医学界新聞

寄稿

2007.10.15

 

【寄稿】

大学病院退職後の「夢追い外来」にかける思い

納光弘(財団法人慈愛会会長/元鹿児島大学第三内科教授)


入院生活を経て生き方を見つめ直す

 私は2007年3月に鹿児島大学内科教授(専門分野:神経内科)を定年退職した。退職の4年半前の2002年8月,鹿児島大学病院長の時(当時60歳),私にとって人生最大の危機がおとずれた。

 病院建て替えのため文部科学省と交渉するなど激務のなか,極度の疲労から来る高血圧で倒れ,教室の先輩が院長をしていた内科病院に運ばれ,生まれて初めての入院生活。病院長も辞した。当初,「退院できるのだろうか」「これからどう生きていったらいいのか」と挫折感だけが募った。しかし,幸いなことに4か月で全快退院させてもらうことができた。あの時の感動は,私の人生最大のものであった。

 結果的には,この4か月の入院生活で患者さんの視点で医療を考えるようになった。退院して間もなく,それまで慣例的に行ってきた大名行列的な教授総回診の中止を提案した。みんなで方法を検討した結果,患者さん方のみならず,メディカルスタッフからも「以前よりも格段によい」と好評のシステムを構築できた。

 この他にも,入院を契機に私の“生き方”が変わった点をあげると,何より,人生の目標が大きく変わった。それまでの,「鹿児島大学病院のため,鹿児島大学のため」という高い目標から一転して,「自分の健康に気をつけ,身近な人,すなわち,家族,親戚,教室員,患者さん,学生,友人を大事に」という目標に変わった。まず,自分の健康のために時間を割く意味で絵筆を持った。午前3時から5時までを絵描きの時間にあて,午前6時から教授室での仕事を開始。睡眠時間は午後9時から午前3時までとたっぷり6時間とることを日課にした。

 定年退職後も若者教育を続けるために,個人のホームページ(HP)作りにも挑戦した。病院の医療情報部の医師から技術的な指導を受けた後,作成はすべて自分の手作りで立ち上げたのが2003年11月。それから4年弱の現時点までのアクセス数が18万件を数えている。HPに備え付けてあるメールボックスには全国の若者からの相談や感想文が数多く寄せられ,それを読むと,私の当初の目的は着実に実を結びつつあると言える。今も2日に一度ほどの頻度でメッセージを送り続けている。この文を読まれた方は,お暇な時に一度私のHPを覗いてもらえたらありがたい。YahooやGoogleなどで「納光弘」で検索していただくと,必ずトップに『納 光弘のホームページ』が出てくる。ちなみに,上述の「大名行列回診の廃止」のいきさつについては,HPの「思うこと第9話」に詳しく述べてある。

感動とともに始まった「夢追い外来」

 さて,本論の「夢追い外来」の話に移る。これも,上記の入院で私の考え方が患者さんの視点に変わったことの延長線上の,自然な流れの中から生まれたものである。「医療はサービス業。日曜に休むデパートはない。しかも,相手は病気を持った患者さんなのだから,他の分野よりもサービスしなければ」との思いから,「待ち時間をなくするために完全予約制の一人一時間の枠」「日曜日にも診療」という,きわめて当たり前のことをしようと思ったのである。

 大学時代には大学病院の制度上不可能であったので,定年退職後にすることにし,財団法人慈愛会の会長に就任したのを機に,慈愛会傘下の今村病院分院の外来で,今年7月1日より念願の「夢追い外来」をスタートすることができた。とりあえず,日曜日の午前中に3人,木曜日に7人の診療をすることにし,病院のHPと私個人のHPとにそのことを掲示した。

 前日に予約状況を確認して驚いた。何と,初日にあたる7月1日(日曜日),翌週7月8日ともに3枠すべて予約が入っていた。嬉しかったし,いったいどのようにして私の「夢追い外来」の存在を知ったのか不思議でもあった。

 7月1日の1人目の患者さんは,何と,11年前に私が診察した患者さんで,病気が進んだのでもう一度私に診てもらいたかったとのこと。1時間枠の診察は診察するほうにも,診察されるほうにも心のゆとりがあり,とても楽しい時間を過ごせた。病気について,詳しく説明したくなって,患者さんに4-5分待ってもらって,必要な図をカラーコピーしてきて説明したが,このようなゆとりは大学時代の診察には望むべくもないことであった。

 50分ほどで診察と指導を終わり,「なにか,聞きたいこと,他にありませんか?」とお尋ねしたところ,別の愁訴を次々と2つ話され,その愁訴に関する説明が終わった時に,ちょうど1時間が経過していた。「相談したかったことが,全部解決しました。ありがとうございました」と喜んでくださった。この患者さんの主治医(開業医)が私のHPを見て,それを教えてくださったので,駆けつけて来たとのことだった。

 2人目の患者さんは,何と,20年前に私が外来で診た方で,口づてに私の外来が7月1日から始まると聞き,すぐさま電話で予約したとのこと。とても多くの訴えがあり,その一つひとつに診察と説明をしていたら,あっという間に60分が過ぎてしまった。

 3人目の最終枠の患者さんはすでにHAM(HTLV-1associated myelopathy)の診断がついていて,しかも,HAMの専門の先生から外来で治療を受けて,治療に満足しておられる方であった。「HAM友の会」にも入会しており,私のHPをよく見るので,そこでこの外来を知り,一度診てもらいたいと思って申し込んだとのこと。これまた感動であった。というわけで,感動しているうちに,あっという間に時間が過ぎた初日であった。

 

 その後の2か月間が経過したので,いくつか気づいたことを記す。まず,やはり,木曜日よりも日曜日の枠のほうが先に予約で埋まったこと。日曜日に来られる方はサラリーマンだけではなく,高齢の方も多いのであるが,連れてくる付き添いの方が休日のほうが連れて来やすいとのことだ。

 疾患も多彩で,HAMやパーキンソン病などの神経疾患と痛風の患者さんが多かったことは予想どおりであったが,頭痛の患者さんも多く,また,うつ状態の相談に見えた方もある。

 これまでのところ,1時間ゆっくり診療できるため,受診された患者さん方からとても好評で,やはりこの「夢追い外来」をやってよかったと思っているところである。

納光弘氏のHP
 http://www5f.biglobe.ne.jp/~osame


納光弘(おさめ・みつひろ)氏
1966年九大医学部卒。鹿児島大,聖路加国際病院,国立療養所南九州病院,米国メイヨークリニックなどを経て,81年鹿児島大第三内科助教授。87年同教授。2001年より鹿児島大病院長(2年間兼任)。07年に定年退職し,現在に至る。新しい脊髄疾患/HAMの発見は国際的な評価を受けており,米国の権威ある神経疾患教科書「Diseases of the Nervous System」においても,日本人としてただ一人執筆している。写真は今村病院分院にて,背景は自ら描いた日本画「夕日に燃える桜島」。

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