医学界新聞

2009.01.05

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医療経済学で読み解く医療のモンダイ

真野 俊樹 著

《評 者》福田 秀人(立教大大学院教授・危機管理学)

医療をめぐる「お金」の問題を丁寧に解説

 コーネル大学医学部留学中に経済を学ぶことの大事さを痛感し,京都大学で経済学博士号を得た医師であり,また医療経済学者でもある著者は,出来高払いの保険制度は,医師と患者にとっての天国をもたらすものと説く。患者のために高度な診療をするほど,病院や医師に多額の報酬が支払われるからである。しかし,これでは医療費に歯止めがかからず,また,医師と患者の間の情報・知識の格差が,過剰な診療を誘発する。

 さらに,高齢化社会の到来による患者増で,医療費は急増していくとの政府予想と財政赤字の深刻化を受けて,医療費の抑制が重要な政策課題となり,包括払い制度,在院日数の短縮,病床数削減,診療報酬引き下げ,ジェネリック医薬品の奨励,レセプトの審査強化などが推進されるようになった。延命治療も問題視されるようになった。

 しかし,医療費がGDPに占める比率はOECD加盟国の中で22位,8.0%(1位米国は15.3%),一人あたり年間医療費(購買力平価換算)は19位にとどまっている。患者数や病床数に対する医師や看護師の比率も,先進国の中で格段に低い。そこで著者は,包括払い制度は医療費の抑制に有効かつ妥当な制度であるが,医療費をもっと増やしてもよいのではないかとし,また,その他の医療費抑制策の前提や効果に,概略,次の疑問を呈している。

 医療費の増加は高齢者の増加ではなく,医療技術の進歩による可能性もある/ジェネリック医薬品の普及には,値段,品質,安定供給,的確な情報提供などの課題がある/低コスト,良質の医療,医療への好アクセスの3つを同時に達成することは難しい/医療費の単価をコントロールできても,受診総量をコントロールできない/平均在院日数の短縮が医療費の削減につながるには,患者数,同じ疾患に投入する個別医療,支払い方式が変わらないという非現実的な前提が必要/入院医療の多くを在宅医療でできるのか/医療の専門分化が進み,必要な医師の数が増え,新たな知見が新たな医療サービスを喚起し,医師の仕事が多くなる/医療は専門職が担うため,政府の政策どおりに実行されるとは限らない。

 本書は,以上のような医療費,保険,医療の仕組みについて,広範多岐にわたる問題を,用語をきちんと定義し,最新の理論や研究成果を用いて簡潔に解説している。また,経済・経営の観点から,病院,医師,看護師などが取り組むべき課題を示している。さらに,欧米やアジアでの,各国各様の状況と深刻な問題を紹介している。それは,発熱すれば解熱剤を投与すればよしとするに等しい短絡的な発想に陥らず,医療のモンダイを大局的に理解し,解決策を誤らないための手引き書である。なお,本書はどこから読んでもよいが,3章1節「財前と里見はどちらが正しいのか」から読むことを勧める。

A5・頁232 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00659-0


臨床医のための症例プレゼンテーションA to Z
[英語CD付]

齋藤 中哉 著
Alan T. Lefor 編集協力

《評 者》宮城 征四郎(群星沖縄臨床研修センター長)

臨床医学教育のあるべき姿を伝える教則本

研修医の症例発表の内容を吟味
 医学書院からこのたび,自治医科大学客員教授・齋藤中哉先生による臨床医のための症例プレゼンテーション法を説いた教則本が出版された。

 齋藤教授は日本の医療界では数少ない,医学教育学を修めた臨床家である。臨床医学の指導医の立場から本書を出版し,日本の医学界に「臨床医学教育の基礎」を敷衍し,その普及に努めんとしているのである。

