History,History,History!!(ローレンス・ティアニー,松村正巳,青木眞)
寄稿
2009.02.09
【特集】
The three most important parts in making a diagnosis are
History, History, History!!
Lawrence M. Tierney Jr. (カリフォルニア大学サンフランシスコ校 内科学教授) 松村正巳氏 (金沢大学附属病院 リウマチ・膠原病内科)=司会 青木眞氏 (サクラ精機(株)学術顧問/感染症コンサルタント) |
“Current Medical Diagnosis & Treatment”などの編纂をつとめ,日本でも「鑑別診断学の神様」「診断の達人」と名高いローレンス・ティアニー氏(カリフォルニア大サンフランシスコ校)。1992年より毎年来日し,臨床教育を行っており,臨床医としてのみならず教育者としてもその能力を発揮している。氏がこれまでに積み重ねてきた多くの経験から得た,臨床における診断の知識の結集がこのたび,松村正巳氏(金沢大)との共著『ティアニー先生の診断入門』として発刊された。
本紙では,6年目を迎える金沢でのカンファレンスの報告に加え,ティアニー氏,松村氏,青木眞氏(サクラ精機)による座談会を企画。臨床診断学のありかたや教育について議論していただいた。
病歴聴取の技術
松村 日々の診療において,診断に至る過程というのは興味深く奥の深いものだと実感します。今日は研修医教育に熱心な青木眞先生,そして臨床に秀でたティアニー先生に,診断の過程をどのように学んでいけばよいかお伺いしたいと思います。
最初に,ティアニー先生に病歴聴取の技術(Skill)についてお聴きしたいと思います。
ティアニー 病歴聴取に必要なことは,日本でも米国でも全く変わりません。私は常に,まず患者に挨拶をし,ベッドサイドに腰掛け,患者にハンドコンタクト(hand contact)をしながら,「気分はいかがですか」「出身はどちらですか」「家族はお元気ですか」「お仕事は何をしていらっしゃいますか」「趣味はお持ちですか」と問いかけます。ですから,アメリカと日本の地理には詳しいのです(笑)。この最初のコンタクトがとても大切です。私が人として,医師として患者に関心があるということを患者自身が感じてくれると,患者は安心して病歴を語ってくれます。
松村 ティアニー先生が常にそうしていらっしゃるのは,サンフランシスコでも見学させていただきました。患者がリラックスして話しているのがよくわかりました。患者と目線を同じ高さにすることも大切ですね。
ティアニー 次に大切なのは,最初の数秒間の観察です。短時間で多くのことを知ることができる貴重な時間だということを心得てください。
一般に,教科書では症例呈示の仕方を以下の流れで記載しています。
1)主訴,2)現病歴,3)既往歴,4)家族歴,5)社会歴,6)システムレビュー,7)身体所見
トリックのようですが,私のアプローチはこの順番とは違います。私はまず患者の生活(社会歴)を聴きながら,観察という身体所見の一部を始め,その後で主訴や現病歴を聴いていきます。最初はオープン・エンディッド・クエスチョン(Open-ended question)で聴くようにし,「皮疹はどうですか」「胸痛はどうですか」といったフォーカスを絞った質問は避けます。
また,身体所見を取るときには,システムレビューを同時に聴きます。頭からつま先まで系統的に診察しながら「このような症状はありませんか」と聴くことで,聴き逃しを防ぎます。
これで診察時に常に患者との会話が途切れません。日本では,一人の患者にかけられる診療時間は極めて短いですが,患者が急性で明らかにつらそうなときでも,可能な限り患者が話しやすい雰囲気づくりに努めるほうがよいのです。一見,時間の浪費と思われるかもしれませんが,結果的には診断に至る重要な情報を聴き出すことを可能にし,時間の節約になります。
松村 ティアニー先生は,病歴の中の診断の鍵になる情報に着目するのがとても早く,いつも感心してしまいます。これを学ぶにはどうしたらよいのでしょうか。
ティアニー これは経験から学ぶもので,決して言葉で教えられるものではありません。また,持って生まれたセンスもあるでしょう。教育においてもセンスはとても大切です。
青木 生まれつきのセンスは本当に重要です。医師が診断に至る過程を研究している学者がいます。恐らく認知科学など多岐にわたる学際的な領域の話なのだろうと想像しますが,簡単なことではないでしょう。診断の過程は,数式やアルゴリズムなどでは示せないことが多いからです。
