わが国における医師と看護師のスキルミクスを考える(矢崎義雄,南裕子)
対談・座談会
2009.02.23
【対談】
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ここ数年,地域や診療科間における医療の偏在,とりわけ救急・産科医療の危機や,急性期病院を中心とした働き盛りの医師のいわゆる「立ち去り型サボタージュ」など,臨床現場の危機が次々と表面化している。以前から内在していた医療制度・教育上のさまざまな問題が一気に現象化したとも言える。
2007年12月28日の厚労省医政局長通知「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」が公表されたことを契機に,政府を中心に医療者間や,医療者-事務職員間における業務分担論議が活発に行われている。看護においても高度な実践能力を持つ看護師の養成に向けた教育が始められ,今以上に裁量権や役割の拡大を求める提言が作成されている。
本紙ではこの機に,よりよい医療の実現を,制度・教育・組織面から多軸的に提言し続けている矢崎義雄氏と,看護職初の日本学術会議会員として,看護の役割拡大に関する提言作成のリーダーシップを取った南裕子氏による対談を企画した。
急性期病院を中心とした危機――硬直化した病院運営に原因が
矢崎 現在,医療現場は大変疲弊しています。地域医療を護る中核となる病院でさえも救急患者に対応できないという現象が全国で起こり,きわめて大きな社会的問題となっています。こういった状況の改善をめざし,厚生労働大臣のリーダーシップのもと,「安心と希望の医療確保ビジョン」が策定され,昨年6月に公表されました。私もアドバイザリーボードのメンバーとして参画いたしました。
このなかで「安心と希望の医療確保のための三本柱」として,(1)医療従事者等の数と役割,(2)地域で支える医療の推進,(3)医療従事者と患者・家族の協働の推進――が掲げられ,これに続けて医師の養成数を増加させる政府の方針が発表されました。
しかし,医師養成数を増やすことで10年,20年後の問題解決にはつながっても,喫緊の課題は膠着したままです。医療現場の疲弊は,急性期病院を中心とした病院の医師不足問題と直結しているのですね。これはわが国における病院運営のあり方が硬直化していることに根本的な原因があると考えています。
医療の高度先進化・複雑化に伴い,医療を行う医師・看護師をはじめとする病院職員数はどんどん増えなければいけないところに,病院経営が逼迫しているために少ない人員で医療を提供している。従来,労働集約型で行うべき医療が,いわば労働倹約型になって,医師・看護師に過重な負担がかかっている。この現状を変えなければならない。
それから医療の受け手である患者さん側の,質が高く,安心・安全な医療を受けたいという期待が年を追うごとに大きくなっていますが,これも医師が絶対的な裁量権を持って,そのもとで医療を提供するというパターナリズムで行ってきた病院の医療体制ではニーズに合った対応ができなくなっていると感じています。
この医師不足という問題の解決,病院の生産性向上や患者中心のよりよい医療の実現のため,医療職種間の業務の相互乗り入れ,協働――スキルミクス――が重要です。特にポイントは医師と看護師のスキルミクスにあると考えておりまして,「安心と希望の医療確保ビジョン」にもその必要性を盛り込みました。
スキルミクス,その定義とは
南 力強いメッセージをありがとうございます。
矢崎先生は「安心と希望の医療確保ビジョン」の検討過程から,スキルミクスという言葉を使っておられましたが,私には衝撃的な言葉でした。
と申しますのは,国際的にも,わが国においても,看護界でスキルミクスという言葉は,むしろ看護の権限を看護以外のコメディカルに委譲する意味で使ってきた経緯があるからなのです。つまり,医師の裁量権に踏み込んでコメディカルが協働するという意味でのスキルミクスという言葉を,私自身は聞いたことがありませんでした。
