医学界新聞


演習・臨地実習のありかた

対談・座談会

2008.03.24



【対談】

演習・臨地実習のありかた
看護技術をどのように学ぶか

川島 みどり氏(日本赤十字看護大学学部長/看護学教授)
雑賀 美智子氏(東京都立府中看護専門学校副校長)


 新人看護師の看護技術レベルの低下がクローズアップされ,2009年から開始される看護基礎教育の新カリキュラムは,看護技術力の強化をめざした構成となった。このような中,綿密な調査・分析のもと,学生が実習場で起こしやすいリアルなケーススタディを,イラスト中心にわかりやすく解説したテキスト『学生のための ヒヤリ・ハットに学ぶ看護技術』が発行された。

 本書を監修された川島みどり氏と,東京都立看護専門学校安全教育推進検討会において安全教育プログラム等に取り組む雑賀美智子氏に,「卒前に最低限,身につけるべき標準化された看護技術とは?」「学内演習,臨地実習を通じて,学生自身がリアリティを持って“安全な看護技術”を学ぶためにはどのような工夫が求められているのか?」などをご議論いただいた。


教科書にはない「動ける患者さん」への看護技術

雑賀 今から20年前,私が教員になってまもなく,実習で学生が肺がんの患者さんに足浴の計画を立て準備していました。その患者さんは歩くことができる状態にも関わらず,患者さんを寝かせた状態で準備をしていました。座ることができる患者さんの足浴をなぜベッド上で準備したのかと尋ねると,「学校で習った足浴はベッド上でした」と返ってきました。その時から学校で教える技術教育に疑問を感じるようになりました。

 教科書や学内演習は,寝たきりのほとんど動けない患者さんを前提として書かれています。実際の病棟では体を起こせる,歩行できる患者さんが大勢いることを改めて思い知った時から,教育の方法を変えなければいけないと思うようになりました。

川島 教科書は,国家試験の出題根拠になっていますが,その教科書が臨床の,看護の現場に即していない部分があることに,長い間看護の仕事をし,教える立場に立っていたのに気がついていませんでした。

 その1つが,ベッド上に仰臥している患者さんを基本にして,さまざまな看護技術を教えていることですね。洗面をするにしても,排泄のお世話をするにしても,すべてベッドに寝ていて,動けない患者さんを対象にしています。ですから病棟における動ける患者さんの移動動作に関わる転倒・転落が多いのだと思いました。

雑賀 転倒・転落は確かに多いと感じていましたが,その頻度やどういう状況で起きたかというデータはありませんでした。そこで都立看護専門学校では,1999年から各校バラバラだった事故報告書の様式を整え,横断的に臨地実習中に起きた事故の実態調査を行いました。その分析結果から,学生は実習中に移動・移送の場面での事故に遭遇することが多い事実が明らかになり,基礎看護学の車椅子の移動・移送の学習内容を強化しました。また,実習直前に比較的起こり得る事故事例のロールプレイなど,3年間の「安全教育」標準プログラムをつくり,各校で展開しています(参考資料)。

参考資料
東京都立看護専門学校7校における「安全教育推進検討会」の取り組み

 2003-06年度,東京都立看護専門学校(7校)は「都立看護専門学校安全教育推進検討会」を設置。実習中および就職直後の事故防止をめざし,安全教育の質の向上に組織的に取り組んだ。本対談に出席の雑賀美智子氏が副座長を務めた。

 約3年間の活動を通じ,以下の実績が得られている。

1)インシデント・アクシデントレポートの集計・分析とリスク要因への対応
→看護学生からのインシデント・アクシデントレポートの様式を統一し,集計・分析を実施。特に事例の重要度の判定や緊急度をより明確にするため,“生命の危険度”および“患者・家族や実習施設への信頼度”の側面から5(または4)段階で評価を行った。この結果はカリキュラムに反映するなど学生指導に活用した。

2)「安全教育」標準プログラムの作成と活用
→基礎I,基礎II,領域別の各実習時期に目標を設定し,事例検討やロールプレイ,VTRなどを活用し,臨床で発生し得るリスクの可能性を認識し行動できることや,倫理観の育成をめざした。また自身がヒヤリとした場面の振り返りや個別学生指導を通じ,個々の行動傾向を明らかにして意識的行動につなげることをめざした。