また,興味深いことに,そのような“診断”に関する専門家は必ずしもベッドサイドでの診療に直結する形での診断能力には長けていないようです。教育学のプロフェッサーの講義が面白いとは限らないのと同じですね。
鑑別診断を考えるための11のカテゴリー
青木 持って生まれたセンスは変えられませんし,教えられません。そのような教えることができない世界が半分。そして残りの半分は比較的,一定のフォーマットで教育が可能です。そこで,ティアニー先生が教えてくれた「鑑別診断を考えるための11のカテゴリー」(表)が一つのフォーマットとして,とても有用になってきます。
表 ティアニー先生がいつも用いる「鑑別診断を考えるための11のカテゴリー」(『ティアニー先生の診断入門』より) | |
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松村 私もいつも使っています。本の中でも紹介していますね。
青木 このカテゴリーを用いて鑑別診断を考え,その上で病歴や身体所見から診断を絞り込んでいきます。実際,研修医と話していると「鑑別診断こそがチェックすべき病歴・身体所見・検査項目を教えてくれる」という基本を十分に理解できていないことが多いです。また,長大で濃淡のない鑑別診断をダラダラと挙げる研修医も日米双方にいます。このあたりの整理は疾患の頻度,緊急性の有無などにより教育可能です。
ティアニー 医学生を観察していると,型通りの病歴聴取と身体所見だけで鑑別診断を考えています。それ以外に「今日の気分はいかがですか」「お子さんはどうしていらっしゃいますか」といった質問も貴重です。マサミにも教えましたが,診断のヒントになる,とても有用な質問があります。それは「このような症状は以前にもありましたか」と聴くことです。私の勤務しているサンフランシスコVAメディカルセンターで2年前に実際にあったエピソードを紹介しましょう。
若い女性が腹痛で救急外来を受診しました。急性腹症の疑いがあり,外科のレジデントは白血球,CRPなどをオーダーしていました。その後,レジデントは私の前で症例呈示を始めましたが,彼らの診療チームの結論は,「急性腹症であり開腹が必要」というものでした。彼女は明らかにつらそうでした。
そこで私はその女性に,こう聴いたのです。「このような症状は以前にもありましたか」と。彼女の答えはこうでした。「先生,実は全く同じ症状が,5年前,7年前,それから12年前にもありました」。この答えが,患者の診断が実は家族性地中海熱だと判明する端緒になったのです。
つまり,診断に結びつく質問を,タイミングよく患者に問いかけることが大切なのです。そうすることで,患者は自ら診断を語ってくれます。
松村 検査値や画像診断だけでなく,患者への質問・病歴聴取が診断を導くケースもあるということを,医学生や研修医に伝えたいと意識しています。
ティアニー 私は1970年6月29日にサンフランシスコに移りました。その日の,あるバーでの会話を思い出します。私の隣に全米を横断しているトラックの運転手が座ったのです。彼と話すうちに,私は彼にこう尋ねました。「あなたはアメリカのさまざまな場所をご存じですね。アメリカの中で最も美しい場所はどこだと思いますか?」彼の答えはこうでした。「アーカンソー州のオーザック山だな」。
「アメリカの最も美しい場所は?」と聞くと,返ってくる答えは普通,ヨセミテ国立公園やフィラデルフィアの独立記念館だろうと思うでしょう。つまり人それぞれにその人の話,病歴があるということを意識すべきです。
診断を正しく行うための3つの重要な要素,それは1に病歴,2に病歴,3に病歴(“History, History, History”)です。かの有名なトーマス・エジソンは,「天才は1%のひらめきと99%の努力の産物である」と言い残しています。臨床能力を向上させるには,患者の物語を真摯に詳しく聴く,対話を積み重ねる努力が絶対に必要です。
患者の問題の理論的解釈
松村 医学生や研修医は,「全身性エリテマトーデスがどんな疾患か」ということはよく知っています。また,この疾患が関節炎を起こすことも知っています。しかし,ベッドサイドで「この患者さんの関節の問題は,いわゆる関節痛ではなくて関節炎である」ということをなかなか判断できません。また,「関節炎を起こす疾患には何があるか」という質問に対してなかなか答えが出てきません。
ティアニー その通りです。先ほどの家族性地中海熱の場合でも,医学生はこの疾患が開腹を必要としない腹痛を起こしうることを,知識としては知っています。しかしその知識を臨床の場で生かすためには,手術が必要な腹痛,逆に開腹してはいけない腹痛にはどんな疾患があるか,頭の中で整理...
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