ティアニー先生の診断入門

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「診断の達人」「鑑別診断の神様」と呼ばれる、米国を代表する内科医、ローレンス・ティアニー氏による「診断入門」の決定版。毎年日本を訪れ、各地の研修病院で指導にあたるティアニー氏が、日本人医師のために、診断の原則と実際の進め方をわかりやすく示した。これを読まずして「診断」を語ることはできない。 ●動画配信中! 本書および『ティアニー先生の臨床入門』についての、ティアニー先生ご自身のコメントです。 >>>YouTube 「ティアニー先生のコメント」
ローレンス・ティアニー / 松村 正巳
発行 2008年11月判型:A5頁:152
ISBN 978-4-260-00698-9
定価 3,300円 (本体3,000円+税)
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推薦のことば(黒川 清,青木 眞)/(ローレンス・ティアニー,松村正巳)

推薦のことば
 今年,野茂英雄投手が「メジャー」から引退した.1995年に彼が渡米するまで,日本人にとって「メジャー野球」は身近に感じ,意識される存在ではなかった.野茂からの10年余,多くの日本人が活躍し,日本人の誇りとなり,若者はメジャーにあこがれ,目指す.これが,情報が世界に瞬時につながる「フラット」な「グローバル」時代の本質だ.この流れは,さらに加速され,広がり,決して後戻りはしない.
 医療も,臨床も,教育も同じことだ.医師ばかりでなく,社会も,国民も,世界を感じ,日本と「外の世界」を比べてしまう.従来の「権威」にとっては迷惑な話だ.
 若者こそが将来をつくるのであり,若者には高い目標をもたせなければならない.グローバル時代,世界の「高い山」(つまり「メジャー」)を実際に見せ,体験させ,目標を感じ取らせる.これこそが教育の真髄だ.臨床教育も例外ではない.
 ローレンス・ティアニー先生は内科医「メジャーリーガー」のひとりである.以前から日本へも招聘され,臨床教育の現場で,多くの素晴らしい医師を育成されている.私も東大や東海大へ何度かお招きした.そして,私が組織委員長を務めた,2002年に京都で行われた国際内科学会議では,米国内科学会からの推薦を受けて,ケーススタディのdiscussant(指定討論者)として登場していただいた.まさに,世界中から集まった内科医を前に,「高い山」とはどういうものか,「メジャーリーガーの実力」とはどういうものか,お示しいただいたのである.
 それがきっかけとなり,本書の共著者である松村正巳先生は,ティアニー先生を師と仰ぐようになり,教育的機会を積み重ねるなかで本書の出版に至ったという.同会議を組織した者としてうれしい限りである.
 本のそこかしこに,ティアニー先生のお人柄,素晴らしさ,臨床教育の楽しさ,松村先生の思いが感じ取れる.本書を通して,多くの日本人医師に,内科医「メジャーリーガー」の代表格であるティアニー先生が,診断をどう進め,そこで何を大切にしているかを,学んでいただきたい.
 2008年10月
 東京大学名誉教授
 政策研究大学院大学教授
 www.kiyoshikurokawa.com
 黒川 清


推薦のことば
 「エベレストのように見えた」
 これは,本書の共著者である松村正巳先生がローレンス・ティアニー先生に初対面したときの印象であり,16年間の親交を許されている自分が彼に抱き続けている心象でもある.
 エベレストの高みに到達することは,特別の才能や機会に恵まれ,余人が想像もできない努力を続けた人だけに許されることだと思うが,内科臨床医としてのティアニー先生は,そのような高みにおられる方である.
 彼に出会った内科医は,その途方もない記憶力,知識に支えられた診断能力に圧倒されるが,同時に日々彼が教える箴言に触れ続けたいと思わされてしまう.「床頭台にあるお見舞いの手紙は,患者が安定した家族・社会関係をもつことを教えている」と本書に書いている彼は,豊かな感性をもつ非常に繊細な人でもある.
 彼は周囲の医師を,それぞれの才能や努力に応じてではあるが,間違いなくよりよい臨床医に変えていく.「診断のプロセスの本質は,臨床における経験が教えるのであり,理論で学ぶことはできない」と信じる彼の信念が本書には症例検討の形で提示され,珠玉の短編小説のように読者の目を引きつけて離さない.あちらこちらに散りばめられた「閑話」「Column」「Memo」もよいスパイスとしてさらに読みやすい本となっている.
 ティアニー先生による臨床診断学の醍醐味が,松村正巳先生によりコンパクトにまとめられた本書が,多くの医師の目にとまり,診断技術として世代や地域を越えて受け継がれていくことを切望している.
 2008年10月
 サクラ精機(株)顧問
 感染症コンサルタント,米国感染症内科専門医
 青木 眞



