医学界新聞

連載

2008.07.07



レジデントのための

栄  養  塾

大村健二(金沢大学医学部附属病院)=塾長加藤章信(盛岡市立病院)大谷順(公立雲南総合病院)岡田晋吾(北美原クリニック)

最終回 炎症性腸疾患症例に対する栄養管理

今月の講師= 大谷 順


前回よりつづく

 潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:以下UC)とクローン病(Crohn's disease:以下CD)を総称して炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:以下IBD)と言います。IBDの病因はいまだ不明ですが,遺伝的素因に何らかの環境因子が加わり,腸管の免疫異常を来たして発症すると考えられています。若年~青年層に好発し,再燃/緩解をくり返す疾患です。今回はIBDにおける栄養療法のポイントを学びましょう。

【Clinical Pearl】

・炎症性腸疾患は栄養学的リスクを有している。
・病態に見合った適切な栄養療法を行う必要がある。
・特にCDでは,栄養療法がprimary therapyになることを理解しよう。


【練習問題】


 34歳男性。3年前より3-4回/日の下痢と少量の出血を認めるようになり,近医で注腸造影検査の結果,UCと診断され,スルファサラジンの内服治療を受けていた。食事療法は,下痢を誘発する油物以外は特に制限を受けずほぼ自由に摂取していた。
 3か月前に職場が変わり,夜勤の多い仕事になったのと同時に下痢の増加と腹痛を認めるようになった。さらに全身倦怠感も強く外来受診,脱水と貧血,るいそうを認め内科に入院した。なお入院時の腹部CT検査で,S状結腸のほかに回腸末端部の壁肥厚も疑われたが,主治医はもともとUCと診断していたこともあり,以下に示す入院時所見よりUCの重症度診断基準に照らし合わせ重症と判断,メサラジンとプレドニゾロンを内服で使用することにした。

入院時検査:白血球11,200/mm3(好中球66%,リンパ球23%),Hb8.2g/dL,血小板38×104/mm3,血清総蛋白5.1g/dL,アルブミン2.4g/dL,肝腎機能に異常なし,Na151mEq/L,K5.2mEq/L,Cl103 mEq/L,CRP20.2mg/dL

入院時身体所見:血圧140/80mmHg,脈拍100/分,体温37.8℃,身長178cm,体重41kg(BMI:13,%IBW:59%),AC18cm(%AMC:68.5%),TSF4mm(%TSF:31%),筋肉と皮下脂肪の高度の減少を認めた。

Q 本症例でまず行うべき栄養療法は?
A 絶食のうえTPNを行います。

 一見「UCの増悪?」と思われますが,CTで回腸病変も疑われ,CDとも鑑別できる症例です。実際Intermediate colitisといって,UCともCDとも鑑別の困難な腸炎が欧米では5-10%あるとされています。本症例も入院の時点ではUCかCDかはっきりしませんが,重症度は高いようです。

 さて,入院当初の栄養療法ですが,欧米のガイドラインでは,UCであれCDであれ,「IBDに対して腸管の安静が有利であるというエビデンスは乏しい」とされています。ただIBDの重症例では,食事をすることにより便の回数が増え,症状悪化を招くということもありますから,高度の狭窄や瘻孔形成がみられる場合,下痢が頻回な場合,栄養障害が著しい場合には,腸管の安静を図るとともに栄養管理としてTPNが必要です。厚生労働省特定疾患研究班の治療指針でも,IBDの重症時には腸管安静とTPNが推奨されています。

【Check】

・IBDの増悪,重症時には絶食で腸管の安静を図り,TPNを行うこと。

【練習問題】


 薬物療法が奏功し,下痢の回数は減少,炎症反応も軽減した。また補液で脱水が補正された第4病日に大腸内視鏡検査が行われ,直腸S状結腸移行部から高度の浮腫とアフタ様潰瘍を認めたが,S状結腸・下行結腸移行部より口側は屈曲および狭窄が強く観察不能であった。注腸造影に切り替え,口側大腸に非連続性の敷石状病変と回腸末端の狭窄像も認めたため,この時点でCDが疑われた。実際S状結腸の生検所見で全層性炎症性病変および乾酪壊死のない類上皮細胞肉芽腫も確認され,本症例は最終的にCDと診断された。

