Never Events 二つのリスト
連載
2008.10.27
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第138回
Never Events 二つのリスト
李 啓充 医師/作家(在ボストン)Never Eventsの結果生じた医療費は支払わない
2008年10月1日,米連邦政府が運営する高齢者医療保険メディケアが,「never events」(直訳すれば「決して起こってはならない事象」,本来は医療過誤の意)の結果必要となった医療行為に対しては診療報酬を支払わない,とする新ルールを発効させた。メディケアが定めたnever eventsのリストは表1に示したが,原型となったのは,医療の質向上を目的として1999年に設立されたNPO,National Quality Forum(NQF)が作成したリスト(表2)だった。
表1 Never Events:メディケアのリスト | |
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表2 Never Events:NQFのリスト | |
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メディケアとNQF,never eventsの内容が大きく食い違う理由については後述するとして,現在,米国では,「医療過誤の結果として生じた医療費まで支払ういわれはない」という動きが急速に広がっている。「例えば,車を修理に出したときに工場側のミスのせいで必要になった修理の費用まで支払ういわれはない。医療も一緒だ」という,患者・支払側の主張はもっともであり,医療サービス供給側が反論することは難しい。2007年9月,ミネソタ州病院協会が「never eventsについて医療費を請求しない」と自発的に決めたのを皮切りに同様の動きが全米に波及,ニュースTV局MSNBCの調査によると,2008年8月段階でnever eventsに対する不請求を決定した州病院協会の数は23に達した。一方,メイン州は,2008年4月,医療施設が医療過誤によって生じた医療費を請求することを禁止する州法を可決,法律で有無をいわさず請求を禁止する州まで現れているのである。
変えられたNever Eventsの定義
ここまで,州レベルでの不請求の動きに関しては,原則としてNQFのリストが採用されてきたが,メディケアが新たに作成したリストには,「院内感染」に関する項目が4項目含まれ,内容が大きく異なっている。もともとnever eventsの名には「決して起こってはならない(=always preventable)」という意が込められていたのだが,メディケアはnever eventsを「十分に予防しうる(=reasonably preventable)事象」と定義しなおすことで,院内感染に関連する項目を加えたのだった。
では,なぜ,メディケアのnever eventsの項目に院内感染が加えられるようになったのかだが,その理由は議会からの圧力だった。2008年4月16日,下院監査・政府改革委員会が院内感染に関する公聴会を開催,「CDCが院内感染防止に関するガイドラインを10も作成して頑張っているというのに,保健省は,まったく努力が足りない」とつるし上げたのである。メディケアを管轄する保健省CMS(註)が「never eventsに対しては診療報酬を支払わない」とする方針を発表したのは公聴会開催の2日前だったが,「厳しく批判されることがあらかじめわかっていたので,never eventsに院内感染も含めることで,アリバイを用意した」とする解釈が成立するのである。
かくして,メディケアとNQFとでまったく内容の違うnever eventsのリストができあがることになったのだが,官僚たちの「保身・アリバイ工作」で医療政策の中身が変質する現象は,洋の東西を問わないようである。
(この項つづく)
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