 この本で意図したのは,学生,研修医,医療従事者の方々に,患者が抱える問題へのアプローチの体系を示すことです.私たちが知る限り,この本のなかで語られることの多くは,今までの医学雑誌や教科書には書かれていません.これらは何十年もの臨床での経験,注意深い患者への観察に基づいているのです.つまり,医学における真の教師は,私たちがケアしている患者なのです.だから,私たちはこの本で書かれた内容が,患者のために役立つことを心から願っています.

 また,私たちはケーススタディが臨床医学を学ぶための最適の方法であると信じています.読者は,本書のひとつひとつのケースがもつ臨床上の問題を解析することを通して,さまざまな所見やデータから決定的な鑑別診断を導く方法を身につけ,患者のケアをより実践的で効果的なものにすることができます.

 もちろん,このプロセスはやさしいものではありません.本書で扱ったすべてのケースへの考察は,実際の時間経過に沿って,適切に記述され,編集されています.このような過程を学ぶことが,「医師はどう考え,どう問題解決を図るべきか」という原則を身につけるための,最良の訓練になると私たちは感じています.おそらく,私たち医療従事者には,どこか探偵的で,シャーロック・ホームズ的なところがあるのです.本書では,普段の診療で遭遇する患者よりも明らかに複雑なケースをとりあげています.しかし,どんなに軽症にみえる患者であっても,症状をもつすべての患者には同様に,注意深く,十分な診療を行う必要があるのだということを,肝に銘じてください.

 私たちには,私たちの患者に加え,さらに多くの教師がいます.特に,ともに働いている同僚たちです.彼らに深く感謝しています.そして最後に,本書の執筆ばかりでなく,私たちが可能な限りよき臨床医,教師であるために,長い間いつも支え,耐えてくれた家族,愛する人たちへの感謝を忘れません.

 この本のなかでは,すべての医療従事者にとって楽しめ,また人生における大切な宝石とも思えるパールについても触れました.私たちはこの本の内容を楽しんでいただけることを心から願っています.


The purpose of this volume is to provide a framework for students in the health care professions, residents, and practicing caregivers by which they can approach clinical problems. To our knowledge, many of the ideas contained in this book have not previously appeared in journals or chapters. They arise from many decades of clinical experience, and from careful observation of patients. After all, the true teachers of medicine are the people for whom we care, and we hope they will profit from what we write here.

We believe that the case study format is well-suited to learning medicine, and that by analysis of these individual clinical problems, the reader will develop a method to integrate and synthesize observations and data into a useful differential diagnosis, and thus make patient care more practical and efficient.

Of course this is not an easy process. The consideration of all of the cases was recorded in real time, transcribed, and edited. We felt this best simulated how physicians think and solve problems. Perhaps there is a little of the detective in all of us in the medical profession, much in the fashion of Sherlock Holmes. Obviously, the cases herein are more complex than what is encountered in every day practice, but it is to be remembered that all patients with any symptom, no matter how minor it may seem, deserve full consideration and thoughtfulness.

In addition to our patients, we have had many other teachers, especially our colleagues with whom we work every day. We are deeply grateful to them as well. And finally, our families and loved ones must tolerate the long hours of effort necessary not only to write, but to be the best physicians and teachers possible.

We mention many “pearls” in our book, something all practitioners enjoy ; but those closest to us are the real gems in life. We hope you enjoy what we have written for you.

