医学界新聞

インタビュー

2008.09.08

【インタビュー】

来た球は打つ。打てなければ球にあたる覚悟で。
まあ,死なない程度に(笑)。

松村真司氏(松村医院院長)に聞く


 「何でも診られる医師になりたい」と,家庭医や総合診療医などジェネラリストを志す若手医師は多いが,現実にはその道のりは険しい。「研修場所をどうするか」「やっぱり専門を持った方がいいのか」「そもそもジェネラリストって何だろう」。

 そんな迷える若手医師へ贈るメッセージとして,ジェネラリストのフロントランナーとして人気の高い松村真司氏(松村医院院長)が,『プライマリ――地域へ向かう医師のために』を上梓した。「ジェネラリストであり続ける」ための姿勢とそのやりがいについて話を聞いた。


――はじめに,どうしてこの本を書こうと思われたのですか。

松村 自分が目指してきた像に向けて研修を続けてきて,ようやく地域で活動する医師になりました。総合診療などのジェネラルに活動する医師が出始めたころにちょうど研修を始めた僕も,開業医としての活動が8年になろうかというところです。そういった節目の時期に,今まで自分がやってきたことの総決算を示すことが,一つの区切りになると考えたのです。

 また現在は,プライマリ・ケアを重視した新臨床研修制度に始まり,家庭医療の後期研修制度の整備が進み,また「総合医」構想の話も出始めた,いわばジェネラリストにとっては“時代の転換点”です。

 当院では昔から,医学生や研修医の診療所実習の希望を受けてきましたが,ここ数年,初期研修を終えて5-6年たった,ジェネラリストとして研修を終えキャリアを積んだ人,特に私から見ればうらやましいようなキャリアを積んできた人たちが来ることが増えてきたのです。その人たちと話をするなかで,「彼らが抱えている悩みや不安に,フロントランナーである自分たちはうまく答えられていないのではないか」と感じたのです。

 僕自身も,もう少し若いころは彼らと同じようなことで悩んでいました。でも,なんとかそれを乗り超えて,次のステップに入ることができました。いまの僕自身は,迷いもなく,もう道を変えることはないでしょう。しかしまだそこから抜け出せずに,自分が見えなくなったり,道を変えようかと悩んでいる人がたくさんいる。そういう人に向けて何か話ができないかと思ったのがもう1つのきっかけです。

■「ふつうの医者」ってなんだろう―――

当たり前のことをやるのが大変なのはおかしい

――医学生の頃からジェネラリストを目指していらしたのですか。ええ。それで,大学には“開業医のためのコース”というものが当然あると思っていたので「あ,ないんだ」って(笑

松村 )。

――以前,「8割くらいは風邪や腹痛などありふれた疾患の講義だろうと思ったら,ぜんぜん風邪の講義なんかなかった」というエピソードも印象的でした。

松村 それに医学部に入ったその日に,救急蘇生法などを教えてもらえるものだと思っていましたから。多くの医学生はそういう事実を前に「こういうものだ」と思って順応するのでしょうが,そうではない一部の人たちが,僕が選んできたような道を選ぶわけです。

 実際にやってみると,その必要性は高まっているにも関わらず,「ジェネラリストになる」ことはかなり大変でした。「こんなに大変なのはおかしいんじゃないか」と思って,なかば意地になって続けていたところもありますね。

 私が卒業した年は,ストレート研修,すなわち自分の専門分野のみを研修する人が主流で,大多数の人は出身大学の医局に残っていましたし,それを疑問にも思っていませんでした。でも僕は卒後総合診療方式,いま,日本中でやっているような初期研修を自ら望んで受け,いまでいう後期研修先に総合診療科を選択しました。その後の進路も常に自ら選択して進んできました。当時としてはかなり無謀な選択でしたし,進路選択で相談するといつも「そんな進路はやめておけ」と言われました。でも今はまったく後悔していませんし,自分の選択は正しかったと思っています。

「常に一流を目指す二流の医者」でいい

――松村医院に見学に来る人たちは具体的にどのようなことで悩んでいるのですか。

松村 「ジェネラリストを目指してきたけれど本当にそれでいいのか」「今の環境と自分が目指すものがずれている気がする」といった悩みが多いです。

 また,「ジェネラリストになりたいが,今の研修を続けているだけでは不十分では」という相談も受けます。つまり「ジェネラリストはかくあるべし」という「理想像」がどこかにあるらしいんですね。それと比較して「自分はダメじゃないか」と思ってしまう。

