医学界新聞

対談・座談会

2009.03.02

座談会
脳卒中急性期医療をめぐる課題と展望
内山真一郎氏(東京女子医科大学教授)=司会
豊田一則氏(国立循環器病センター)
長尾毅彦氏(東京都保健医療公社 荏原病院)
平野照之氏(熊本大学医学部附属病院)


 本邦における死因の第3位,要介護原因の第1位を占め,「国民病」の一つとして社会的な問題となっている脳卒中。治療法の進歩により死亡数は減少したものの,患者数は依然増加し続けており,2020年には288万人に達するとの見方もある(厚労省研究班)。また,慢性期のリハビリテーションも含め,医療費の増大も課題となっている。このようななか,2005年に血栓溶解薬アルテプラーゼ(t-PA)療法が認可され,脳卒中急性期医療への追い風となった。しかし,t-PAは発症後3時間以内の治療開始が望ましく,それ以降では効果の減少・副作用の増加が見込まれること,また「24時間CTまたはMRI検査が可能」「治療を熟知した医師が勤務」などの条件により適応が制限されていることから,実際にt-PA治療を受けられる患者は限られている。

 脳卒中発症から治療開始までの時間短縮には,システムの整備や一般医の理解,そして市民への啓蒙が不可欠である。現在の脳卒中急性期治療をめぐる課題と,これからの脳卒中急性期治療のありかたについて考える。


■t-PAは脳卒中急性期治療を変えたか

各地域でのこの3年間

内山 本日は,「脳卒中急性期医療をめぐる課題と展望」と題して,脳卒中領域のエキスパートの先生方3人にお話をうかがいます。

 2005年,アメリカから10年遅れて血栓溶解薬アルテプラーゼ(以下t-PA)が,発症後3時間以内の脳梗塞における急性期治療の手段の1つとして承認されました。しかし,タイムウィンドウの問題をはじめとして,適応には厳しい制限があるため,実際にその恩恵に浴せる患者さんはごく一部です。また,少し誇大宣伝といいますか,「夢のような治療法」だと思われているため,患者さんがt-PAを受けられなかった場合,また受けてもよくならなかった場合に,医療者が責められるという歪んだ現象も生じています。t-PAに限らず,脳卒中急性期の合併症管理は非常に重要だと思いますし,よりタイムウィンドウの広い治療法,選択肢が増えることが今後求められていくでしょう。

 とはいえ,t-PAの登場は脳卒中への社会的関心を高め,救急搬送や診断・治療のシステム構築に大いに貢献しました。また2008年の診療報酬改定で,脳梗塞急性期患者へのt-PA投与に1万2000点の加算がついたことも,この治療法の普及に拍車をかけています。それぞれのご経験も含めて,t-PAの登場から現在までのお話をお聞かせください。

長尾 全国一斉に始まったとはいえ,どこでも同じようにt-PA療法ができたわけではありません。医療体制も含め,各地域の事情が大きく反映されたというのが正直なところです。

 私がおります東京地区は,病院数は全国最多ですが,体系的な脳卒中の救急システムが未整備であるため効率的に患者さんを治療できないもどかしさがあります。発症から治療まで――door to needleがもう少しスムーズに流れてほしいというのがこの3年間の総括です。

内山 そういう点で,病診連携を含めた脳卒中急性期診療のシステム化に先んじて着手されたのが,平野先生のいらっしゃる熊本地区です。

平野 熊本では,t-PA認可以前から,急性期の脳卒中を診る医師数に比べて患者数が圧倒的に多く,一施設で救急からリハビリまでを診る難しさを感じていました。そこで患者さんへのシームレスな医療の提供をめざして,1995年頃から急性期-回復・維持期にかけてのネットワークづくりを地域全体で行ってきました。そんななかでのt-PA認可でしたので,どこの病院が脳卒中救急を診ているかという情報が地域全体で共有されており,それらの施設に救急搬送が集まる形で,いまのところうまくいっているのだと思います。

 ただ,熊本県のなかでも地域格差があり,熊本市とその近郊については人口100万人をカバーできるシステムが動いていますが,一歩離れるとまだまだ体制が整っていません。それらの地域で,今後救える患者さんをいかに増やしていくかが課題だと感じています。

内山 私も平野先生と同じく大学病院の所属ですが,大学病院の神経内科では,限られたスタッフ数で脳卒中以外の神経疾患や救急疾患も診なければなりません。そのため,専門病院のように脳卒中診療に特化できませんし,受け入れにも限界があると思います。そういった条件下で,どのように他の医療機関と連携をされていますか。