 したがって本書では,臨床医学教育に携わる人々にとってわかりやすく,症例プレゼンテーションの基礎となる情報が網羅されている。

 類書では,異なる病院で3回の1年次レジデントを経験した亀田総合病院リウマチ膠原病内科医長・岸本暢将先生による『米国式症例プレゼンテーションが劇的に上手くなる方法』(羊土社,2004年)があるが,研修医の症例発表の内容を吟味し,その評価を下す指導医の立場から症例プレゼンテーションに必要な知識・技術を網羅的に紹介する本を上梓した例は,わが国では齋藤教授をもって嚆矢とするものであると理解している。

 その内容をざっと見渡してみると,問診,理学所見の取り方や問題点の整理法その他,患者を全人的に理解するための10か条や痛みに関する重点項目10か条などが詳述されており,それらが臨床医療のごく一部を表したものであり,すべての主訴についてこのような順序を踏まえた聴取項目が存在していることを示唆するものである。

 これらの内容は,著者自身が十分に臨床医学の何たるかを知り,臨床の実力が十分になければ到底書けないような内容ばかりである。

 臨床研修事業に従事する医療機関の指導医,あるいは屋根瓦方式の上級研修医は,少なくとも明日の日本の医療を担うことになる現在の下級研修医に対する臨床指導の基本的ノウハウを知るべきであり,本書を臨床指導者として参考にすべきである。また,英語によるプレゼンテーションの実例をいくつかCDを沿えて付録している点でも,この種の本では異例である。

患者を全人的に診る臨床医学教育の実現へ
 これまで臓器中心の臨床教育を実施してきたわが国の医療界に対し,患者を全人的に診る臨床医学教育を導入しようとする試みは,大いにあずかって多とすべきである。

 日本の医療界では,基礎研究や論文発表が評価の対象とされ,ややもすると臨床医学教育自体がないがしろにされがちである。しかし,その姿勢は,日本の1億3千万人の国民が求める医療とは大きく乖離するものであり,医療自体が受療者たる国民のものであることを思えば,本書の著者のように臨床医学に力を注ぐ人々に,もっと大きな関心が集まってしかるべきである。

 願わくば,病棟にあっては主治医のその日の当直医に向けたsign out systemについても,ページを割いて言及してほしかったと思う。そうすれば,各研修医は今よりももっと安心して病院を離れることが可能になるし,各主治医が担当患者管理のために,当直でもないのに夜遅くまで病院に残る現在の臓器中心の臨床教育や研修のあり方にも,いくばくかの改善の糸口を与えることになったに違いないと思う。

 しかし,だからといって本書の真価に影響はなく,わが国の医療界に属する医師たちが臨床医学教育のあるべき姿を考える上で大いに参考にすべき良書であり,自信を持って推薦する。

B5・頁248 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00278-3


「人は死ぬ」それでも医師にできること
へき地医療,EBM,医学教育を通して考える

名郷 直樹 著

《評 者》奥野 正孝(鳥羽市立神島診療所所長)

医師頭にしみいる

 台風を避けて朝早く島を出て,母校へき地医科大学での「離島医療」の講義に向かう新幹線の車内でノートパソコンを開いた。いつもこの時間は授業内容を推敲するためのとても大切な時間であるが,その前にこの本を一気に読み切ってしまったのがいけなかった。本のことが頭から離れない,というより何かが脳の中にしみ渡ってしまって,いつものように働いてくれない。なぜだ? 15号車11番E席の窓から,かつて著者がいた作手村の山々が見えている。できすぎている。

