医学界新聞

インタビュー

2009.07.27

【interview】

多科横断的な連携で摂食障害に挑み,
患者の回復への意思をサポートする

切池信夫氏(大阪市立大学大学院医学研究科教授・神経精神医学)に聞く


 摂食障害は思春期から青年期の女性に多くみられ,現在も世界中で患者数が増えている。一方,わが国における摂食障害治療は,疾患に対する誤解や偏見から積極的に取り組む医師がなかなか増加せず,研究および臨床の双方で人手不足が続いている。誤ったイメージを払拭し,摂食障害治療に携わる医師を増やしていくことは緊急の課題である。

 このほど,摂食障害患者の現状,診断および治療の方法や心構えなどを実際の治療経験に基づいて著した『摂食障害――食べない,食べられない,食べたら止まらない』(第2版)が発刊された。本紙では,著者である切池信夫氏に摂食障害の実態や患者との向き合い方などについて話を聞いた。


「なぜ食べないのだろう?」その問いを胸に摂食障害治療へ

――先生が精神科を選択された理由と経緯について教えてください。

切池 私は学生時代から脳や心に関することに興味があり,大学6年生のときには将来の選択肢として,脳外科,神経内科,精神科を考えていました。

 3つの診療科についてさらに詳しくみましたら,脳外科は手術が6-7時間に及ぶこともあり体力的に厳しいということと,頭部を電動のこぎりで切開するという手術を見学して驚いてしまい(笑),断念しました。

 神経内科はとても魅力的だったのですが,筋萎縮性側索硬化症(ALS)や多発性硬化症という,今でも効果的な治療法がなく完治させるのが難しい病気を扱うのに対して,精神科の病気,ノイローゼなどは精神療法でうまくいけば完治させることができるとの印象を持ちました。大阪育ちでプラグマティズム的な私には,精神科が合っているのではないかと思ったのです。

――精神科を選ばれたあと,摂食障害との出合いから専門にされるまでは?

切池 精神科に入局した当時は,精神病理学を勉強しようと考えていました。ところが,統合失調症の患者さんに薬剤が効果的に作用して幻覚症状が改善するのを見て,「精神の病気にも薬が効くのか」と興味を持ち,精神疾患に対する薬物の作用機序について研究したいと思うようになりました。

 もともと大阪市立大学神経精神医学教室では神経化学の研究が伝統的に盛んで,私も神経化学の手法で自分の課題の解明に挑もうと思いました。ところが,神経化学の世界に入ったのはいいのですが,朝から晩まで脳の核酸の研究で試験管を振り続ける日々が続きました。そんな生活が6年ほど続き,いつの間にか臨床で患者さんを治したいという思いとの乖離を感じるようになったのです。

 その後,私は実験をやめ,北野病院へ臨床医として赴任したのですが,1年ほどして,大学から研究医として米国へ留学しないかという話がきました。米国の生活を経験してみたいという前々からの思いと臨床への思いとの間で迷った末,留学を決断しました。しかし,米国での生活はやはり朝から晩まで実験漬けで臨床への思いを募らせるばかりで,米国に渡って1年と少しで日本に帰ることにしました。

 そうしたら,ちょうど帰国したころに,産婦人科の先生から,「無月経で痩せた患者さんがうちに来ている」と,患者さんが紹介されてきたのです。当時,やせてしまう病気はとても珍しく,教科書でしか見たことがありませんでしたが,いわゆる拒食症ではないかと疑いました。

 とにかく,「なぜ食べないのだろう?」と不思議でした。そして,拒食症は,脳と行動と心の3つの関係を明らかにできる病気で,かつて精神病理学に興味を持っていたことや神経化学の研究をしてきたことなど,私の背景を活かせると考え,この病気の病態の解明と治療に取り組むようになりました。

心と体と社会が複雑に絡まって摂食障害は発症する

――摂食障害とはどのような病気なのでしょうか。

切池 摂食障害は,大きく2つに分類できます。一つは,神経性食思不振症(Anorexia Nervosa,AN)であり,やせ願望や肥満恐怖などを基に,摂食量が低下して低体重に至り,種々の精神や身体症状を生じる病態を指します。もう一つは神経性過食症(Bulimia Nervosa,BN)であり,自制困難な摂食の要求を生じて,短時間に大量の食物を強制的に摂取してしまう病態で,摂食後に嘔吐や下剤の乱用,翌日の摂食制限などで体重の増加を防ぎます。

 私がANに注目しはじめた1980年代前半は,過食しては嘔吐や下剤等の使用で体重増加を防いでいるタイプのAN患者さんはあまりみられませんでした。しかし,現在ではそういった患者さんやBN患者さんが圧倒的多数になっていて,15-30歳の女性の1-3%が該当すると考えられています。

 発症に至る要因としては,文化社会的要因と心理的要因,生物学的要因の大きく3つに分けられ,これらの要因が複雑に絡み合って生じると考えられています(図1)。

図1 摂食障害の発症機序
ストレスややせ願望などの文化社会的要因と心理的要因が生物学的要因と重なり合うことで,神経回路網が異常を起こし,摂食行動異常が始まる。摂食行動異常は心と体に悪影響を及ぼし,症状悪化への負の連鎖を生む。

 文化社会的要因としては,現代人が持っている「やせ願望と肥満蔑視」の風潮による影響などが挙げられます。心理的要因としては,やせ願望,思春期の自立葛藤,ストレスなどと,自尊心が低い,完璧主義,内向的で強迫的,などの要素を持っている人が多いようです。

 しかし,同じ文化,心理的状況下にあっても,摂食障害がすべての人に発症するわけではありません。発症には何らかの生物学的要因があるはずです。このような考えから,摂食障害を起こしやすい人に共通の遺伝子型の存在を想定した研究や,摂食行動...

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