(春日武彦)
連載
2007.02.12
(前回2715号)
Q 内科病棟に入院中の「ちょっと個性的」な女性。情緒不安定で,しばしばトラブルを起こしていたのですが僕が説得すると不思議にうまく納まる。「オレは患者の心を掴むのがうまい」と自惚れてしまったこともあり,退院時に成り行きから電話番号を教えてしまったところ,以後,彼女はストーカーと化してしまいました。自業自得ではあるのですが,僕は患者さんに優しくすることが恐ろしくなりました。僕は愚か者なのでしょうか。ちなみに,僕は,いわゆる「イケメン」とはほど遠いのですけれど。
(28歳・男性・内科研修医)
ストーカー操縦法
A 私も産婦人科医をしていた頃に似たような経験があるので,あなたとは愚か者同士ということになりましょうか。まあ医者になりたてだと陥りやすい罠ではあります。常々思っているのですが,人間の業においてもっとも厄介なのは「コントロール願望」とでも称すべきものであります。つまり他人を思い通りに操作して満足感を得たいという願望です。これはことさら他者を利用しようとか支配者になりたいといった気持ちと同一とは限りません。例えば恋人は,基本的に自分の理想に近い人物が選ばれましょうが,なおいっそう理想に近づいてもらいたいとわれわれは望む。あのように振舞ってくれたら嬉しい,こんなことは恋人だからこそしないでほしい,といった具合に。つまりコントロール願望は愛情とグラデーションになっている。
医療者をはじめ福祉とか介護などに携わっている人は,熱心かつ誠実なほどコントロール願望を露骨に発揮してしまうようです。「あなたのためを思って」と。それが裏目に出ることも珍しくない。自主性を否定されたり価値観を押し付けられるように感じて反発を覚えるからなのでしょう。いわゆるパターナリズムとは,善意と思い上がりとからなるコントロール願望といったところでしょうか。家庭内暴力とか「ひきこもり」も,起源は親のコントロール願望と子どもの反発およびそれに伴う罪悪感に帰結すると思われます。
さて,他人のコントロール願望へ取り込まれることは不快なことなのでしょうか。いや,決してそうとは限らない。例えば女子マラソンの選手は日本のために走っているのでもなければ自分のために走っているのでもない。監督のために走っています。監督に褒められ喜ばれることを至上のことと感じて走っている。いわば監督と擬似恋愛の関係にあり,あるいは洗脳された状態であるからこそ,辛いマラソンを頑張れる。相手を信頼できれば,コントロールされることは大変に甘美なものなのであります。
人格的に偏りのある人は,往々にして,いきなり特定の人物に対して被コントロール願望を示すようです。それは恋愛の「一目惚れ」に近いものかもしれないけれど,実は対人関係のパワーゲームのみに特化する傾向が見られます。コントロールされる自分を楽しみつつ相手を最終的にコントロールしたがる貪欲さを備えているのです。そうした人はストーキングだろうと捨て身のセックスだろうと誹謗中傷だろうと,どんなことでもします。そうせずにはいられないのですね。
あなたが出会った女性は,そうしたタイプの人物です。そうした相手に,話し合いで解決を図ろうとしても無駄です。一切無視を決め込み,何をされても「糠に釘」状態を貫き,とにかくパワーゲームの舞台から降りてしまうしかありません。抗議をしたり仕返しをすると,相手はゲーム続行と解釈しますから泥沼にはまります。
また,質問の最後に「患者さんに優しくすることが恐ろしくなってしまいました」とありましたが,優しくしたり巧みに説得するという行為には,自分のコントロール願望を満たしたいといった気持ちが伏在していることを自覚しておくのが賢明かと思います。
(次回につづく)
春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。
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カスガ先生の答えのない悩み相談室(終了)
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