3)新科目「診療補助技術における安全」の授業計画の作成と導入
→卒業前の知識,技術の強化をねらい,3年次に以下の講義・実習を導入した。
安全で確実な注射,採血の技術と管理/薬剤関連のエラーと危険性への認識I,II/ハイリスク状況での点滴静脈内注射/チューブ類挿入中の事故防止

4)実習における転倒・転落防止への取り組み
→インシデント・アクシデント件数がもっとも多い「移乗移送における転倒・転落防止」の授業計画を作成した。

5)安全教育に関連した学習会の実施
→事故発生時の「学生支援のためのフォローアップマニュアル」を作成したほか,事故分析や指導内容の検討を行うため,教員と臨床指導者による学習会を実施した。

 なお,本参考資料は2007年7月にまとめられた同検討会最終報告書から抜粋した。

 プログラムの一例として,現役の看護師に患者さん役をしていただき,転倒・転落しやすい患者さんのシナリオのロールプレイを,2年生の実習直前に行っています。学生は「事前に患者さんの予期せぬ動きを体験でき,どういったところに注意すべきかが実感できてよかった」と感想を書いていました。現場で働く看護師の協力を得ながら,実習に備えることもいい方法だと思います。この方法を取り入れてから事故の数が減少したか,またプログラムの修正すべきところなどの分析はこれからの課題です。

 同時に,実習先の病院と定期的に実習指導者会を開催し,その中で学生の実習中に頻発しているヒヤリ・ハット事例などの情報を共有し,一緒に対策を練る機会を設けています。学生が起こしやすい事故について,病棟看護師に知っていただくことで事前に防げるものも増えてくると思います。

川島 プログラムの成果が楽しみですね。教員の立場で言うのはおこがましいのですが,いまの看護教育を見ていますと,ヒヤリ・ハット事例が起こらないほうが不思議だと思っています。なぜなら看護技術は患者さんから学ぶことが非常に多いからです。どれほど集中的に学内演習を行っても,学生はまだ「頭の中でわかった」レベルだと思います。

 本当なら学生がすべての看護技術を理解し,身につけて実習に臨むことが理想なのですが,現実には不可能です。ですから私は,何か1つ自信を持ってできる技術を身につけてから実習に臨ませるようにすればよいと考えます。それは全員が同じ技術でなければならないと考えるのではなく,清拭,排泄,食事と1人ひとり違う技術でいいのです。その学生が病棟に行った時に,「これだけはできます」という,技術を身につけてから行かせたい。1つのことがキッチリとでき,「できた!」という達成感を1回味わった学生は,そこから自分で広げていくことができるからです。

 また,それぞれ違う技術を学生同士で教え合えば,さらに深く理解できると思います。国家試験の範囲が広いため,教師も学生も,あれもこれもと欲張りすぎているのではないでしょうか。

■臨地実習を取り巻く環境と課題

大事な臨地実習,でも実際は?

川島 臨地実習指導の方法論にも問題があると思います。これだけ,「臨地実習は大事だ」と言いながら,カリキュラムに対応しきれていません。私たちが看護学生のころなら,3-4週間かけて習得すればよかった技術が,カリキュラム改定のたびに実習時間が短縮され,いまでは正味8日間ほどしかありません。そういう短い実習時間の中で,いかに有効に技術を習得させるか,その方法論や対策が不十分と言わざるを得ません。

 知識を伴わない経験ではだめですが,知識や原理をいくら知っていても,身体知になっていなければ体は動いてくれません。知識と体をつなげるトレーニング方法について,私たち教員は短いカリキュラムの中で養えるよう研究していく必要があるのではないでしょうか。

雑賀 以前,川島先生に「この膨大な学習内容や技術を,どうしたら効果的に,短時間で学生に教えることができるのでしょうか」と伺ったことがあります。その時,先生は「障子に穴を開けて,そこからスーッと風が入っていくように,ほんの少し動機づけをしてあげればいいのよ」とお答えになりました。看護基礎教育は,まだその方法を模索している最中なのだと思います。

川島 先ほど,臨地実習では国家試験のように幅広い知識を教えるよりも,「できる技術」を1つ身につけさせることのほうが大切だと申しましたが,これは新人看護師教育でも同じです。いきなりすべてを覚えさせようとすると,手も足も出なくなります。

 輸液の準備にしても,「この患者さんは何のために輸液をするの?」「イン・アウトのバランスはどうなっているの?」と聞きながら,「この道具はこういうふうに使うのよ」と教えて,同じ輸液調整を3-4日一緒に行えば,5日目には1人でできるようになります。その時にきちんとできたことを褒めてあげれば,そ...

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