平野 熊本では,市内の5つの基幹病院が,神経内科医と脳外科医でチームを組んで脳卒中の急性期診療を行っています。このうち熊大以外の4病院では脳卒中救急を中心に診ていますので,搬送もそれらの施設に必然的に集中しています。

 一方,熊大病院の強みは血管内治療の専門医がいるということです。大学病院として地域に貢献できるよう,comprehensive stroke centerとして血管内治療が必要な患者さんを受け入れる,あるいはmobile teamとして関連施設に出向して血管内治療を行う,という具合にネットワークをつくりながら,お互いの得意な部分で協力しあっています。

内山 豊田先生のおられる国立循環器病センター(以下,国循)は,t-PA療法についても中核になって推進していかれる立場にあると思いますし,脳卒中急性期医療全体の啓発活動,全国の多施設共同研究の観察・研究・介入試験なども含めて,リーダー的な役割を課せられている施設だと思います。そういう立場から,これまでの歩みをお話しいただけますか。

豊田 国循は大阪市郊外のベッドタウンにある病院です。短時間での救急搬送が可能な範囲に,100万人以上の人口が密集しているという意味では,脳卒中救急診療が行いやすい場所だといえます。搬送システムに関しても,90年代後半から救急隊とのホットラインを引いており,脳卒中の救急医療を行う医師が直接,搬送中の患者情報を得るようにしているため,発症から治療開始までの時間も短くて済む素地ができていました。ですから,t-PAが認可されたあとも比較的スムーズに治療ができてきたと思います。

door to needleをいかに短縮するか

内山 各地域の現状をお話しいただいたところで,現時点で治療の中心となっているt-PA静注療法について議論したいと思います。

長尾 特に,患者さんの到着からどのように時間を短縮していくかという工夫をぜひお聞きしたいです。

豊田 国循は総合病院と違って,脳疾患や心臓疾患が疑われる患者さんしか搬送されてこないため,ルートは非常に単純です。意識障害があったり脳卒中と思われる患者さんの場合は必ず,私たち神経内科医が最初に呼び出されますから,診療時間は非常に短縮化されていると思います。

長尾 当院でいちばん苦労しているのは,脳卒中救急の窓口をどこと考えるかという問題です。神経内科救急を標榜すれば頭部外傷の要請は受けられませんし,脳外科救急で対応すれば脳卒中以外の神経疾患が対象外となって搬送されてきません。理想は「救急部」のような形で入口を一本化し,そこから速やかにトリアージを行って,スムーズに各科につなぐことですが,今はトリアージできる入口がないのが実情です。他の大学病院でも,t-PAチームに連絡がくるまでに,搬送から30分前後経過していると聞きます。大きな病院になればなるほど,タイムロスが増えてしまっているようです。

平野 おっしゃるとおりですね。当院では,脳卒中らしい症状がある患者さんでも,最初から神経内科に搬送されるのではなく,まずはかかりつけの診療科が呼ばれます。そして,「これは脳卒中かもしれない」となってから私たちに連絡が来るのですが,そこまでで20-30分かかってしまいます。

内山 当院でも同様の悩みを抱えています。クリティカルなケースは,脳卒中を含めて救命救急科に救急隊からホットラインがかかってきますが,各救急隊の判断で神経内科に直接コンサルトして運ばれてくる場合もあれば,脳外科のこともあります。さらに神経内科の中でも,脳卒中かそれ以外の神経疾患かの判断をしなければならず,そこでも明確なシステムが確立されていないので,かなりのタイムロスが出ます。この点では,国循とは正反対の問題点があることを認めざるを得ません。

t-PAは3時間以降も有効か

内山 t-PAの適応は3時間以内という非常に狭い範囲に限られていますが,ヨーロッパでは4.5時間までの有効性をうかがわせるような研究データも出てきています。今後どうなるかは厚労省の判断にもよると思いますが,豊田先生はどうお考えですか。

豊田 たしかに,t-PAは現状の薬と治療法で4.5時間まで有効かもしれません。少なくとも,比較的軽症例など投与する患者を選択すれば,それほど危険ではなさそうだということは,今回の研究から伝わってきます。しかし,このデータを鵜呑みにしてわが国で適応することには慎重になるべきです。少数例でもいいので,日本でまとまった試験を行い,何らかのかたちで結論を出す。本当に4.5時間が有効か,少なくとも安全かを国内で示すことが必要だと思います。