Q 本症例に対して次に行うべき栄養療法は?
A 成分栄養剤を用いた経腸栄養法を行うべきです。

 成分栄養療法(以下:ED療法)は,CD患者において高度に合併する蛋白栄養不良状態(PEM)を改善するだけでなく,腸管の炎症を抑制して腸管病変自体を改善することが知られています。作用機序は完全には解明されていませんが,抗原性蛋白の除去,脂肪摂取の抑制が重要な因子であると推測され,特に小腸型CDに有効です。

 では,本症例のような大腸型CD,あるいはUCでもED療法は緩解維持効果があるのでしょうか? 大腸型CDでは小腸型CDに比べると効果は弱く,効果も一定ではないため評価は分かれますが,食餌性抗原を減らすという意味では有効と考えられます。

 UCに対しては,栄養療法は原疾患に対する治療効果を持つprimary therapyではなく,補助的なものでしかないと考えられていますが,CDの場合は広く認められているprimary therapyであると理解しましょう。欧米のガイドラインはCDに対するEDの有効性を積極的に支持するものではありませんが,これは欧米のUCに対する治療戦略が薬物による「過剰免疫の抑制」に重きを置いていることが理由のようです(ただし欧米でも小児のCDに関しては,成長を促すという意味からEDを推奨しています)。これに対し,わが国では「免疫を刺激しない」栄養療法が重視され,実際に成果をあげています。

【Check】

・ED療法はCDに対するprimary therapy。
・UCであってもEDが有効なことがある。

【練習問題】


 経鼻カテーテルによるED療法とTPNの併用により患者は緩解導入が可能となり,現在は体重も48kgまで増加,経鼻カテーテルから1800kcal/日のEDを投与している。

Q 本症例の緩解後,栄養療法はどうするべきでしょうか?
A 在宅経腸栄養療法を考慮するべきです。

 UCでは食事は下痢をしやすいもの以外は特に制限する必要はありませんが,CDの栄養療法では食事は過度の脂肪摂取を避け,狭小化があれば食物繊維も制限しなければなりません。また普通食に移行すると再燃する症例も多いため,できるだけ長く緩解を維持するために半消化態栄養剤を用いたHEN(Home Enteral Nutrition)や成分栄養剤を用いたHEEN(Home Elemental Enteral Nutrition)が有効です。30kcal/kg/日以上のHEENでは,極めて高い緩解維持効果が得られることが知られています。

 HENやHEENを単独,あるいは食事と併用して施行するかどうかは,患者個人の社会背景,病勢,QOLの評価とともに,患者の希望も取り入れて決定すべきです。

【Check】

・CDの栄養療法では普通食に移行すると再燃することが多い。
・HEENはCDの緩解維持のために重要。
・30kcal/kg/日以上のHEENは極めて高い緩解維持効果あり。

ひと言アドバイス

・CDに対して長期にわたる栄養療法が必要な場合には,患者の社会生活などを考慮して自分でEDチューブを挿入して間歇的経腸栄養法を選択したり,PEGを造設することもあります。若年者での発症が多いので,QOLを患者さんと一緒に考えましょう。(岡田)
・ここで示されているように,UCとCDでは栄養療法が異なります。UCと診断された後にCDであると判明する症例は決してまれではありません。すでにつけられている診断名を鵜呑みにしないことが大切です。(大村)
・CDに対する栄養療法は長期戦です。患者さんの三大欲求の1つである食事も大切ですが,できるだけ寛解維持を継続してQOLを保つことができるように,まず医療者自身のHENやHEENに対する理解を深めましょう。(加藤)

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