医学界新聞

連載

2008.12.22

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第142回

ロボット手術時代の外科医養成法

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2809号よりつづく

 いま,米国では,外科医療の姿が大きく変わろうとしている。新世紀に入って,ロボット手術(robotic surgery)が凄まじい勢いで普及しているのである。

「当たり前」となったロボット手術

 そもそも,ロボット手術が開発されたきっかけは,1985年の腹腔鏡下胆嚢摘出術成功に端を発した,内視鏡外科手術適応の爆発的拡大であった。言うまでもなく,内視鏡外科手術は,傷の小ささ・痛みの少なさに加えて,回復・社会復帰が早いという利点がある一方,視野が狭く,術具の種類や動きが著しく制限されるという難点があり,技術習得も容易ではない。

 手術支援ロボットは,こういった内視鏡手術の難点を克服するために開発されたものだが,現在もっとも広く普及している「ダビンチ」は,手術用ロボットメーカー最大手,Intuitive Surgical, Inc(以下IS社)が開発したものである。ダビンチは,内視鏡手術では難しかった結紮術・縫合術を極めて容易にしただけでなく,立体感ある映像を実現,術者が,術野から離れた操作台に座り,ビデオ画像を見ながらロボットを操作する仕組みとなっている。2000年に,腹腔鏡手術への使用で初めてFDAの認可を取得した後,胸腔鏡手術,泌尿器科・婦人科・小児外科手術等へと,適応が拡大された。

 適応拡大にともなってダビンチの販売台数も漸増(図1),2008年9月末の時点で,通算1032台に上っている(註1)。当然のことながらIS社の業績も急成長,2007年度の売り上げ6億100万ドル(前年比61%増)に対し,粗利益は2億700万ドル(前年比93%増)に達し,同年度フォーチュン誌「急成長100企業」の第4位にランクされるまでに至った(註2)。

 ダビンチを使用した手術の件数も年々増加,2008年には,全世界で13万件を超えると予測されている(図2)。中でも増加が顕著なのが前立腺摘出術であり,2007年の全世界での手術件数は5万5000例に達した。旧来の手術に比べ,痛み・出血が少ないだけでなく,尿失禁・勃起障害などの術後合併症も減少するとされている。また,子宮摘出術も急増,2007年の手術件数は1万3000例に上った。

教科書を読むよりも……

 かくして,米国では,大病院・有名病院であれば,ロボット手術が日常的に実施されるのが「当たり前」の時代となっているのだが,最近は,次世代の外科医に対するロボット手術の研修・訓練法が,議論されるまでになっている。例えば,UCLA医療センターで「最小侵襲手術・肥満外科フェローシップ」のディレクターを務めるエリック・ダットソンの場合,研修志望者の選考に際して,ビデオゲームの勝負を挑んでその腕を見るという選考方法を採用している。ダットソンは,志願者にビデオゲームを挑む理由を,「ロボット手術は,2次元のビデオ画面の情報に基づいて3次元の操作をすることが基本,9割の人は問題なくこの操作ができるが,残りの『できない1割』をふるい落とすため」と説明するが,実際,ビデオゲームの経験の長短・腕の善し悪しが,ロボット手術の技量と相関することが報告されている(註3)。

 ロボット手術の時代に優秀な外科医を養成しようと思ったら,学生・研修医に,「教科書を読むよりビデオゲームに励め」と指導しなければならないのだろうか。

つづく

註1:内訳は米国776,欧州171,その他85と,米国が他国を大きく引き離している。
註2:IS社の事業内容は,ダビンチ本体(1台135万ドル)・専用ディスポ器具(1回の手術で1500-2000ドル)の販売,およびメインテナンス契約(年間14万ドル)が主である。
註3:Rosser JC,他:Arch Surg 142:181-186, 2007

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