 たかだか500人しかいない島の診療所での勤務が通算17年を越えた。これだけいれば,何だって知っているし,何にでも対処できて,迷うことなんかないようになるだろうと思っていた。でも結果は逆で,知れば知るほど知らないことは増えていくし,対処できることが増えていくのと同じようにできないことが増えていく。迷いなんて日常茶飯事,いったい自分の頭はどうなってるんだ,どこがいけないんだと自問自答の毎日が過ぎていた。そうこうしているうちに年に一度の大学での講義の機会がやってきたのだが,ここにきて悩んでしまった。迷い悩んでいる私が講義をしたら学生を混乱に陥れるのではなかろうか? 何を話して何を話さないでおくべきなのか? 真実を伝えることは重要だけれどそのまま伝えてよいのか? などと根幹の部分での悩みが頭の中を駆け巡っていた。しかし,本書を一気に読んだ後,私の角張った医師頭は紙ヤスリでゆっくりこすったように丸くなり,垂直に深く切り立った脳溝には何か温かいものが流れ,頭の中が一種の爽快感に満たされた。一つひとつの著者の言葉が大きくまとまってひとつの流れになって医師頭にしみ渡り,軽い高揚感とともに「推敲することも悩むことも十分したのだから,もうやめていいんじゃないか」と自然に気楽に考えるようになってしまっていた。

 医学界新聞の著者のコラムを読んでいたとき,禅問答のようになって解釈するのが困難であったり,思考過程をそのまま書いているものだから理解するのに苦労したり,観念奔逸のようにほとばしる言葉の洪水に溺れてしまってその本質に迫れず,逆にきっと著者は研修医の教育で疲れ果てている上に締め切りに追われて書き殴っているのでこんな文になっているのだろうなというくらいにしか思い至らなかったが,なぜか読み続けずにはいられない不思議な魅力があった。しかし,この不思議な魅力も医学界新聞が送られてくる一か月ごとでしか感じることができなかったため,その大きな力を知る由もなかったのだが,この本の登場で,あの不思議な魅力がいっそうパワーアップし,怒濤が押し寄せるように一気に感じることができるようになったのである。

 こんなダイナミックな魅力の一方で,この本の中にはなるほどとうなずかずにはいられない名言・名文がちりばめられていて,ついついメモなどして途中下車してしまいがちになるといった繊細な魅力もあるのだが,日ごろの疲れた頭をスッキリさせる爽快感がほしければ,やっぱり「一気に読む」ことをぜひお勧めする。

追記
 おかげさまで今回の母校へき地医科大学での「離島医療」の講義はこれまでの中で最も高い評価を得られたことを報告する。ありがとう名郷先生。

A5・頁260 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00577-7


臨床麻酔レジデントマニュアル

古家 仁 編 川口 昌彦,井上 聡己 編集協力

《評 者》澄川 耕二(長崎大教授・麻酔蘇生学)

一分の隙も見せない見事な臨床麻酔実践書

 臨床麻酔の実践はまさに患者の生命を預かることであり,広範な事項にわたって適切な判断が要求される。知識の一部が欠落するだけで重大な結果を招く恐れがあり,実践の根拠となる知識は常に再確認が必要である。医学生は試験で80点も取れば余裕で合格するであろうが,専門医の判断には100点満点が要求されるのである。

 臨床麻酔の実践にあたっては,生理学や薬理学の系統的な知識をベースとした最新の技法ときめ細かな配慮が欠かせない。さらに,臨床の現場で遭遇する偶発症やさまざまな出来事に対しても適切な対処が必要である。本書は臨床麻酔を実践するにあたり,現場での意思決定に必要なあらゆる知識・技術を網羅しており,一分の隙も見せない見事な構成となっている。麻酔科専門医をめざすレジデントに格好のマニュアルであるが,専門医にとっても知識の欠落がないかをチェックするのに大いに有用である。また,初期研修医にとっても具体的な手引書として研修効果を高めることができよう。

