医学界新聞

寄稿

2009.09.07

【寄稿】

救急初療標準化への取り組み
群星沖縄・浦添総合病院研修医たちの挑戦

山内素直(浦添総合病院 2年目研修医)


 研修医にとって,ERでの救急車や重症患者への対応は,自らの判断や対応が患者さんの生命に直結する場合も少なくなく,極度のストレスにさらされる試練の場です。「なんだか怖くて救急車の患者さんを診るのを避けてしまう」「救急車が来ても何をしたらいいかわからない」など,研修医なら誰しもがERでの診療に不安を抱えています。そんな中,ERで自信を持って初期対応に臨めるよう,浦添総合病院で行われているのが救急初療標準化コース,通称“SPAM”です。

救急診療の「お作法」を学ぶ

 SPAMとは“Standard of Primary Assessment in Muribushi”の略で,統一された方法を用いて救急患者の初期評価,それに引き続く疾患鑑別,治療などを行っていく上でのいわば「お作法」を学ぶ研修医を対象としたコースです。重症患者に対し,簡潔なマニュアルに沿って対応していくだけで,系統立ったアプローチができるように設計されており,今年6月で第8回目を開催するに至りました。

 SPAMはACLSやJATECなどの講習会同様,簡単な講義と実践的なシミュレーションを交えた形式で行われます。大きく分けて,患者さんとの接触と同時に行うA(Airway,気道)・B(Breathing,呼吸)・C(Circulation,循環)・D(Dysfunction of CNS,意識)の評価と応急指示を行う“Primary Survey”,そしてそれに引き続いてABCDそれぞれの異常へアプローチする“Secondary Survey”の二本柱で構成されます。コース当日は,まず全体でPrimary Surveyの概要を学びます。続いて,少人数グループに分かれてABCDの各ブースを回ります。各ブースでは,ABCDそれぞれの異常を想定した症例が用意されており,簡単な講義の後でシナリオを用いた実践的シミュレーションで,頭と体の両方を動かしながら救急初期対応を学んでいきます。各ブースでできるだけ本物のERに近い環境を作り,そこにインストラクターによる名演技が加わり,さらに場を盛り上げます。患者,看護師役の演技がリアル過ぎて,パニックに陥ってしまう受講者もいるほどです。

 Primary Surveyは,患者さんに接触して「危険な第一印象(=First Impression)」と「危険なバイタルサイン」から素早く異常を察知し,その異常がABCDのどこにあり,どう対処すればいいかを判断する初療の肝の部分です。ここで確実に異常を拾い上げることができるよう,SPAMではFirst Impressionをとるためのお決まりのポーズ,その名も「SPAMのポーズ」(写真左上)があり,コース中に何度もこのポーズを徹底させることで,実際の患者さんに駆け寄ってすぐさま異常を感知できる方法を自然に身につけられるように考慮しています。First Impressionで異常があれば,それを周りに大きな声で宣言し,看護師役に適切な指示をします。ここにも合言葉があり,「IV,O2,モニター,誰か~!!」と叫ぶよう定めています。これにより,初療の進行に不可欠なライン確保と酸素投与,バイタルチェックの指示と応援要請がスムーズかつ確実に実現します。コース中は「バイタルは?」という言葉がないとその情報を与えないなど,常にバイタルサインを気にかけることを意識させる工夫もしています。

写真 SPAMのようす(左上がSPAMのポーズ)