ただ,矢崎先生のお話を伺って,「なるほど,このような使い方もあるのか!」と目が覚める思いがしました。私たちは,コメディカル間の問題を考えるときにはスキルミクスと言っているのに,医師の領域に踏み込むときには,「権限委譲」「裁量権の拡大」などという非常に構えた日本語を使っていたことに,改めて気づかされています。
最近WHOなどでタスク・シフティング(task shifting)という言葉もよく使われていますが,これも対等に協働するという視点ではなく,仕事が看護職から移行していくという権限委譲型の発想をしていて,適切ではないという指摘がなされています。それは間違った解釈で,協働するという意味だと申し上げてきたのですが,むしろスキルミクスという表現に統一したほうが,多くの方に誤解なく,理解していただきやすいかもしれません。
矢崎 スキルミクスというと,英語のせいもあって内容が浅く聞こえるかもしれませんが,やはり医師の裁量権の委譲ということが前提にあって,その上で多職種が専門性を発揮しながら協働して,ベストの選択を行い,効率的に医療を進めていこうというものなのです。これこそが本来あるべきチーム医療の姿だと思います。
わが国の看護師はこれまで裁量権がほとんどないなか,医師の補助として限定的な業務を担ってきました。今後は看護師の業務という枠をきっちりはめて,その中で活動するというよりは,より裁量権を発揮できるような環境をつくり,看護職の活動の場を広げ,医療の質向上に貢献,寄与していただきたい。
「医師不足だから看護師にやってもらう」ということではない
矢崎 また単に「医師不足だから看護師にやってもらう」ということではなく,わが国の医療提供体制の基本的な枠組みを考え直す必要があるとも感じています。当面は現行の保助看法,医師法の枠内で,患者さんの安全性が確保され,むしろ医師免許を持っているというだけで行う行為ではなくて,しっかりと患者さんの状態を把握して,テクニックを持った看護師が担うほうがよいと考えられる医療行為を検証し,積み重ねて,最終的には国民のコンセンサスが得られれば法律の改定をも視野に,欧米並みに看護師が裁量権を持ってある程度の医療を行えるような状態にすることを目標に頑張っていきたいと思っています。
日本学術会議が示した,看護職の役割拡大に関する提言
矢崎 昨年,南先生が会員でいらっしゃる日本学術会議から相次いで看護職の役割拡大に関して,その範囲・具体的な業務内容などについて要望,提言が発表されたそうですね。
南 学術会議のなかに,医療のイノベーション検討委員会(委員長=国立国際医療センター・桐野高明氏)が設置され,医療費抑制を端緒とする医療現場の脆弱化を中長期的な視点から建て直すための要望「信頼に支えられた医療の実現――医療を崩壊させないために――」を昨年6月に発表しました。このなかでもチーム医療の促進がうたわれ,医師法17条の裁量権の部分を,現在も委譲している部分はあるけれども,さらに高度な能力を持つコメディカル,看護師などに拡大・委譲していくべきではないか,業務制限の大幅な見直しを含む本当の意味でのチーム医療への体制変換が求められている,などと述べられました。
これと並行して,同会議の健康・生活科学委員会看護学分科会(委員長=南裕子氏)でも看護師,医師そのほかの有識者で議論を行い,07年12月28日の厚労省医政局長通知(参考資料を参照)も視野に入れながら,提言「看護職の役割拡大が安全と安心の医療を支える」(以下,提言;註)を取りまとめました。現在の医療危機の緩和や医療の質向上のために,看護は何ができるのかという視点から,社会に向かってアピールする初めての機会になったと感じています。
二段階で想定している看護職の役割拡大
矢崎 提言では,具体的にどのような方法論による役割拡大を求めているのでしょうか。
南 大きく分けて二段階で考えています。
まずはジェネラリストである一般看護師の現行法制下での役割を明確化することが第一段階です。
例えば「療養上の世話」の大半は看護職の裁量で判断できるという解釈が厚労省からすでになされていますが,現場では徹底されておらず,医師の判断を仰いでいるケースが数多く存在していることを指摘しました。...
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