内山 ヨーロッパのデータを見ると,やはり若くて軽症例が多いことがみて取れます。このことを,いままでの3時間以内の適応基準と除外基準でそのまま考えていいのかどうかということも問題になると思います。

長尾 t-PAの安全性・有効性は発症からの経過時間に比例して下がり,逆に危険性は上がります。ですから,時間が経てば経つほど,時間がないにもかかわらず,丁寧に評価して適応を考えなければならないというジレンマに陥るわけです。そのときに,3時間までと同じような診断基準を用いていいのかどうか。有効性をみるか,あるいは安全性を重視するかという,二つの側面からの画像診断のあり方を考えなければならないと思っています。

 軽症でt-PAを行う必要のない患者さんもいれば,重症でもよくなる患者さんもいます。これまでの大規模研究では,発症から時間が経過するほど軽症例で有効となる印象がありますが,本当に必要な患者さんに使ってあげたいと思っています。

早期診断に貢献するMRI

内山 そういった意味でも,t-PA投与適応決定における画像診断がとても重要になってきます。

 現在,CTによる診断は標準化されつつありますが,限界もあります。一方,MRIの拡散強調画像による判定は非常に有効で,DWI(拡散強調画像)/PWI(灌流画像)ミスマッチによるペナンブラの評価は今後普及することが期待されますが,現状ではまだまだ標準化されていません。また,CTでもperfusionの評価ができる方法が出てきたり,新しいモダリティーとしてMRIを使った灌流測定法も出てきつつあるようです。治療の適応を決める判断基準としての脳卒中急性期診断ですが,有用性も含めて,今後どういう方向に進んでいくのでしょうか。

平野 以前から,急性期脳卒中の画像診断はCTでいいのか,MRIでないといけないのかということが議論されています。CTでも条件を整えて見れば,diffusion MRIと同等に,危険な患者さんを排除する力は十分あると思います。しかしかなりのスキルを要するのも事実です。

 一方,MRIの拡散強調画像で高信号を見つけるのは,ビギナーでもできますので,簡便に普遍化するのであれば,MRIを用いるのがベストでしょう。ただ,一所懸命病巣を見つけようと思っていじると,本当は無視していいような軽微な異常信号を引っかけてしまい,無駄に悩んでしまうこともありますから,標準化の必要はありますね。そうやって,きちんと適応となる患者さんを選択していけば,4.5時間を超えてもまだまだt-PAが有効であるケースは出てくると思っています。

すべての医師がファーストタッチできるように

豊田 先ほどもタイムウィンドウのことが話題になりましたが,「脳外科や神経内科の専門医が一から診なければt-PAの診療が動かない」というシステムには,制約が大きいですよね。施設に来て60分以内にt-PAを打とうというとき,その大部分は初期担当医である,必ずしも神経専門ではない医師が担うわけです。ですから,最初のNIHストロークスケールでおおよその評価をして,画像診断を始める部分は救急担当医が担い,最終的な判断を神経内科医や脳外科医が行うようなシステムをつくる。そうすれば,かなりの施設で救急時のt-PAの対応ができると思います。そういう意味でも,t-PA投与禁忌である広範な早期虚血の見逃しはまずないであろう,MRIの役割は非常に大きいです。幸い日本は大多数の病院でMRIが稼働していますので,それを使わない手はないと思います。

 心臓疾患や脳卒中といった救急かつ患者人口も多い病気に関しては,医師であればたとえ専門外でも,基本的な診療が行えるように卒前教育をすることが理想です。より多くの医師が,少なくともファーストタッチはできるようにすれば,脳卒中の診療は非常にやりやすくなると思います。

平野 まったく賛成です。幸いいまの医学生たちは脳卒中救急医療に興味を持ってくれていますし,神経内科を志す若手も数年前より確実に増えています。それには,マスメディアで脳卒中の新しい治療が取り上げられることも要因にありますし,何より実際に目の前で患者さんが劇的によくなるところを見ると,「こんなにいい治療があるのだったら,自分もそれに携わりたい」という想いが生まれるのだと思います。

t-PAに代わる治療法とは

内山 昨年春に頸動脈ステント留置術(CAS)が承認され,また従来のCEA(頸動脈内膜剥離術)も含めて発症直後の超急性期診療が保険適応になるなど,治療のタイミングについても考え方が変わってきています。さらにアメリカでは,MERCIというclot retriever deviceが使われ...

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