医学界新聞

連載

2007.04.02

 

〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第18回 GOARN

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

はじめに

 北半球では冬である現在,通常,WHOにおけるわれわれの業務は最も多忙を極めることとなる。アフリカを中心として,種々の感染症アウトブレイク情報が次々ともたらされるのがこの時期なのだ。2007年の冬は,東アフリカの洪水に関連した,ケニアにおけるリフトバレー熱(Rift Valley Fever)発生の情報から始まった(参照)。

 2月末日現在,われわれが追跡しているアウトブレイクのリストには,インドネシア,エジプト,ラオス,中国などにおける鳥インフルエンザAH5N1のヒト感染事例や原因不明で確定診断を待つ急性呼吸器感染症,アンゴラやコンゴをはじめとするコレラや急性水様性下痢症,南米のデング熱(デング出血熱を含む),北朝鮮の麻疹,ブルキナ・ファソやスーダンにおける髄膜炎菌性髄膜炎などがずらっと並んでいる。髄膜炎菌性髄膜炎など,季節性の疾患が集中するのもこの時期が忙しくなる理由であるが,インフルエンザAH5N1のような新興感染症も通常のヒトインフルエンザと同様に季節性が認められることは興味深い。

 なお,われわれは単に規模の大きなアウトブレイク事例を追っているわけではなく,“国際的な懸念を有する公衆衛生上の緊急事態”(Public Health Emergency of International Concern: PHEIC)の概念に合致すると見なされるアウトブレイクをフォローしていることに注意されたい。前述のリフトバレー熱は,ケニアに続いて,ソマリア,タンザニアでの患者発生を認めたものの,ようやく事態は沈静化し,つい先日,リストからは姿を消した。

2007年に入ってからのGOARNの派遣

 このケニアのリフトバレー熱の際,世界各国の協力機関にアウトブレイク対応の技術的な支援を求め,その調整を行ったのがGlobal Outbreak Alert and Response Network,通称GOARNである。今回GOARNは,主だったところとして,カナダの国立微生物病研究所からの移動実験室(および専門家)や実地疫学プログラム(Canadian Field Epidemiology Programme)からの疫学者,南アフリカからの臨床専門家,米国CDCからの社会動員(social mobilization)専門家などの派遣を調整した。GOARNチームは,アウトブレイク発生地域にて検査および疫学調査の技術的支援を行い,ケニアの保健省および家畜・漁業開発省とともに宗教指導者を含む地域住民の啓発に努めたのである。

 リフトバレー熱はもともとがヒト-ヒト感染を起こす疾患ではないので,遠隔地における重症患者の発見と治療,住民への衛生教育,家畜への予防策(必要に応じて家畜へのワクチン接種を含む)などが発生地域において求められていたことであり,GOARNは一定の役割を果たすことができたと言えよう。他に今年に入ってからの事例として,GOARNはギニア湾岸にあるトーゴにおいて発生した黄熱アウトブレイクの際も他の機関からの専門家派遣を調整した。この事例では,患者発生は数人であったが,トーゴの同地域におけるワクチンキャンペーンは1987年より実施されておらず,住民の黄熱ウイルスに対する感受性が高いことが懸念されたのである。2つの地域において計画された150万ドーズの黄熱ワクチン接種キャンペーンにおいて,GOARNはAgence de Medecine Preventiveより疫学者の派遣を調整した。過去にワクチン接種キャンペーンにおいてGOARNのミッションが計画されることはそう多くはなかったのではないかと筆者は思う。今後のGOARNの可能性を示す動きとして筆者は注目している。

GOARNの今後

 GOARNの目的・活動については,WHOのホームページにその内容が紹介されている。WHOなど一つの機関だけではますます複雑・広範になる「アウトブレイク」には対応できないことは自明であり,世界中の専門家の英知を結集して,被災地に対して技術的な支援を速やかに行い,結果として長期的な備えや能力強化に寄与することが期待されるのである。

 なお,改正国際保健規則(IHR2005)の施行を今年6月に控えて,GOARNが対応することが想定される分野は新興・再興感染症のみならず,環境・化学物質などの分野にも拡がっていく可能性がある。この数年,とみに派遣が増えている鳥インフルエンザ,および新型インフルエンザ対応に向けてのGOARNの体制強化も進みつつある。2003年春,筆者自身もGOARNの派遣として,香港におけるSARS(重症急性呼吸器感染症)アウトブレイクの調査に実地疫学者として派遣された経験がある(参照)。

 世界中の専門家とともに国際的な場面で働くことはエキサイティングであったが,どちらかと言うと,語学を含め,自らの力量不足を思い知ることになり,ストレスは多かった。アウトブレイク対応には図に示すようにさまざまな要素がある。GOARNにおいて十分に働けるためには,自分が取り組むそれぞれの分野の力量を,世界的に通用するレベルへと押し上げておくことが重要である。日本としてGOARNにさらに貢献していくためには,日本人専門家としてすでに世界的に通用する面の多い実験室診断の分野を先頭に,実地疫学者の育成などが今後も不可欠であろう。

つづく

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