 本書の記述は実証的かつ具体的で即実践に応用できる。術前評価の章では説明と同意についても項を設け,奈良県立医科大学麻酔科で実践している術前外来の方法に基づいて,ビデオの利用,説明方法,注意点などをきめ細かに述べる。術前禁煙についても,禁煙1日で酸素運搬能改善,3日で気管支線毛運動改善,2週間で喀痰減少,2か月で肺合併症減少と具体的データを提供する。麻酔管理に必要な手技の章では,各種の麻酔法を解説するが,VIMAやTIVAについても初心者でも実践できるよう薬剤の投与法やタイミング,術後鎮痛まできめ細かい。ラリンジアルマスクや各種挿管器具の使用手技も,エキスパートのテクニックが伝授される。留意すべき症例の章では,各科手術や特殊症例の麻酔を網羅するが,低出生体重児,覚醒下開頭手術,日帰り手術,エホバの証人などの麻酔や手術室外での麻酔についても必要事項が過不足なく述べられる。術後管理の章では術後外来の実践や術後鎮痛法,術後合併症への対処などが述べられ,麻酔と危機管理の章ではCDC手術部位感染防止ガイドライン,針刺し事故,災害時の対応まで解説が及ぶ。

 本書はいつもポケットに入れて携帯できるコンパクトなサイズに作られており,日々の臨床で疑問点を解消するのに大いに威力を発揮するのは間違いない。要点を箇条書きにすることで,限られたボリュームに膨大な情報量を収載し,しかも調べたい情報の検索が容易である。臨床麻酔の実践能力を高めるために大いに活用されることを勧めたい。

B6変・頁320 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00617-0


組織病理カラーアトラス

坂本 穆彦,北川 昌伸,菅野 純 著

《評 者》本山 悌一(山形大教授・人体病理病態学)

わかりやすい文章と適切な写真による病理学の理想的手引書

 病理学は,病気の原因およびその成り立ちを究めようとする学問である。医学生たちは,昔も今もそして将来もまず病理学の講義と実習を通して,多くの病気の概念とそれらの原因や成り立ちを理解するために必要な医学用語に向き合うことになる。医学用語を知り使えるようになる過程で重要なことは,できるだけ普通の人が普通に話す言葉でも説明できることを意識させるということである。これを怠ってきた医師は,真のインフォームドコンセントを患者さんから得ることなど望むべくもない。

 しかし,当然のことながら,平易な言葉で述べても正確さを欠いては本末転倒になりかねない。また,大部分の病気は,必ず細胞,組織あるいは臓器の形態的変化を伴う。それらにおいては,形態が示す意味を正しく解釈することなしに病気の正確な解釈はありえない。つまり,平易な言葉を使って正確に書かれた文章と形態変化を適切に示す写真とから成る手引書は,病理学の教育にはぜひとも必要なものである。この度刊行された『組織病理カラーアトラス』は,現時点でそういった理想にもっとも近い書の1冊である。

 本書は,上述したように平易な言葉で正確に書かれている上に,どこを読んでも落ち着いた気持ちで読むことができる。これは,経験豊富で教育熱心な病理医が3人ですべて書き上げていることが大きいであろう。この3人の筆者,坂本穆彦教授・杏林大学,北川昌伸教授・東京医科歯科大学,菅野純国立医薬品食品衛生研究所部長は,東京医科歯科大学病理学教室の同門である。十分に話し合い協力しながら作られたせいか,内容に凸凹がなく,いずれも高水準であり,自ら経験された症例から選ばれたことによるであろう写真も極めて適切である。これは分担執筆者が多過ぎたり,洋書の翻訳だったりする類書とは決定的に違うところである。

 本書は総論に約100頁,臓器別の各論に約280頁をあてている。総論においては,まず概念を簡潔に示し,次いで実際的な説明に移り,病気の成り立ちや種類を理解するために必要な事項をわかりやすくかつ正確に説明している。これらの記述は,医学生だけではなく,若手病理医や一般医師の知識の再確認のためにも役立つと思われる。理解が進みやすいように模式図もしばしば用いられている。各論においては,まず疾患概念を示し,次いで「病理診断のポイント」として重要な所見を箇条書きに挙げている。写真は110mm×73mmの大きさを基本としているので,十分な大きさで見やすい。適当に余白がとってあるので,書き込みができるということも便利である。「基本構造のチェック」という頁を設けていることも親切で手が行き届いている。

