術前患者へのアプローチ 非心臓手術時の循環器評価(谷口俊文)
連載
2009.05.11
レジデントのための 【5回】術前患者へのアプローチ 谷口俊文 |
(前回よりつづく)
自分の患者が手術をすることになった場合,「どのように評価してリスクを減らすのか」を知ることは大切なことです。手術直前では麻酔科による評価が必要ですが,周術期のリスクを減らすという意味で,一般医も周術期における心疾患リスク評価の流れを理解しましょう。
■Case
75歳の男性。高血圧,糖尿病を治療中。3年前に心筋梗塞によるステント留置あり。ここ最近,腰痛のため歩くことが難しくなってきた。腰部脊椎管狭窄症の手術が予定された。
Clinical Discussion
高血圧や糖尿病の治療中で心筋梗塞の既往があるこの患者に対して,大手術の前に心疾患リスクを減らすためにはどうしたらよいのだろうか。冠動脈のカテーテル検査をする必要はあるか? 病変があれば治療すべきか? 周術期のβブロッカーは必要か?
マネジメントの基本
心疾患の術前評価
2007年のACC/AHAの「非心臓手術における術前循環器評価」というガイドライン(1)を参照してもらいたい。ただ,このガイドラインは議論の余地があり,すべてを鵜呑みにはできない。このガイドラインを参考にしつつ,現実的なストラテジーを立てたい。
基本は図に示した流れに沿ってリスクを評価する。5つのステップに従う。理解しやすいように段階を追って説明しよう。
図 非心臓手術における術前循環器評価のステップ |
1)緊急手術か?:緊急手術なら,アセスメントする必要なくすぐに手術すべきである。アセスメントする時間のリスクとベネフィットのバランスを考える。
2)活動性の心疾患か?:(1)不安定狭心症,(2)最近心筋梗塞があったかどうか(最近とは「7日以上30日以内」と定義されている),(3)非代償性心不全,(4)重大な不整脈,(5)重大な弁疾患(高度大動脈弁狭窄,症候性僧帽弁狭窄症など)。これらのうちどれかに当てはまれば,循環器医による評価および治療後,手術に進むことになる。
3)術式のリスク分類:これには以下の3段階があることを知る。(1)血管外科手術(心疾患リスク5%以上):大動脈もしくは他の主な動脈の手術,末梢血管手術。(2)中等度リスク(心疾患リスク1-5%):腹腔内,胸腔内の手術,頸動脈血管内膜切除術,頭頸部手術,整形外科手術,前立腺手術。(3)低リスク(心疾患リスク1%以下):内視鏡,体表面上の手術,白内障手術,乳房手術,外来手術(入院を要さない手術)。
4)身体機能によるリスク評価:低リスク手術でない場合はこの評価が必要。MET4で何ができるのかを覚えておく。MET(Metabolic Equivalent)4とは;家の掃除や食器洗いなどができる,階段で1階分問題なく昇れる。これ以上のことができれば身体機能は十分であるとされている。MET4以下もしくは評価ができない場合は次のステップへ。
5)5つのクリニカル・リスクファクター:(1)虚血性心疾患,(2)代償性心不全もしくは心不全の既往,(3)糖尿病,(4)腎不全,(5)脳血管障害の既往。これら5つのうちいくつ当てはまるかによって,MET評価ができない患者の周術期アセスメントも異なってくる。
予防的血行再建のエビデンス
図のステップ5を参照してほしい。ここでは高度リスクとみなされる血管外科手術か中等度リスクの手術かによって最終的な判断が異なってくる。最近の臨床研究により,この「最後の判断」が変化してきている。
・2004年のCARP(Coronary Artery Revascularization Prophylaxis)(N Engl J Med. 2004;351(27):2795-804.):安定した心疾患患者に対して予防的血行再建を行っても短期・長期の死亡率や心筋梗塞のリスクは変化しない。
・オランダから出た2006年DECREASE(Dutch Echocardiographic Cardiac Risk Evaluation Applying Stress Echocardiography)Ⅱtrial(J Am Coll Cardiol. 2006;48(5):964-9.):心臓ストレス検査で虚血を示した患者の血行再建を行っても30日アウトカムに変化なし。また,術前βブロッカーの有効性を示した。
・2007年のDECREASE-V Pilot Study(J Am Coll Cardiol. 2007;49(17):1763-9.):予防的血行再建を行っても短期死亡リスクや心筋梗塞のリスクはやはり変わらない。
これらを受けて,前述のガイドラインが変更された。DECREASE-Vのデータはさらに長期死亡率まで評価しており,やはり血行再建を行っても変化なしとしている(Am J Cardiol. 2009;103(7):897-901.)。しかしながら,現実的には多くの医師はこの結果を不安に思っている。こうした背景を理解した上で,個々の患者に対するアプローチは各医師による総合的な判断に任されるべきだと思う。
βブロッカーのエビデンス
ステップ5の「心拍数をコントロール」はβブロッカーを使用する。ただ,βブロッカーによる心拍数コントロールの有効性を疑問視するデータも出てきた。POISE Trial(PeriOperative ISchemic Evaluation Study)(Lancet. 2008;371(9627):1839-47.)では,手術直前のメトプロロール治療群において非致死的心筋梗塞の30日以内の発生率が低かったものの,死亡率,脳卒中発生率が治療群で有意に高く,周術期βブロッカーの使用に疑問を投げかけた。
DECREASE,またPoldermansの研究(N Engl J Med. 1999;341:1789-94)に基づき,前述のガイドラインでは心拍数60-65を目標に,βブロッカーで前もってコントロールすることを推奨している。これに関しても明確なエビデンスはない。
診療のポイント
・非心臓外科の予定手術のスケジュールがわかり次第,ステップに沿って評価する。
・血行再建を行ってもリスクに変化がないデータが出ているが,個々の患者に合わせて総合的に判断する。
・心拍数をコントロールする場合はβブロッカーを用い,早めから服用を開始する。術前は心拍数の目標値60-65とする。
この症例に対するアプローチ
前述の段階に沿って評価していくと,1)緊急手術ではない。2)活動性心疾患のACC/AHA定義には当てはまらない。3)手術のリスクは中等度。4)MET評価:患者が歩けないので評価できず。5)クリニカル・リスクファクターの評価:虚血性心疾患,糖尿病の2つのリスク・ファクターがある。
この場合,βブロッカーにて心拍数をコントロールし手術に進むか,もし予防的血行再建などマネジメントが変わるのならば,非侵襲的心機能評価をする,となる。ガイドラインと最近のエビデンスに従い,「中等度のリスクにて手術に進む」ということとして,非侵襲性心機能検査はせずに外来からアテノロールを開始。術前の安静時心拍数を60-65前後にしたあと,手術室へ行く計画を立てた。
Further Reading
(1)ACC/AHA 2007 Guidelines on Perioperative Cardiovascular Evaluation and Care for Noncardiac Surgery: Executive Summary. Circulation. 2007;116(17):1971-96.
(2)Poldermans D, Hoeks SE, Feringa HH. Pre-operative risk assessment and risk reduction before surgery. J Am Coll Cardiol. 2008;51(20):1913-24.
↑必読のレビュー。今までのエビデンスとその解釈が凝縮されている。スタチンに関しても読んでおくこと。筆者のPoldermansの名前は覚えておいてもよいだろう。
(つづく)
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