 Secondary Surveyでは,ABCDそれぞれの異常へアプローチしますが,SPAMでは現場ですぐに応用することができるよう,ABCDの異常をきたす疾患の中でも生命を脅かす危険度の高いものや,実際に遭遇する頻度の高い疾患を効果的に学べるようにシナリオが準備されています。また,それぞれの異常に対してのアプローチも,例えば「意識障害に対してはAIUEOTIPS」といった従来から広く用いられているものに加え,インストラクターとなる2年目研修医が教科書や文献,経験から得た知識を基に考案した,オリジナルのアプローチ方法を用いているのが特徴です。例えば今回は,Bブース(呼吸の異常)で「I(ハート)ABCDEアプローチ」なる鑑別方法(図)が考案され,覚えやすくかつ適切と好評でした。さらに,時間がかかったり,間違った指示を出したりすると患者が急変するストーリーもあらかじめ用意されており,受講者は一時も気を抜けません。また,シナリオの大事な局面においては,なぜそのように判断したか,これから何をしようと考えているかを述べてもらい,行き詰まってしまった受講者にはスタッフがさりげなくヒントを与えながら進行していきます。各シナリオでTake Home Messageを明確にし,ポイントをしっかり押さえてもらうようにも心がけています。

 Bブース(呼吸の異常)のアプローチと鑑別

 では,実際のBブースのシナリオを例に,シミュレーションの流れを見ていきましょう。まず,「55歳の男性。呼吸困難を訴えています」という救急隊からの入電があり,患者役が搬送されてきます。「SPAMのポーズ」でFirst Impressionをとり,前傾姿勢でうずくまり,呼吸促迫があること,一言を話すのもやっとの状態からBの異常を宣言し,「IV,O2,モニター,誰か~!!」と叫んで初療を進めます。モニター上は頻脈と呼吸数増加,SpO2の低下を認めています。進行役は受講者とともにここまでの初期評価を簡単にまとめ,Secondary Surveyに移ります。先ほどの「I(ハート)ABCDEアプローチ」を頭に思い浮かべて問診や診察,検査を行い,このシナリオでは重症喘息発作と診断されます。その後,β2刺激薬の吸入を開始するもSpO2が徐々に下がっていき,最終的にはボスミン筋注の指示をして救命できるという設定です。ただし,各シナリオで受講者が必ず達成しなければいけないゴールは設けていません。個々人の能力差を理解した上で,まずはしっかりと初期評価ができたか,バイタルサインに気を配っていたか,どこに異常があるか見当をつけ,その異常のアプローチアルゴリズムに行こうとしたかなど,受講者のレベルにあわせて柔軟に進行し,しっかりとフィードバックを行うことを心がけています。

運営スタッフも共に成長

 SPAMは主に1年目研修医,医学生を対象としていますが,興味のある方は誰でも参加できます。今回は5時間以上にも及ぶ長いコースでしたが,和気あいあいとした雰囲気の中にも,真剣な表情でコースに挑んだ参加者はみなさん満足してくださった様子でした。また,「これからの救急対応に自信がつきました!!」との声も聞かれ,主催者側としては嬉しい限りでした。また,このコースは2年目研修医が中心となって準備を進めます。これは,SPAMが研修医にとってただ「教わる」ものではなく,“Standard”と呼ぶにふさわしい診療を行えているか自分たちで考え,その方法をまとめ,さらにそれを後輩へ伝えるという「教える」場にもなっていることを意味します。コース運営を通じて研修医仲間の結束を深め,自ら勉強することで医師として着実に成長できることも,SPAMの魅力の一つです。

 SPAMへの取り組みはまだ手探りで,発展途中の段階です。しかし,沖縄の小さな病院の研修医たちから始まったこの取り組みが,全国の救急初期対応に戸惑う研修医や指導医の先生方への明るい道標になるかもしれないと信じています。そしてSPAMがいつの日か沖縄の海を越えて全国へ広がり,多くの研修医を,ひいては多くの患者さんを救う日がくることを夢見ながら,私たち浦添総合病院の研修医たちは頑張っています。


山内素直氏
2008年筑波大卒後,浦添総合病院にて初期研修中。第8回SPAM実行委員会代表。将来は,救急・集中治療,フライトドクターを志望しています。ACLS,JPTEC,JATECはまだプロバイダーですが,SPAMではインストラクターです!! 次回は11月に,症候別アプローチを行うAdvanced SPAMコースを開催予定です。興味のある方は,ぜひ一度見学にいらしてください。
E-mail:syamauchi@jin-aikai.or.jp

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