 2008年10月 
 October, 2008

 ローレンス・ティアニー
 Lawrence M. Tierney Jr., MD
 松村正巳
 Masami Matsumura, MD



 ティアニー先生と共著で本を出版できたことは,私にとって大きな喜びです.
 ティアニー先生との出会いは,2002年に京都で開催された国際内科学会議にさかのぼります.プログラムのなかでティアニー先生が指定討論者(discussant)となり,症例をどのように診断してゆくか,そのプロセスを学ぶセッションが3日間ありました.当時の私は自分の臨床医としてのスキルが,まずまずよいところにきていると思っておりました.しかし,このセッションに出席し,大きなショックを受けました.私の考えは全く甘かったのです.患者の情報を事前に何も知らず,主訴,現病歴,身体所見までの情報から可能性のあるすべての鑑別診断を挙げ,どの疾患の可能性が高いかをユーモアをもって話されたティアニー先生の臨床医としての実力に,私は大変驚きました.ティアニー先生がエベレストのような高い山に見えたものです.
 私はすぐに,ティアニー先生を教育のためにお招きしたいと思いました.幸運にも当時私が勤めていた病院に青木眞先生が診療に来られており,親友であるティアニー先生をご紹介いただき,以来,毎年金沢にお招きしています.新医師臨床研修制度も始まり,ケーススタディを中心に,よき臨床教育ができたと思っています.
 ティアニー先生の教育スタイルは,ひとりひとりの患者を大切にされ,病歴,身体所見からすべての鑑別診断を挙げ,検査は診断の確認に用いる程度です.事前の打ち合わせは全くない呈示に対して,どのようにアプローチしてゆくか,わかりやすい単語を選びながら,ユーモアをもって話されます.内容は奥が深く,魅了されながらサイエンスとアートを学べます.また,難しいときの一発診断にも,いつも感心させられます.今までにティアニー先生の前で30人あまりの患者を呈示しましたが,鑑別診断を外されたことはありません.ティアニー先生のレベルに到達することを目標にしていますが,先はまだまだ遠いようです.
 この本はティアニー先生に第1部として診断のプロセスの基本を書いてもらいました.第2部は私が経験した患者の診断過程をティアニー先生の教えを基に書いています(2006~2007年に内科臨床誌「medicina」に連載した「Case Study 診断に至る過程」を基に大幅に加筆を行い,まとめ直したものです).この本は,よき臨床医になることを志す若い方々にとって,スキルアップの一助になると確信しています.若い方々に診断のプロセスの醍醐味をお伝えできれば,これに勝る喜びはありません.どうぞ楽しんでお読みください.
 最後にこの本の出版のきっかけとなった「medicina」誌へのケーススタディの連載を勧めていただいた,昭和大学精神科の市村公一先生,ときに厳しく,的確なアドバイスをいただいた医学書院の滝沢英行氏,かつて私を指導してくれた津川喜憲先生,佐藤隆先生,私を刺激してくれる医学生,研修医の方たち,そして私を日々支えてくれている妻と娘たちに心から感謝します.
 2008年10月
 松村正巳

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第1部 診断入門
 診断のプロセス
 病歴,身体観察,仮説,鑑別診断
 観察
 最初の数秒の観察
 最初の数語
 病歴,病歴,病歴
 得るものが多いか,少ないか
 得るものが少ない
 病歴の出発点
 病状をよく語る
 現病歴
 患者の伝記
 身体観察のアート
 11のカテゴリー
 オッカムのかみそりとヒッカムの格言
 偶発腫瘍
 経過観察
 パールとEBM
 私のトップ10パール
 再び基本
 附録 システムレビュー(Review of Systems;ROS)

第2部 診断へのプロセス―ケーススタディ
 Case Study 1 2つの入り口
 Case Study 2 レッド・フラッグサイン
 Case Study 3 理論的思考
 Case Study 4 診断を語る
 Case Study 5 悩ましきもの
 Case Study 6 伏兵
 Case Study 7 稀な典型例
 Case Study 8 優先
 Case Study 9 意外な関係
 Case Study 10 身体は語る
 Case Study 11 手は口ほどにものを言う
 Case Study 12 似て非なるもの

索引

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看護職がティアニー先生の診断アプローチから学べること
書評者: 堀 成美 (聖路加看護大助教授・看護教育学)
 ティアニー先生はよく「鑑別診断の神様」と評されるが,残念なことに世の中の人皆が神様に診断してもらえるわけではない。このため教えを理解して実践したり広める人が必要である。しかし,症例検討会のヒントに「それはハリソンに載っているかだけ教えてくれ」というような恐ろしいコメントをする神様の経験知は,ただ話を聞いただけでは共有が難しく,入門者に伝えるのはさらに大変なことである。初学者は何がわからないのか,何がつらいのか,何から学んだらいいのかをよく知り,「なんとかしてやろう」という愛なくしては立ち行かない作業である。これは医学・医療にかぎったことではない。

 長年地域でよい医師を育てようと心血を注いできた松村先生ならではの愛情や熱意が,本書を通じて他の地域での神様の共有を可能にした。しかし,予想に反し,ページの構成は実にシンプルで,選ばれたコメントには無駄がない。

 本書は研修医向けではあるが,患者からの聞き取りを重視するティアニー先生のアプローチは,実は医師よりも長い時間患者と接することのできる看護職にこそ有用であるとも思う。

