以上の人口10万人あたりの使用件数で約4倍の開きがあることも確認されています。一概には言えませんが,地域間格差がまだあることも否めません。

図1 二次医療圏別の使用症例数の推移(65歳以上人口10万人当たり症例数別の医療圏数)。
グラフは単年ごとの集計であり,3年間を通じて使用症例数が0なのは47医療圏(文献2より転載)

時間の壁を乗り越えるために

――rt-PAの使用条件である「発症3時間以内」が,やはり壁になっているのでしょうか。

山口 そうですね。診察,CT撮像,患者さんへのインフォームドコンセントと,来院からrt-PA治療の施行までに約1時間はかかりますから,実質的には発症後,2時間以内に搬送されなければいけません。

 また,時間制限には間に合っても,適用基準に合致せず投与できない場合もあります。循環器病センターのデータでは,症状が出て3時間以内に来院した患者さんのうち,rt-PAが適用になったのは30%程度でした。脳出血やくも膜下出血であったり,出血性素因がある方,肝機能や糖尿病が悪化している方,抗凝固薬を使っている方などには使えませんから,そのトリアージを迅速に行うことも必要だと思います。

――ここ数年,発症から3時間以上経ってもrt-PAが適用できるのではないかという議論もあります。

山口 ええ。欧米基準の0.9mg/kgでの臨床試験結果によるものですが(日本での投与基準は0.6mg/kg),米国心臓協会・同脳卒中部門(AHA/ASA)は既に,この試験の基準を満たす症例で,発症から3-4.5時間までrt-PAの投与が可能と推奨しています。さらに,発症後9時間まで使える可能性のあるデスモテプラーゼというrt-PA製剤もあり,海外では既に2つの試験が進行中です(DIAS-3,DIAS-4)。日本でも,この3月から二重盲検試験を行うことが決まっています。良好な結果が示されれば,患者さんにとって福音になります。

 ただいずれにせよ,治療は早ければ早いほどよいのは確かです。現状では,3時間の制限をどれだけスムーズにクリアできるか,というところからまず考えるべきでしょうね。

――今後,rt-PAの治療実績をさらに伸ばし,地域ごとの格差を縮小していくために何が必要でしょうか。

山口 まず大切なのは,一般市民の方々への啓発です。脳卒中協会では,「脳卒中を疑ったらすぐに救急車を呼ぶ」ことを,ポスターやテレビCMなどで訴えています。

 もう1つ重要なのは,かけつけた救急隊員が,脳卒中だという適切な判断が下せること,そしてrt-PA治療ができる病院に迅速に搬送できることです。

―― 救急隊への教育と,rt-PAを適切に使える病院の情報をオープンにすることが同時に求められているのですね。

山口 そうです。さらに搬送先の病院は24時間365日対応で,ストローク・ユニットを設置してチームで治療にあたる。あるいは地域の病院で連携し,曜日や時間ごとに担当を決めて患者さんを受け入れる。市民への啓発,救急隊への教育と情報開示,病院の受け入れ態勢の整備,この3つが鍵になります。

TIA=「脳卒中が迫っている」

――今回のガイドラインではもう1つ,TIA(一過性脳虚血発作)の脳梗塞発症リスクが強調され,「治療を直ちに開始しなくてはならない」と,早期介入の重要性が示されていますね。

山口 TIAは本来,脳卒中発作が切迫している状態,切迫発作ととらえるべきなのです。私は以前から,TIA患者の3割程度は近い将来脳卒中を起こすということを強調してきました。しかし実際は「発作が消えたからもう大丈夫」と放置されることも多くあり,その危険性について,日本の医療界の認識がまだ不十分であるように思います。

――TIAの危険性を示すデータとしては,どんなものがあるのでしょうか。山口 TIA発症後90日以内に脳卒中を発症するリスクは15-20%という,海外でのメタ解析が2007年に示されています3)。さらに02-07年にかけ,英国で「EXPRESS試験」が行われました。TIA・軽症脳卒中患者に対して,(1)まず家庭医の診察を......

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