“マニュアルだけ”の医師にならないために―熱病の適切な診方・使い方(大野博司)
連載
2009.04.06
ジュニア・シニア
レジデントのための
日々の疑問に答える感染症入門セミナー
[ アドバンスト ]
〔 第1回 〕
“マニュアルだけ”の医師にならないために
――熱病の適切な診方・使い方
大野博司(洛和会音羽病院ICU/CCU,
感染症科,腎臓内科,総合診療科,トラベルクリニック)
アドバンスト編第1回の今回は,抗菌薬ガイドブックの世界的な代名詞でもある“Sanford Guide to Antimicrobial Therapy”――通称“熱病”(日本語版も毎年更新されている)の適切な使い方について考えます。あくまで筆者が考える「“熱病”の適切な使い方」についてですので,内容については賛否両論あるかもしれません。
■CASEケース(1) ADL自立した30歳男性。2,3日前から下痢,発熱,意識レベル低下で来院。体幹に淡い紅斑がある以外は,ERでの評価ではフォーカスがはっきりしなかった。そのためフォーカス不明の敗血症性ショック疑いで入院加療となった。上級医は「セフトリアキソン2g×2+バンコマイシン15mg/kg×2+クリンダマイシン900mg×3でスタートしよう」と提案するも,レジデントAは「“熱病”にはカルバペネム+バンコマイシンと書いてあるのでこれでいきます」と言う。医局でレジデントAは,“うちの上級医の提案した組み合わせは根拠がはっきりしないし,“熱病”に書いてあることのほうがエビデンスがあるし……”。翌日,血液培養から連鎖状のグラム陽性球菌陽性となり,A群溶連菌の毒素ショック症候群の診断で,ペニシリンG+クリンダマイシンにde-escalationして治療継続となった。ケース(2) 70歳の脳梗塞後遺症にて長期臥床の男性。尿カテーテル留置されており,尿路感染症にて入退院を繰り返している。2日前からの発熱,腰痛,膿尿にてER受診。カテーテル関連尿路感染症の診断にて,尿カテーテル交換の上,抗菌薬を開始し入院加療となった。尿グラム染色でグラム陽性球菌+グラム陰性桿菌だったため,レジデントBは「“熱病”に書いてある通り」ピペラシリン・タゾバクタムを選択の上,治療開始した。血液培養,尿培養ともにESBL産生型大腸菌であった……。 ケース(3) 67歳男性。尿路結石に伴う尿路感染症で入院。尿培養,血液培養陽性となり緑膿菌推定。レジデントCは“熱病を見ながら”抗緑膿菌活性のあるピペラシリンを選択,4g×6で治療開始。3日後に血小板減少,APTT,PT-INRの凝固系の著明な延長あり。上級医に報告すると「何で使用開始前に相談しなかったんだ!」と怒鳴られた。 ケース(4) 夜間ERに25歳の女性が下腹部不快感,排尿時痛で来院。1年前にも同様の症状で膀胱炎の診断で治療歴がある。レジデントDは“熱病”を眺め,“尿培養は不要でキノロン第1選択”の記述から,シプロフロキサシン内服をオーダー。上級医が現れ,尿検査・グラム染色をオーダーしたところ,グラム陽性球菌を確認,上級医の指導により急遽アモキシシリン内服に変更となった。 |
◆まずは“熱病”を開いてみよう!
Sanford Guideは毎年更新される感染症診療での抗菌薬ガイドブックとして有名です。まず開いて確認してほしいのは,(1)目次の内容,(2)アップデートされた項目の2つです。その中で,どこをどのように使いこなし,どこをどのように使うべきではないのかの2点に分けて説明したいと思います。
◆各ケースの解説
ケース(1) 特に既往のない若い人に起こった,下痢,皮疹を伴う急激に進行する敗血症性ショック類似の病態なので,市中感染症で敗血症を起こす感染症7つ(細菌性髄膜炎,急性感染性心内膜炎,肺炎,胆道系感染症,汎発性腹膜炎,ウロセプシス,蜂窩織炎)+α(毒素ショック症候群)を鑑別する必要があります。その上で,上級医は毒素ショック症候群および細菌性髄膜炎を考慮しながら一般市中感染症として抗菌薬を選択したと考えられます(一般市中感染症では宿主の免疫状態が問題なければ必ずしも緑膿菌といった耐性菌やESBL産生型グラム陰性菌を考慮しなくてもよい)。
抗菌薬の選択において,「“熱病”に○○と書いてあったので」と言うのは「上級医に××と言われたので」と言うのと,受動的で何も自己判断を伴わないという点で何ら変わりません。さらにガイドブックの記載をそのまま使用すると,実際の現場から乖離している場合も多々あります。これは“熱病”だけでなく臨床現場での研修医教育全般に通ずる点だと思います。少なくとも,「“熱病”では○○なので」ではなく,以前から指摘しているように「感染臓器→起因微生物の推定→抗菌薬の選択」という自分なりの臨床感染症を考えるプロセスを大切にすることはとても重要です。
Pitfall 1 “熱病”を鵜呑みにする
ケース(2) このケースは,カルバペネム系抗菌薬が有効なESBL産生型大腸菌によるウロセプシスでした。日々の臨床感染症の実践で最も痛感することは,病院やその地域での微生物の抗菌薬感受性といったローカルファクターが非常に重要であるということです。このあたりは,均質化・一般化したガイドブックの中からは残念ながら得ることができない情報です。
