医学界新聞


臨床神経学の飛躍と再構築に向けて

2007.06.18

 

臨床神経学の飛躍と再構築に向けて

第48回日本神経学会開催


 さる5月16-18日,葛原茂樹会長(三重大)のもと第48回日本神経学会が名古屋国際会議場(名古屋市)において開催された。メインテーマ「再び臨床神経学の原点へ――分子医学とEBMを止揚した神経学の構築を目指して」は,分子生物学・EBMの成果を土台に,臨床神経学をさらに高いレベルに飛躍させ,再構築する時が来たとの思いから表現され,最新の基礎研究から臨床分野のトピックスなど多くの議論が交わされた。


 会長講演で葛原氏はライフワークである紀伊半島南東岸牟婁郡の風土病,牟婁病(筋萎縮性側索硬化症・パーキンソン認知症複合)の研究について,発見の経緯,グアム・西ニューギニアの類症仮説などを解説。牟婁病の臨床表現型(ALS・パーキンソニズム・認知症)は異なっても,前頭側頭葉変性・NFT・ALS/MNDなどの神経病理所見は共通であり,神経細胞内にタウとTDP-43が蓄積されることを提示した。

 地域集積疾患は,高発生率=原因が高密度に存在,遺伝素因・環境因を特定しやすいことからも,「次の時代の人を含めて興味を持って取り組んでいただき,原因を突き止めていただきたい」と期待を込める一方,葛原氏自身,今後も取り組んでいく意欲を語り講演を閉じた。

高次脳機能障害の治療に向けた多面的な介入を

 シンポジウム「高次脳機能障害治療への集学的アプローチ」(座長=国際医療福祉大・武田克彦氏,陽明会御所病院・本村暁氏)では,はじめに目黒謙一氏(東北大)が,認知症・MCIは「多くの職種による包括的システムをもって当たらなければならない」と強調。包括的介入とは,「地域における実態の把握,それに基づく医療福祉マネジメント」と指摘し,認知症が疑われる場合,社会的生活の観察を行いながら診断を進めることが必要とした。そして住民を中心に,医療(鑑別診断と薬物療法)・保健(早期発見・治療,危険因子の管理)・福祉(心理・社会的介入,家族支援)と病気の理解と適切なサポート体制の整備を行い,「ボケても安心して暮らせる社会」をつくることが重要と締めくくった。

 続いて田中裕氏(緑会たなかクリニック)は失語症に対する治療薬であるドパミン・GABAなどの作用機序・背景を示し,今までの失語症研究について「神経解剖的な立場と神経回路網による研究が主であったが,神経薬理学的な立場から研究されていいのではないか」と新たなアプローチの方向性を示唆した。

 佐藤正之氏(三重聖十字病院)は「精神および身体の健康回復・維持・改善という治療目的を達成するうえで音楽を適用すること」(全米音楽療法協会)と定義される音楽療法での介入について口演。同世代で耳慣れている音楽に合わせ手拍子・足踏み・歌唱・歩行を1セットとした音楽療法を行うことにより,小股の改善による歩行速度の増加を報告。音楽療法では,言語療法の音韻・意味・文法など言語学的要素訓練に加え,リズム・速さ・イントネーションなど非言語学的要素が加わり,歌唱により基底核機能を刺激し,歩行リズムの改善によりパーキンソン歩行改善につながる可能性を提示した。最後に,音楽の脳内過程の研究成果により,神経科学的モデルに基づいた音楽療法の発展への期待を語った。

 三村将氏(昭和大)は認知リハビリテーション(以下,認知リハ)の対象領域には,多種多様な高次脳機能障害が含まれるため,実地に際して,「効果の理論的背景となる脳内基盤の変化を意識すべき」と述べた。また,失語症の言語療法においては,損傷を受けていない右半球機能をむしろ抑制したほうがよい可能性,健忘症患者が新たに学習する際,誤りなし学習の有効性など,認知リハ領域においては従来の考え方を覆すような理論が提出されてきていることを紹介。最後に認知リハの理論的枠組みにおいて,「損傷を受けた残存脳がどのように機能的ネットワークを再構築していくかが鍵となる」とまとめた。

■飛躍するヒトES細胞研究と今後の課題

 教育講演「ヒトES細胞株の再生医学と創薬への応用」(演者=京大再生研・中辻憲夫氏)では,はじめにES細胞の特性について,(1)長期間の細胞増殖を正常な性質を保持したまま無制限に維持できる,(2)組織・臓器を構成するほぼ全種類の細胞に分化できる多能性を持つ,と説明。そしてヒトES細胞株の用途について,(1)細胞治療に用いるために必要な機能を持つ細胞の供給,(2)組織工学による人工組織・臓器作製のための多種類細胞材料の供給,(3)基礎研究や創薬研究に必要なヒト細胞の供給,を挙げた。

 臨床応用に向けた研究例として,パーキンソン病では,ヒトやサルES細胞からドパミン神経細胞を疾患モデル動物へ移植する前臨床研究により病態改善などの結果が得られている。脊髄損傷では,ES細胞から分化誘導したグリア細胞や神経前駆細胞の疾患モデル動物への移植による治療効果,などES細胞を使った細胞治療研究の現状を紹介した。

 創薬研究においてヒトES細胞は多種類ヒト組織細胞の大量供給,均一なゲノムを持つヒト細胞の供給が可能であり,内在遺伝子を改変した疾患モデルヒト細胞や各種細胞内活性を検出するレポーター遺伝子導入ヒト細胞を用いて薬物動態や安全性試験ができる重要性を提示した。

 ヒトES細胞を用いた再生医療の将来展望として,組織適合抗原の発現抑制といった拒絶反応の軽減・回避方法の確立,ヒト体細胞を試験管内で多能性幹細胞へ再プログラム化する技術の確立などを示す一方,「患者ごとに多能性幹細胞株を樹立し,分化誘導条件の再調整などを行うことは時間的・財政的にも困難であり,全国民が恩恵を受けるようになる可能性は低い」とES細胞の臨床応用での不自由さも指摘した。

 海外でのヒトES細胞研究は,(1)基礎研究論文数の指数曲線的増加,(2)動物モデルの治療効果と安全性の確認・GMP基準に合致した細胞調製といった臨床試験の準備開始,(3)米国などの国家的研究支援と投資拡大,(4)各国で樹立されたヒトES細胞株の特性比較,標準的樹立培養システムの検討など全世界の研究グループが連携した国際ネットワークの活動が本格化し,研究が飛躍的に進む一方,日本の論文発表数は世界のわずか1%にすぎない。本格的にヒトES細胞研究に取り組むグループが依然として少数と大きく立ち遅れてしまった原因として,「ヒトES細胞株を培養皿の中で使用する研究にも過度の規制と審査が課せられている」と指摘し,ヒトES細胞使用研究審査の抜本的な簡素化が必要と述べ壇を降りた。

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