 しかし,ジェネラリストと言っても,皆が海外でトレーニングを終えてボードを取った人や,名の通った病院で活躍するスーパードクターばかりではありません。ある程度までやっていると,ジェネラリストにはいろいろな発現形があっていいことに気づくのですが,自分の意識が固まらない時には,自分がその1つの形に当てはまらないと妙に気になってしまうのだと思います。

 特に後期研修を終えて独り立ちしたあとの5-10年目の医師にそういった不安を抱える人が多いように思います。規定のプログラムを終えた後,「次は自分で自分の形をなんとか作らなければいけない」というキャリア・パスが,まだ明確に見えていないし,提供する側もうまく提示できていない。それはジェネラリストに限らず,新臨床研修制度開始後の,自分の力でキャリアを作ってきた年代の医師は,みんな同じだと思います。ただジェネラリストの場合は,もともと従来の専門医の人たちがたどるコースのような明確なコースがなかっただけに,その不安が前倒しで何年か早く来ているのでしょう。今は,専門医の人たちも,これまでの先輩たちがたどってきたようなコースをたどれば,本当に将来同じようになれるかどうか分かりませんから,似たような悩みがあると思います。

 実際には就職先なんていくらでもあるし,いくらでも道は見つかるのですが,「専門がないと就職できないのでは」とか「このまま自分は二流の医師になってしまうのでは」という不安があるようです。特にジェネラリストを目指す皆さんは真面目なので,「一流でなければいけない」と思ってしまうんですね。でも,二流でもいいんじゃないかと思うんですよ,三流でなければ(笑)。特に若いうちは“常に一流を目指す”気概さえ持っていればそれで十分ではないかと思っています。

どこでも働ける,どこでも役に立つ

松村 実際に臨床現場では,確実にジェネラリストが必要とされています。僕も今まで,さまざまなところで働きましたが,来るなと言われたことはありません。むしろ「先生のような人がいてくれてよかった」と言われることが多い。ジェネラリストのいい点は「どこに行っても働く場所がある」「どこに行っても役に立つ」ところだと思っていますが,それは従来の考え方からすると「駄目な医者」という扱いになってしまう。また,外からみて分かりやすいラベルもない。そのために,頑張っていても評価されず,「自分のやっていることはこのまま終わりなのか」と思い悩む若手医師をたくさん見てきました。

 ですからこの本では,1人で悩み,頑張りすぎて疲れて脱落してしまう若手医師に,「大丈夫だから,もうちょっと続けてみようよ」というメッセージを贈りたいんです。もう少し続ければ次のステップに進めて,いろいろな経験が積めるはずなのに,そこが見えない段階で辞めてしまうのはちょっと早い。特に,これから地域に出て行こうと考えている人にとっては,もったいないですよね。アンコールが始まる前に帰るようなものです。

 そういうふうに,彼らに「いまはちょっとつらいけど大丈夫だよ」と言ってあげられるサポーターのような立場の人間が今までいなかったように思います。それはやはり,同じ経験をした人があまりいなかったからではないでしょうか。そしてその先駆けとなれるのは,たぶん私たちなのだと思うのです。

 海外のレジデンシーに入っている人や,大学病院や大病院の総合診療部にいる人など,誰が見ても「君はジェネラリスト」と分かるところにいる人はいいんです。そういう人たちは周囲からの支援も受けやすい。問題は,そういった分かりやすいコースから外れている人です。例えば,地方の小規模な公立病院で働いている医師,専門医としてキャリアを積んできたけれど今はジェネラルに活動している医師。僕もそうですけれど,日々地域医療をしている開業医。そういった,ジェネラリストとして立派に活動しながら「自分はこれでいいのだろうか,自分はこれからどうなるんだろう」と悩んでいる医師は,実は全国に数多くいると思います。

ジェネラリストの「次のステップ」とは

松村 この本は何をすべきか,の本ではありません。基本的臨床能力を高めるための方法や,ジェネラリストが学ぶべき具体的事項はいろいろな本に書いてありますが,「どういう姿勢・態度でいればよいか」についての本はあまりありません。ですから,ここではもっと根本的なこと――野球に例えると,球が来たら打つとか,代打が誰もいなかったら自分が打席に向かうとか,そういう基本的なこと――まあ,当たり前といってしまえば当たり前のこと,そのことに焦点を当てています。それがたぶん,患者さんを人間として診ることやコミュニケーション,エビデンスの扱い方であったり,生涯教育であったり,といったことなのだと思います。ジェネラリストですから,診断能力を向上させることはもちろん大事です。家庭医なら,その理論に精通することも必要でしょう。でも,それにとらわれすぎて,その先というか,その根本というか,そこにあるはずの本来のゴールが見えなくなってしまうことがある。そんな時,初心に返るための本とも言えるかもしれません。

