医学界新聞

連載

2009.09.28

医長のためのビジネス塾

〔第8回〕企業戦略(3)戦略的思考のフレームワーク(後編)

井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)


前回からつづく

 「戦略的に考えよう」と思い立っても,何の枠組みもないままでは途方に暮れてしまいます。前回提示したSWOT分析のように,シンプルな構造の枠組みがあるだけでも,情報の整理は飛躍的に楽になり,分析・思考の焦点が定まりやすくなります。そのほかにも多くのフレームワークがこれまでに開発されており,ビジネス界ではすでに共通言語となっています。私たち医療職にとっては,こういった代表的なフレームワークを知っておくと,彼らとの情報共有が容易になるという利点もあります。

 今回は,こういった代表的なフレームワークを,私なりの解釈を追記して紹介します。興味を持たれた方は,体系的に解説されたビジネス書を読んでみてください。

3C分析
目的 Customer(市場・顧客),Competitor(競合),Company(自社)という別々の3つの視点から現状を分析するためのものです。その上で,競争上の成功要因(KSF:Key Success Factor)を発見することが,活用時のポイントです。
概要 自社を取り巻く環境を3つに分けて,おのおのにおける状況や問題を確認します。
1)市場・顧客分析……購買人口規模,市場規模の推移,購買に影響を及ぼす要因など
2)競合分析……競合他社数,競合の営業規模・生産力,市場シェア率,今後の動向など
3)自社分析……自社の経営資源,他社に対する相対的な強み・弱み,実績,差別化ポイントなど

 これらを把握した上で,次のステップとして,自社が業界内で優位に立つためのKSFを発見していくことになります。KSFが発見できれば「それを強化するためにどうすればいいのか」,発見できなければ「どのようにしてKSFを獲得するのか」,それぞれに対する戦略策定を行います。

応用 自分たちの病院の将来構想を考えるような状況だとすれば,市場・顧客分析の例としては,診療人口圏における高齢化率の推移や,高齢化に伴う疾患や病態の多様化・複雑化などが重要事項として挙げられます。競合分析の例としては,診療人口圏における競合病院が提供している診療を,自分の病院と競合するもの/しないもの,に分けてみることなどです。分類した上で,自分の病院が補強できるもの/困難なもの,そうする必要があるもの/不要なもの,などを考えるのが,自社分析の例になります。
 このようにして,競合的な存在にある病院や診療科との差別化や役割分担を検討するときに3C分析を活用できそうです。また,公的資源でもある医療においては,その妥当で効率的な資源配分を考えるべき医療行政者にも必要なフレームワークではないかと思います。その場合のKSFは,個別の診療施設の向上を目的とするのではなく,地域医療の底上げや安定につながるようなものを探索すべきです。

競争地位分類
目的 業界における,自社の競争的地位を確認するためのものです。

表1 競争地位分類
概要 経営資源の質の高低を一方の軸に,量の大小をもう一方の軸に,2×2表を作成します(表1)。経営資源の質は独自の技術開発力など,経営資源の量は市場シェアや販売量などを意味します。質・量ともに高いものを「リーダー」,質で劣るものの量で匹敵するものが「チャレンジャー」,質は高いが量が小さいものを「ニッチャー」,質・量ともに低いものを「フォロワー」と分類します。
 それぞれの立場によってとるべき戦略が異なるため,自社の競争地位にそぐわない戦略をとると,資源や労力を不要に消耗することになります。そのような事態を避けるために,業界内における地位の把握が必要なのです。

応用 地域住民の評判がよく,入院数・受診数が最も大きな医療機関を診療圏内のリーダーと見立てれば,二番手と認識されている医療機関をチャレンジャーとしてとらえることができます。チャレンジャーにとっては,リーダーが強化していない分野に対する明確な差別化戦略をとることが,競争戦略の定石です。リーダー病院が十分に提供できていない診療分野を開発・充実させることで,診療圏内での存在意義を高めることにつながります。また,受診者数は少なくとも,他では不可能な高い技能を提供できる「オンリーワン」的な医療機関は,ニッチャーに相当します。中小の医療機関が成功するためには,めざすべきモデルのひとつではないでしょうか。
 忘れてはならないこととして,ビジネスと異なり医療の場合は,対象数が限定されていても高い技術を要する疾患は多く,その場合には採算を度外視して行う意義が十分にあるという点です。そして,その遂行のためには,公的病院や公的補助資金制度が活用されるべきです。

プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)
目的 どのようにすれば,自社で行っている複数の事業の経営資源配分が効率的・効果的になるかを戦略的視点から検討するためのものです。
概要 縦軸に市場成長率,横軸に競合トップ社との相対的な市場占有率を示した2×2表を作成して,自社の事業内容を大きく4つの領域に分けます(表2)。4領域をそれぞれ,「金のなる木」(低成長,高い市場占有),「花形」(高成長,高い市場占有),「問題児」(高成長,低い市場占有),「負け犬」(低成長,低い市場占有)に分類します。自社の各事業の位置をこの分類にプロットすることで,それぞれの事業への資源配分,つまり「選択と集中」について考えることができます。

表2 プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント

応用 医師個人,もしくは各診療チームにおける診療技能やアクティビティを,おのおのの事業と見立てることで応用が可能です。
 例えば,診療圏内において最も多くの受診者数があり,今後も同程度の需要が続いていくような診療技能は,「金のなる木」とみなすことができます。そして,これを主軸として,自分たちの診療科としてのアイデンティティを打ち出していくことになります。すでに最も多くの受診者数を獲得していて,さらに今後もその需要が成長していくような診療技能は,「花形」です。需要の成長率が安定する時期になっても,固定した受診者数を維持できるようにするための戦略的策定が必要です(つまり「金のなる木」事業にする)。「問題児」事業に相当する診療技能の場合も同様で,安定した主軸の診療内容にするための画策が必要ですが,人員や設備的に困難が予想される場合には,無理して拡大投資を行わないという戦略も妥当性があります。「負け犬」事業に相当する診療技能については,あきらめて手を引くことも妥当な判断になります。専門医の不足により臓器別各科を取りそろえた内科診療が提供できなくなり,総合医主体の内科に移行することで地域医療への貢献に成功している病院などは,その好例です。

 代表的なフレームワークは上記以外にも,自社の内部環境分析のための「バリューチェーン分析」,業界参入の分析に活用する「5フォース分析」などがあります。いずれも医療の公的な側面においてはふさわしくない点があることは否めません。しかし,個々の医療機関が医療提供を継続できるよう,健全な経営を果たすためには知っておくべきツールのように思います。

 これまで3回にわたって戦略について解説してきました。それでも「今ひとつ,戦略というものの意味がつかみきれない」という方がいるはずです。私自身も,もっと簡単にザックリと理解できないものかと悩んでいたところ,長沢朋哉氏が『世界一シンプルな戦略の本』(PHP研究所,2009年)の中で提示している「戦略=目的+手段」という概念が,その本質を単刀直入に示しておりましたので,最後に紹介させていただきます。

 次回からは,戦略の目的や手段を策定するための論理的思考について解説します。

つづく

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