当院も含め国内の多くの施設で,病院内感染症および医療関連感染症において,分離されるグラム陰性菌の腸内細菌科にはESBL産生型大腸菌,クレブシエラが年々増加傾向にあります。ESBL産生菌の敗血症,菌血症では,カルバペネム系抗菌薬が第1選択になります。
Pitfall 2 病院の感受性を無視してしまう
ケース(3) 国内でのピペラシリンの保険適応量と“熱病”での世界標準での推奨量に差があったことと,国内での保険適応量を超えて副作用が出てしまった場合の対応の仕方が問題だったと考えられます。以前にも指摘したとおり,ペニシリン系抗菌薬やアミノ配糖体の国内での保険適応量が非常に少ない点は大きな問題です。早急に解決されなければいけない問題です。そのため,十分な経験と理解がある上級医のもとではじめて許される投与量(例:ピペラシリン16-24g/日,アミカシン15mg/kg/日など)を認識する必要があると思います。かけだしのレジデントが,“熱病”を片手に,使用経験もほとんどなくそのままの投与量を使うことは,万一の場合,自分自身が危険な立場に追い込まれる可能性を秘めています。
年々使っていて思うのは,「“熱病”で推奨される世界標準量」を用いるためには,ある程度の覚悟を持ち,周囲の十分な理解のもとで使わなければならないということです。
Pitfall 3 保険適応量を(知らずに)超えてしまう
ケース(4) 若い女性の膀胱炎で,尿からグラム陽性菌がみえることから腐性ブドウ球菌(Staphylococcus saprophyticus)であることが推定されます。この菌は一般的にペニシリン系も含めどの抗菌薬にも広く感受性があるため,アモキシシリンといった狭域スペクトラムの抗菌薬を選択することが可能となります。特に一分一秒を争わない市中感染症の場合,レジデントはしっかりとグラム染色を行うべきで,“熱病”に書かれている(どちらかというと)広域スペクトラムの抗菌薬に頼ってはいけないと私は思います。
Pitfall 4 グラム染色を無視する
以上より,“熱病”を使いこなすための注意点が見えてきたと思います。
◆“熱病”が教えてくれる重要なポイント
それでは次に“熱病”を開いて役に立つ点としてどのようなことがあるかを,日々使っていて重要と思われる順番に説明したいと思います。
1)腎不全患者への投与量
腎不全患者の薬物投与について,一般的には“Cockroft-Gaultの式”から予測されるクレアチニン・クリアランスを求めることから始めます。
クレアチニン・クリアランス推定値:
Ccr(ml/min)={(140-(年齢))×(理想体重(kg))}/(72×(血清クレアチニン値(mg/dl)))
※女性なら上の式に×0.85
腎機能がよくても悪くてもまず初期投与量は通常量をローディングすることが重要です。その上で,2回目以降の投与量および投与間隔について,“熱病”の腎機能低下時の投与量の項目を参照することで,適切な投与量・投与間隔を知ることができます。
2)薬物間相互作用
抗菌薬の中には,肝代謝でCYP450によりさまざまな薬物間相互作用があるものが少なくありません。また抗菌薬,抗真菌薬,抗ウイルス薬など日進月歩で新しい薬剤が増えていくなかで薬物間相互作用については常にリファレンスできるようにしておく必要があります。
“熱病”では,薬物間相互作用についても十分なページを割いており,日常診療で頻繁に参照しています。
3)臨床感染症の主な起因微生物
日本での臨床感染症の大きな弱点に,抗菌薬投与前の「感染臓器の決定」「起因微生物の想定」があります。その中でも起因微生物の想定はエンピリックな治療を開始する上で非常に重要です(例えば,市中肺炎の起因微生物として,肺炎球菌,インフルエンザ桿菌,レジオネラ,肺炎クラミジア,マイコプラズマなど)。この際に“熱病”中の代表的な起因微生物リストの部分は非常に有用だと思います。
4)一般病院での日常臨床であまりみない感染症の治療
特に,(1)抗真菌薬の使用量・投与間隔,(2)抗原虫薬・寄生虫薬の使い方,(3)HIVを含む抗ウイルス薬の使い方については,一般病院で日常頻繁に使わない薬剤であるため,非常に有用な情報となります。
Take Home Message
●“熱病”はあくまでガイドブックであり,万能ではない。
|
(つづく)
大野博司
2001年千葉大卒。麻生飯塚病院にて初期研修後,舞鶴市民病院内科勤務。04年より米国ブリガム・アンド・ウィメンズホスピタル感染症科短期研修後,洛和会音羽病院総合診療科。05年より現職。内科医として多臓器不全管理,一般病棟・透析管理,一般・特殊外来,往診をこなす。著書に『感染症入門レクチャーノーツ』(医学書院),『診療エッセンシャルズ』(共著,日経メディカル開発)。
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