医学教育(7)
連載
2007.04.09
連載 臨床医学航海術 第15回 医学教育(7) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
今回も筆者が経験した医学教育に関する奇妙な出来事を紹介する。
コピー
大学の医学教育を受けて一つ疑問がある。「6年間にどれだけの枚数のコピーをするのであろうか? そして,6年間にかかるコピー代はいったい総額いくらくらいになるのであろうか?」
大学で授業を受ける時まず教科書を買う。講義に出席してノートをとっていればいいが,出席していなければ他人のノートをコピーする。試験前には過去問をコピーする。それ以外に講義に関するまとめのようなレジュメがあればそれもコピーする。
大学の単位を取得するため,あるいは,よい成績をとるためにこのように学生が「情報収集」に躍起になるのには理由がある。それは,一つの学問領域を自分で勉強して理解し,どこが重要でどこが重要でないかを判断して,それから試験対策をするのはとてつもなく膨大な時間と労力がかかるからである。わざわざ他人の試験のレジュメをコピーするのは,自分でもしも行ったとしたらかかったであろう膨大な時間と労力を削減できるからである。学生はこのような便利なレジュメがあれば,自分が消費したであろう時間と労力をそれ以外のクラブ活動や自由な時間に費やすことができるのである。
つまり,学生はこのような「情報収集」にばかり時間と労力を割いて,実際に培わなければならない「情報整理力」,「情報抽出力」や「論理的思考能力」などをないがしろにしているのである。もっとも,学生がこのように自分で情報を獲得せずに安易に「情報収集」に逃げる事情もわからなくはない。実際大学の教官には,世間では一般的でない自分独自の診断方法や治療方法を出題する教官もいるからである。このような一般的でない知見はハリソンやシュワルツなどのバイブルと言われる教科書に記載されているはずはなく,そのような事情を知る先輩などから情報を収集するしか方法はないのである。
このような「情報戦」の結果として大量のコピーが発生している。しかし,学生はコピーの枚数分学んでいるのであろうか? そして,この大量のコピーはいったいどれだけ地球の二酸化炭素濃度を上昇させ,ひいては,地球の温暖化に影響しているのであろうか? 疑問は尽きない。大学別に6年間に行うコピー数と金額を調査し,ランク付けするのも面白いと思う。しかし,残念ながらそのような研究をする暇は筆者にはない。
地球の気候変化が人間の健康に与える影響について興味深い論文が2005年10月6日号の『New England Journal of Medicine』に記載されていた。それによると,地球の気候変化が人間の健康に与える影響は以下の通りである。
森林破壊による地球の砂漠化と化石燃料の燃焼による二酸化炭素濃度の上昇によって地球が温暖化している。地球の温暖化に伴って,蚊やダニなどの熱帯生物の生息地域が北上している。それに伴い,蚊やダニを媒介とする熱帯感染症地域が広がっている。また,地球の温暖化によって海洋の水温が上昇して,その結果,大型台風が多く発生するようになる。そうすると,その台風に伴ってマラリアや多くの熱帯に特異的な感染症が運ばれ,熱帯地方特有の感染症が温帯地方にも伝播する。高温多湿な環境は植物や蚊そしてげっ歯類の繁殖にもうってつけの環境である。また,地球の温暖化と二酸化炭素濃度の上昇に伴って,植物や真菌なども繁殖しアレルゲンも増加して,喘息も増加するとのことである。
「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないが,学生のコピーは地球の温暖化に影響し,ひいては熱帯感染症やアレルギー疾患を増加させていることにならないであろうか? だから筆者は研修医には,できるだけ紙資料は配布しないように心がけている。特に英語の論文は絶対に渡していない。なぜならば,英語の論文を配っても読まれずにそのままゴミ箱行きなり,単に地球の二酸化炭素濃度を上昇させるだけにしかならないのは目に見えているからである。
・基礎医学から臨床医学の時代へ
・疾患志向型から問題解決型の時代へ ・専門医から総合医の時代へ ・単純系から複雑系の時代へ ・確実性から不確実性の時代へ ・各国主義からGlobalizationの時代へ ・画一化からtailor-madeの時代へ ・医師中心から患者中心の時代へ ・教育者中心から学習者中心の時代へ |
・プロ精神を持つ
・フィールド・ワークを行う ・真理の追究目的から患者の幸福目的へ ・知識を知恵にする |
・基礎学力の低下
・ギャップの存在 ・教育・学習方法 ・評価方法 ・人間関係 |
(次回につづく)
参考文献
Epstein PR:Perspective. Climate Change and Human Health. N Engl J Med 2005;353:1433-1436.
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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