――そこそこできるようになると,これ以上診断能力や診断技術が上達すればそれでいいのかという考えが生まれます。それは当然のことですが,それとは違う部分で,求められていることがある,ということなのですね,

松村 そうなんです。でも皆,「これで終わりでいい」とは思っていない。では,ジェネラリストとして“次のステップ”とは一体何なのか。

 いろいろな形があると思うんです。大学にいる人は,教育に携わって後進を育てるのも1つのステップです。ただそうすると,「自分は地域で働きたくてこのコースに入ったのに,今やっていることは違う。会議に出てカリキュラムを作って,患者さんをちっとも診ていないじゃないか」と思うかもしれません。また一方で,地域で開業している医師は,「毎日外来と往診ばかりやっていて,それだけでいいのか」とか,勤務医として働いている人は「このまま使われているだけでいいのか」と。

 いいんですよ(笑)。それぞれが,自分の場で,自分のスタイルで頑張ればいいんです。基本を忘れなければ。

――松村先生は,「ふつうの医者でいい」と言いつつも,アメリカへ留学されて研究も続けておられるので,医学生・研修医からみると,ぜんぜん「ふつうの医者」ではないと思うのですが(笑)。

松村 自分ではそういう気持ちはないのですが,そう見えてしまうのでしょうか。僕が卒業した頃は「医師は博士号や専門医資格を取っておくべきだ」とか,「留学する医師が偉い」というイメージが強かった。今もそうかもしれないけれど。それでジェネラリストをあきらめてしまう人が多かったんですよ。「医局に入らないと,博士号や専門医資格が取れないし留学もできない」って言われてね。だから,「医局に入らなくてもできるんだ」というのを示そうと思って,あえてやったところもあります。でも,実際は親の跡を継いだだけなんです。普通じゃないですか(笑)。

来た球は打つ 打てなければ球に当たれ!

松村 今,総合診療,家庭医療と呼ばれている分野には,まだまだ改善の余地があります。「家庭医って何ですか?」と聞かれたとき,「僕らはいい医師です。僕らは必要な医師です」と言っても,それを納得のいく形で見せられる状況にはないのです。そのためには,とにかく,まず現場に行って仕事をして,地域の人々に認められることが大事です。他の医師が嫌がる仕事をやる,他科が引き受けない患者さんを引き受ける。誰もいないところで仕事をする。そういったさまざまな分野で,そういう動きが少しずつ増えてきているように思います。

 ジェネラリストというのは,「これができるからジェネラリスト」という評価の軸が明確でないので,成果を見せにくいんです。でも,だからこそ,やはり一般の方にもわかりやすい「見せ方」を考えなければならないと思います。それは一般の人を教育するのではなく,僕らが努力することが必要です。

 たとえば,困っている病院で,ジェネラリストとして仕事をしたとき「やっぱり専門医がいた方がよかった」と言われては何にもならない。「総合診療医が3人いる方がいいじゃないか」と患者さんや医療者に言ってもらえるようにすることですよね。

 ジェネラリストの真髄は,「来た球は打つ」こと。打てそうになければ球に当たる覚悟でいればいい。少なくともそのくらいの気持ちで打席には立つ。まあ,死なない程度に(笑)。

――最後に,悩める研修医に向けて。

松村 研修医の人は,いまある研修を一生懸命やって,まずはできるだけ実力をつけてください。研修を終えた医師はできるだけ経験を積んでください。いい経験も,悪い経験も含めて。できれば地域に向かっていく気持ちは忘れないで。

 もう1つは,いろんな人と話をして,視点を変えてみることです。僕も,ときどき友達の専門医と話すと,「うちの病院にも総合診療部門ができたけど,うまくいかないねぇ」みたいなことを言われます(笑)。それについて反省して,次にどうするかを考える。そういう批判的な話を聞かないで内部だけで話をしていると,自己満足に陥る危険性があります。聞きたくないことも聞かないと。でもそうすると悩みも増えますけれどね。

 でも悩んだり,不安になったときには寝ちゃえばいいんです(笑)。寝ればたいていのことはなんとなく片付きます。決して無理はしないこと。休み休みでもいいから,長く続けることがとにかく大事だと思います。

――どうもありがとうございました。


松村真司氏
1991年北大医学部卒。国立東京第二病院(現国立病院東京医療センター)総合診療科,東大大学院内科学専攻博士課程,97年UCLA総合内科・公衆衛生大学院ヘルスサービス学科。帰国後,東大医学教育国際協力研究センター勤務を経て2001年より現職。日本内科学会認定総合内科専門医,日本プライマリ・ケア学会認定指導医。

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