 本書は,既刊の『コンパクト病理シリーズ 病理アトラス』の総論,各論1,各論2の3分冊を1冊にまとめ,再構成したものであるという。『コンパクト病理シリーズ 病理アトラス』はやや値段がはるという難点があったが,今回はそれも解消されている。医学生,研修医,若手病理医たちが病理標本を鏡検する際の座右の書として推薦したい。

B5・頁408 定価10,500円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00507-4


ADLとその周辺
評価・指導・介護の実際 第2版

伊藤 利之,鎌倉 矩子 編

《評 者》江藤 文夫(国立障害者リハビリテーションセンター更生訓練所長)

活動制限の縮小と社会参加の促進において,大きな力を発揮

 わが国のリハビリテーション医療の活力を反映して,教科書類の出版が盛んである。こうした時代に広く読まれてきたテキストの一つが本書である。本書の初版は,1994年,主に理学療法士,作業療法士をめざす学生向けの教科書,実習書として発行された。この間に高齢社会に対応すべく介護保険制度が導入され,障害者福祉においても支援費制度の導入を経て,障害者自立支援法が施行された。こうした時代の底流にわれわれがめざすべき方向性として西洋近代の個人主義がある。ここに来てようやく,パターナリズムが批判され,措置から契約へ,患者・利用者中心の医療や福祉サービス提供体制の整備が急速に展開し始めたところである。この時代に,日常生活における活動の評価・指導・介護の実際に関するテキストの重要性はますます拡大する。

 ADLはリハビリテーション医学の領域で生まれた用語である。しかし,医学・医療の標的としてLifeの持つ「生活」の意味の比率の高まりを背景として活動(activities)が重視されるようになったのはさらに1世紀をさかのぼる。特に,高齢者の医療では1930年代の英国のM. Warrenの仕事に代表されるように,活動性を高めることが最重要課題として認識された。そして,米国においてH. Ruskらの努力で医療においてリハビリテーションという言葉が定着する間に,1945年にADLの概念が生まれたという。

 医療におけるリハビリテーションでは機能回復への期待が高く,治療対象としてADLが取り上げられるようになると,ADLの指導(訓練)も体系化されていく。Ruskによる教科書のなかで,RTのBuchwald(E.B.Lawton)らによる身体障害におけるADL指導の要点では,まず必要とされるADLを単純な動作(motion)に分割し,これらの特異的動作を患者が実行しうるように選択して訓練することから始められる。この動作訓練は医学モデルで理解されやすいことから,わが国ではADLは長く「日常生活動作」と訳され,普及した。かつて,PTの訳語としては機能療法士が優勢であったころ,同じく職能療法士と訳されもしたOTがかかわる動作の指導・訓練では活動を自立して実行するための工夫(device),すなわち自助具の使用も含まれる。

 死亡統計の共通言語をめざして展開してきた国際疾病分類の作業において,死亡以外にも疾病の及ぼす問題の分類への関心が高まり,ICIDHが提案され,ICFへと改定された。ICFの枠組みで示された中核はLifeにおけるactivitiesである。このことは生活活動の充実が健康関連サービスでの主要目標に位置づけられてきたことの反映であり,介護付きでの活動の実行も視野に入れられる。活動制限をいかに縮小し,社会参加をいかに促進するかの視点から本書を利用するとき,非常に有用なことが実感されよう。

B5・頁336 定価6,300円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00568-5


内科医のためのうつ病診療 第2版

野村 総一郎 著

《評 者》藤田 芳郎(トヨタ記念病院/腎・膠原病内科部長)

患者の診療のために そして自分自身の精神衛生のために

 本書で精神科について初めて勉強した気になった,名ばかり管理職ならぬ名ばかり総合内科医,人間失格ならぬ総合内科医失格の書評であることをまずもってお断りし,お許し願いたい。本書を,よりよい総合内科医あるいは救急医あるいは家庭医になろうと努力している医師に,もっといえば何科であっても良医であろうと奮闘している医師にぜひお薦めしたい。二つの意味で。一つは,患者さんの診療のために,そしてもう一つは自分自身の精神衛生のために。