 看護職は,経験的に感じ・得られる情報をたくさん持っているが,根拠に基づいた説明や,体系的に整理することに課題を抱えている。本書の第1部には改善のヒントがたくさんある。

 また第2部では,1症例1症例からこんなにたくさんのことを学べるのだ,ということと,整理の仕方,フォーカスによってより早く適切な治療やケアに結びつくということを学べる。それは患者や家族の苦痛や心配を軽減することにもつながる。

 ともに働く医師はどのように診断アプローチを学ぶのか。今何を考え実践しているのか。その理解と支援を通じ,よりよい看護の実践につなげていただければと思う。
ティアニー先生に学ぶ臨床推論のテクニック
書評者: 松村 理司 (洛和会音羽病院院長)
 ローレンス・ティアニー先生の鑑別診断力のすごさが披瀝されている本書が,好調な売れ行きであると先生自身の口から聞く機会が最近あった。誠に慶賀にたえない。新医師臨床研修制度が開始されて5年近くになるが,研修現場で今も足りないものの一つに「臨床推論・診断推論の訓練」が挙げられる。初期研修医の学習対象が検査や治療手技になりやすく,病歴と身体所見から病気や病態の検査前確率を推定してゆく診断学が,なかなか王道に位置されないのである。

 ティアニー先生の真骨頂は,病歴のみに基づく診断と最終診断との一致率がことのほか高いことにあると思われる。厖大な臨床経験が頭脳の中に質高くまとめられているからであろう。その後に身体所見を加えて検査前確率を上下させるわけだが,先生にとって身体診察の寄与率はあまり高くはなさそうである。しかし,本書の5頁の文言に接すると,そうとばかりもいえないことがわかる。以下に抜粋する。

「私は,最初の出会いの30秒間が,最も豊かな瞬間であると常に信じてきました。…このような観察は病歴ではなくて,むしろ身体診察の一部と思われませんか。観察,打診,触診,聴診は病歴聴取の後にとられるものと伝統的に教育されてきました。しかし,実際には身体診察の一部分は,すべての医師にとって患者との出会いのなかにあります」

 診断推論法には,仮説演繹法,徹底的検討法,アルゴリズム法,パターン認識などがあるが,ティアニー先生が頻用するのは徹底的検討法(本書13頁にあるように11のカテゴリーに分類)である。パターン認識による一発診断もお得意だし,仮説演繹法も駆使できるのに,徹底的検討法にこだわられるのは,呈示症例に難問が多いため,また教育を楽しむためだと見受けられる。

 さて,本書の優れている点は,以下である。第1に,以上のようなオーソドックスな診断過程が,具体的な12症例を用いて臨場感豊かに展開されていること。ティアニー先生と松村正巳先生の共著の意味が納得できる。第2に,松村先生の訳がこなれていること。第3に,松村先生のティアニー先生への尊敬の念があちこちでみられるのだが,とても自然で,初々しく感得されること。第4に,大部でなく,週末を利用して読破できること。

 お二人の出会いがあったと聞く2002年春の京都での国際内科学会議の直前のエピソードを,今でも懐かしく思い出す。学会事務局から私(市立舞鶴市民病院勤務中)に連絡が入ったのである。「ティアニー先生との連絡が全くとれません。他の先生方は京都に前泊してもらうのですが…。既に日本におられるとの話なのですが,そちらでしょうか?」

 実はティアニー先生,当時の同院での“大リーガー医”招聘中の身分だったので,京都へは日帰りの予定だったのである。問題は,そのあたりを事務局に一切連絡していなかったので,右往左往を惹き起こした次第。皆がやきもきする中を悠々と数分前に到着との由だが,これはいつものこと。かように事務能力はゼロに近いのだが,米国でもClinical Masterの名をほしいままにされている生涯現役教師というのが憎い。
鑑別診断の森の中で迷子にならないために
書評者: 亀井 徹正 (茅ヶ崎徳洲会総合病院院長)
 『ティアニー先生の診断入門』は卓越した臨床家であるローレンス・ティアニー先生が松村正巳先生と共に日本の研修医を対象にして書かれた診断学の入門書である。しかし,本書は通常の入門書とは一味もふた味も違い,ティアニー先生ご自身の診断のプロセスを解説した極めて貴重な教科書となっている。

 ティアニー先生に接した人は皆その膨大な知識量と分析力に圧倒されるが,その診断の進め方は極めてオーソドックスであり,病歴から鑑別診断をもれなく挙げ,身体所見で絞り込み,必要な検査にて確定診断に持ち込むものである。

