医学界新聞

連載

2010.03.01

医長のためのビジネス塾

〔第13回〕会計(4)決算書

井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)


前回からつづく

 「道徳のない経済は犯罪に近い,経済のない道徳は寝言である」。二宮尊徳の言葉だと言われています。私が研修医だった1980年代には,医療者が経済のことを公言することに何かしら違和感を感じさせるような傾向がありました。「医療は経済とは縁遠いものである」ということが,医療者だけでなく,世間一般でも共有されていたように思います。

 しかし,90年代以降は,地盤沈下する経済状態の影響で,医療を取り巻く状況は大きく変化しました。今や,「経済のない医療は寝言である」という台詞をつきつけられて,「経済のことなど,医療とは無縁である」と一方的に拒絶することができなくなっていることは事実です。拒絶するどころか,私たちの日々の営みが寝言になっていないかどうかを常時確認していなければ,落とし穴に陥る不安すら感じることがあります。

 そのような事態を回避するためには,何らかの指標が必要です。今回からのテーマである会計は,経営状態を把握するための経済指標を記録し,点検するために開発・活用されてきた方法です。

医長のための会計学

 と,えらく気合いを込めた出だしになってしまいましたが,今回のテーマ「会計」については,私自身がいまだに苦手感たっぷりの状態であることを,最初に明かしておきます。社内経営講習を受けてもその程度ですから,受講前は本当に悲惨な状況でした。毎月の定例会議で目を通すべく配られる病院の損益表を読み取ることなど全くできない。まるで,小学生が大学入試の数学の問題を渡されて戸惑っているような状態でした。

 ですから,今回のシリーズは「全くわからなかった私(のような方)」に対して,「全くわからないレベル」から,「書かれている内容の意味を大雑把につかめるレベル」になっていただくことを目的に紹介いたします。具体的には,ニュースなどで「○○社が,2年ぶりに営業黒字」「資金繰りに行き詰まり○○が黒字倒産」などの見出しが目に入ったときに,「ふーん,そうなのか」という反応ができるレベルを目標にしています。つまり,決算書を分析できるレベルではなく,使用されている用語が意味するものをつかめるレベルです。

 経営にかかわらない医長クラスの方にとっても,会計について知ることの意義はあるのでしょうか。私は,あるだろうと思っています。なぜならば,自分の病院の経営状態を知ることができるからです。帰属する施設の経営状態を把握できれば,診療科に必要な資源購入を要求する場合などにおいて,妥当な数字を提示して交渉することが可能になります。さらには,病院の運営への提言を行う場合にも,“寝言”ではなく,地に足のついた意見を示すことにつながります。また,病院を移ったときには,施設間の経営状態を比較することが可能になります。

 何よりも,医長クラスの医師の多くは,遅かれ早かれ10年以内には経営にかかわるポジションに立たされている可能性が高いのです。施設の経営状態の把握に早くから慣れておくことのメリットは,知らないままのデメリットを上回ります。

経営の「健康状態」を確認する3つの決算書

 会計の学習といっても,私たちが会計士のように複雑な会計記載を行うことを目的にする必要はありません。では,何を知ることをめざすかというと,決算書の用語と,そこに記入された金額の大まかな意味を,理解できるようになることだろうと思います。

 決算書とは,会社における金銭の運用を会計のルールにのっとって記載した書類です。上場企業では,これを公表する法的義務があり,最低年1回は,表示しています。企業のホームページの「IR情報」というところに開示されているので,興味がある企業の決算書を覗いてみてください。例えば自家用車や服飾など,自身が好感を抱く企業の決算書ならば,興味を持ってみることができると思います(ちなみに私が最初に確認したのは,バンダイ社の決算書でした)。財務諸表という呼び名もありますが,税法と証券取引法における呼び名の違いだけのようですから,ここでは決算書で統一しておきます。

 では,決算書にはどのようなものがあるのでしょうか。一般的に重要だと言われているものは,損益計算書(P/L:profit and loss statement),貸借対照表(B/S:balance sheet),キャッシュフロー計算書(C/F:cash flow statement)の3種類です。企業は,これらの決算書を作成することが必要とされています。3種類も決算書が必要になるとは,お小遣い帳や研究会などの予算表に比べると煩雑な気がします。このように煩雑な点が,私たちが会計をとっつきにくく感じる理由のひとつです。

 しかしよく考えてみると,医療で使っている,身体の状態を確認するための指標のほうが,はるかに煩雑です。比較的単純な健康診断だけでも,病状聴取,身体診察,末梢血検査,生化学検査があり,さらに,尿検査,各種画像検査を指標として利用しているのです。そして,煩雑ながらも数種類の指標があることで,私たちは健康状態をより確実に推定・把握できるようになっているのです。会計の指標も同様なのでしょう。会社経営の健康状態をより正確に見積もるためには,これら3種類の決算書が,最低でも必要なのだろうと理解できます。

 まずは,3種類の決算書を提示します(図)。本来は,3つの決算書それぞれにより詳細な項目があるのですが,今回はそれらを省略して,大きな枠組みについてだけ示しています。

 3種類の決算書

 損益計算書は,一定期間において企業が獲得した収益と費用を表したものです。それらの差が利益です。収益が費用を上回れば利益が生じて,収益よりも費用が上回れば損失が生じます。  

 貸借対照表では,表の右側で資金の調達方法を示し,表の左側で調達した資金を使ってどのように運用しているかを示しています。右が資金源で,左が“資金の使い道(資産)”と言い換えることができます。

 キャッシュフロー計算書は,営業キャッシュフロー,投資キャッシュフロー,財務キャッシュフローと,大きく3つに分かれています。それぞれの活動における「収入-支出」がキャッシュフローです。キャッシュとは当然現金のことであり,一定期間における現金の動きを示したものです。損益計算書の「収益-費用」と似ているようにみえますが,「収入」と「収益」とは異なるものです。

 これら個々についての説明は,次回以降で行う予定です。今回の重要なポイントは,「3つの決算書の存在が,企業の経済活動を異なる角度から確認することを可能にしている」ということです。

つづく

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