 名ばかり総合内科医としては知らないことばかり。「もっと頑張らないと」との叱咤激励が禁句であること(p. 53)はさすがに知っていたが,「旅行でも行きなさい」「温泉にでも行ってきたら」は最悪のアドバイス(p. 56)であること,自殺のことは割とストレートに話してよく,「迷惑をかける」という言い方は禁忌だが「自殺をすれば,家族に迷惑がかかる」という言い方はよいということ(p. 58),抗ヒスタミン剤のH2遮断薬によりうつ病が生じること(p. 47),「自律神経失調症」は病名として認めがたいこと(p. 43,44)などなど。具体的な症例が多いことも本書の素晴らしさの一つだ。中でも「認知症と誤診されそうになった(「仮性認知症」の)うつ病」(p. 102-105)の症例は,驚くべき症例であった。治りうる痴呆の鑑別診断のリストにうつ病を入れなくてはいけない。抗うつ薬の解説(p. 61-91)もわかりやすく,本書を診療の座右の書として手元に置いておきたい理由の一つである。さらに圧巻なのは第Ⅵ章の「うつ病にかからないためのアドバイス――予防論」である。

 今どこの総合病院でも「総合医」が必要とされているかのごとくである。本当に必要なのか? ぜひ「専門医」に再考してほしい。「専門医」の都合により右往左往させられるのが「総合医」である。大うつ病性障害(単極性うつ病)の病前性格,「几帳面で気を遣う真面目人間」「凝り性でくどい,こだわり人間」(p. 5)は病気の原因を追及していく総合医としては,ぴったりの性格かもしれない。しかしそういう総合医は「全か無か思考」(私は「百点主義」と呼びたい)の餌食である(p. 108,109)。第Ⅵ章がお勧めだ。

 いくつもの問題を抱えた高齢者は「分類不能」患者の代表であり「専門医」は診たがらない。膠原病だか感染症だか悪性腫瘍だかうつ病だか不明な段階での「若い患者」も専門医は診たがらない。不定愁訴として「頭痛」「めまい」は多い(p. 27,43)。しかし,頭痛,胸痛,腹痛などの初期診療は落とし穴が多く難しい。結果が明らかになったのちに,診断治療についての専門医の批判・批評をまともに受けたとしたらどうなるか? 診断名も目まぐるしく変化する。そんな診断名なんて古い,治療も古い,全然ダメだ,なぜ専門医に見せなかったのだ,などという「全か無か」の批判をまともに受けたらどうなるか? 「うつ病」になるしかないのである。したがって「総合医」は,自分が「うつ病」にならないために本書を読まなければならない。「総合医」はどの専門に関しても百点の診療ができない。合格点が取れればよいのである。合格点もとれないって? もしそうなら合格点をとれるように環境を整える義務は専門医のほうにあるのである。優秀な総合医が育ったとしたら,周囲の専門医のおかげである(そういうすばらしい専門医ももちろんいる)。そのことを理解させるためには,総合医の役割を専門医の(例えば3か月ごとの)交替制にし実際に体験させるか,総合医を院長直属にして権限を持たせるかのどちらかしかない。

 精神科ではド素人である名ばかり総合内科医は,その役を背負わなければならぬとき,不定愁訴と一見思われる患者さんに対して,「騙されてもいいからすべて本当と信じて」「いったん騙されるつもりで」(もちろん患者さんにとっては,すべて真実であることは言うまでもない)器質的疾患を探す態度を堅持しなければならないと自戒する毎日である。診療が遅いと看護師さんに文句を言われながら,「頭痛,胸痛,腹痛はすべて入院だ」と研修医にうそぶきながら,そして本書を座右の書のひとつとして抱えながら。

A5・頁152 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00639-2

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