 しかし,臨床の現場では皆がティアニー先生のように鑑別診断できるわけではない。鑑別診断の森の中で迷子にならない為には,基本に忠実である大切さが繰り返し強調され,また,診断能力を磨く上での秘訣の一端がクリニカルパールとして本書のあちこちにちりばめられている。

 第1部はティアニー先生ご自身の診断法が紹介されており,診断学を学ぶ人に対して多くの示唆に富む基本的な考え方,アプローチの仕方が示されている。

 第2部は松村先生の経験された症例をティアニー先生と共に,あるいはティアニー先生の診断の進め方にならって松村先生ご自身が,その診断のプロセスを初心者にも理解しやすいように提示している。提示された12症例は,ありふれた疾患からまれな疾患まで多彩であるが,鑑別診断の挙げ方,それぞれの絞り込み方をティアニー先生のやり方で示し,診断学の奥行きの深さ,醍醐味を余すところなく伝えてくれる。

 感染症コンサルタントの青木眞先生のご紹介がきっかけで,ティアニー先生には1996年から毎年のように私どもの病院を訪れていただき,短期間ではあるが研修医の指導に当たっていただいている。この期間中は,先生のカンファレンスに参加するために多くの院外の研修医や医学生が当院を訪れる。参加者皆が診断学の面白さ奥行きの深さを感じ取り,その高みに到達する困難さを理解しつつも大きな目標を見つけて帰るようである。

 本書は初期研修医ばかりでなく,特に後期研修医や研修医の指導に当たっている指導医の先生方にとっても大変に参考になる教科書であり,松村先生のお力により,この素晴らしい本を日本語で読めることを感謝したい。
読みやすくかつ臨床の叡智を凝縮させた書
書評者: 藤田 芳郎 (トヨタ記念病院 腎・膠原病内科部長)
 本書の扉の推薦のことばに、ティアニー先生と16年間の親交がある青木眞先生の短い名文がある。その青木先生のおかげで、著者の松村先生と同様、私も数年来ティアニー先生に触れる機会を得ることができているが、本書によって改めてティアニー先生というエベレストがいかに出来上がったかを知ることができた。このように読みやすくかつ臨床の叡智を凝縮させた本書の出版に尽力された松村正巳先生に深謝したいと思う。

 臨床において大切なことの1つは、正しい診断とよりよい治療を求めて、権威的にも感情的にもならずに医療者が検討しあうという医療の透明性である。もう1つの推薦のことばを書かれた黒川清先生の名文にも感じる、そういう自由闊達な雰囲気の中でのレベルの高い日々の症例検討の産物が、ティアニー先生という怪物であると私は思ってきた。実際、ティアニー先生の教育は、自由で明るい雰囲気の中で行われる。

 本書では、ティアニー先生という作品ができるために必要不可欠な、それとは別の側面が、先生自身の言葉で語られる。「診断確定における最も大切なのは経験であり、決して本から学べるものではありません」とおっしゃりながらも、一流の教育者でもある先生は、その「経験」を伝えようとわかりやすい言葉で語ってくださっている。たった20ページの中で。

 先生の語る「経験」とは何か。本書をお読みいただくほかはないが、その「経験」を獲得していく過程は、患者さんとのきめ細かい熱心な対話とその分析、対話のなかから原因疾患を掘り起こそうとする努力の積み重ねにほかならず、そのことに強く感動させられた。きめの細かい熱心な対話とはどういうものか、患者さんとの対話をどういう風にしたらよいか、具体的な方法、先生の経験に基づいた方法が述べられている。そして最後に先生の出血大サービスともいうべき「経験」の珠玉、「トップ10パール」が述べられる。次に続く第2部はその応用編のケーススタディである。第2部では教育的症例が厳選され、辞書のように何度も使える鑑別診断の要がちりばめられており、松村先生の労作である。

 「食べ物というのは食われていのちを養うものとなり、残りは糞尿となって排泄されるわけで、(その食べ物を作る農、漁を担当する人は)いわゆる業績というものを残さない」(『文明を問い直す』梅津濟美著、八潮出版社)。いのちに近く働く者はいのちに近ければ近いほど、業績という目に見えるものは残しにくいが、そのかわり「経験」の叡智を獲得し、次世代に伝えたい。臨床(ベッドサイド)にいる我々に、そんな奮起を促し知恵を与えてくださる書である。臨床医療に携わる全ての方に本書を推薦したい。

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