医学界新聞

連載

2007.11.12

 

名郷直樹の研修センター長日記

46R

うそ八百のナラティブ

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長
東京北社会保険病院 臨床研修センター長


前回2751号

●月××日

 病院を移って半年,だいぶんいろいろなことに慣れてきた。実際,臨床に関わる時間は増えたけど,それ以外はほとんど変わりのない毎日。研修医とともに外来やって,外来やって,グループ学習やって,振り返りをして,外来カンファレンスやって,へき地の病院に支援に行って,会議に出て,外来やって,研修医のいるへき地の病院や診療所に行って,呼ばれるところへ出かけて講演して,たまには家族と外食。そんな毎日。それはそれで,充実しているし,必ず過ぎていく。止まることはない。一切は過ぎていく。当たり前だ。時は親切なお友達,そんなふうに歌った歌手がいたが,確かにそうだ。気がつけば,時以外にお友達なんかいなくなってる。

 そんな中で,今日は少し変わった出来事があった。何年かぶりに,古い友人と会って,話をした。いつもと少し変わったことではあるが,それもまた日々の中のひとコマといえばひとコマ。何年ぶりだろう。以前会った時がいつだったか。久しぶりに会って友人が言う。

 

「変わらないな」
「いや,まだまだ日々進歩して変わっているんだ。これでも」
なんて強がってみる。確かに,そんな強がりは今も昔も変わっていない。座右の銘は,今も昔も変わらず,「花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ」,確かに何の変化もない。

 

 めんどくさい現在の話を早々に切り上げ,その後はもうひたすら昔話に花が咲く。自分たちの黄金時代について。何を思い出しても楽しい思い出だ。多分ほとんどはうそだろう。そんないい時代があるはずもない。でも,いいことしか思い出さないから,黄金時代になってしまう。本当は悲惨な日々でさえ。しかし,それが友達と一緒に過ごすということじゃないか。新しい友達なんか一人もできそうにない毎日のなか,気の置けない古い友人と,一緒に食事をしながら話すのは,なんて楽しいことだろう。今が楽しいから,思い出す過去も楽しくなるのかどうか,はっきりとはわからないけれど。ただ過去のいいところは,はっきりとはどうだったかわからないということだ。はっきりとわからないから,いい思い出にしてしまえ。ナラティブベーストメディシンなんていうじゃないか。真実かどうかなんて重要じゃない。患者の語ったことが重要なんだ。仮にそれがうそ八百であっても。思い出話がうそ八百だっていいじゃないか。私の過去とは,私のナラティブ。私にとって都合のいいことばかり。それで何の不都合もない。ちょっとそうじゃないんじゃないかな,なんて思っても,話をあわせて,そうそう,そうだった,そんなふうに反応してしまう。向こうは向こうで,また同じように,こちらの話にあわせてくれる。だってお互いそのほうが気持ちいいんだから。

 

 本当はそれで十分なのだ。流れていく現在とうそで塗り固めた過去。流れていく現在を語ることはできない。語ることができるのは,過去についてだけだ。古い友人と会って,ほかに何が必要か。少なくとも真実なんか必要じゃない。

 

 しかし,そうは問屋が卸さない。うそで塗り固めた過去からもれ出てくる真実,というか,現在。しかし,その現在を即座に過去にして,現在はまた流れていく。外来診療でも例外じゃない。いきなり医療の話になる。医者と患者は友達にはなれないし,なるべきでもないが,うそ八百の思い出話をしているという面では,友達同士も医師患者も,似たような状況だ。唐突にいろいろな患者さんのことを思い出す。たとえばこんな患者さん。

 

「昨日は一睡もできませんでした」
そんなふうに言う患者。うそに決まっている。少しは寝てるだろ。でもそんな野暮なことは言わない。
「そうでしたか。それはつらかったですね」

 

また別の患者さん。

 

「ずいぶんよくなりました」
言葉の内容と実際の患者には大きなギャップがある。どう見てもよくなっていない気がする。早く仕事に戻らなくちゃならないのだろうか。でも,そうは聞かないでおく。
「そうですね。この調子でやりましょう」

 

 ほんとかどうかわからなくなってる友人との昔話を,これで十分と思えるように,これを十分な医療というのは難しいけれど,それでも何か大事なことが詰まっている。うそ八百のやり取りの中の真実。楽しいことしか思い出さなかった古い友人との昔話から考えたこと。自分自身が年をとるということ。死ぬということ。今日の昔話は多分そこにつながっている。どこがどうつながっているのか,十分まだ整理できていないけど。

次回につづく


本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。

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