(春日武彦)
連載
2007.03.12
(前回2719号)
Q カッコをつけたいわけではないのですが,医者になったからには小児科や産婦人科など,今,切実に医師が求められている診療科で活躍してみたいと思っています。けれども家族や恋人は大反対。もっと楽で,裁判沙汰になるようなリスクも低い科を選ぶべきだと。処世術としては周囲の言うことのほうが正しいのでしょうが,医者なんかもともと「ラクして儲ける」仕事とはほど遠いんだから,今さら小賢しく立ち回りたくない。若気の至りでしょうか,僕のような発想は。
(23歳・医学部学生)
回り道はマイナスではない
A 医者としてのキャリアのうち,最初の6年間を私は産婦人科医として過ごしました。なぜこの科を選んだのか? (1)ドラマや漫画などの影響で,単純に外科系がカッコいいと思っていた。(2)外科や脳外科の入局希望者は多く,しかも仲の悪い同級生だとか妙に立ち回りの上手い奴がいたので,あんな連中と一緒に仕事なんかしたくなかった。(3)研修で回ったときに産婦人科の医局がいちばん居心地がよさそうだった。(4)入局希望者が他にいなかったので,大切にしてもらえて技術もきっちり教えてもらえると思った。――以上の4点が理由でした。いまひとつ志が低い気もしますが,まあ決定的だったのは(3)でした。仕事で苦労するのはともかく,不愉快な奴らと過ごすなんて願い下げですから。
では,どうして途中から精神科に移籍したのか。第19回でも触れましたが,あまりにも自分勝手で礼節すらわきまえない人たちの子孫繁栄に関わるのが耐えられなかったということがひとつ。もうひとつは,もともと精神科に深い関心を持っていたことが理由です。ただ私の場合,その関心がいささか「切実な好奇心」の形に特化し過ぎていたことを無意識のうちに警戒していたため,卒後ストレートに精神科を選ぶことはできませんでした。
私が精神科に関心を抱く原因のひとつは,「過去のあの時点において,ひょっとしたら俺は発病していたかもしれない」といったリアルな恐怖です。だから精神科の患者に対しては「別の可能性としての私自身」といった思いが生じがちで,そのことは精神科医にとって長所・短所の双方を持つことになりましょうが,そのような心性に基づいた「切実な好奇心」は,やはり産婦人科勤務といった迂回を経て対峙しない限り,気持ちの収拾がつかなかっただろうなと今となっては思います。
精神科へ移ってもすでに患者への対応法は身についていましたし,社会不適応者としか思えない精神科医がたくさんいることを知っていたので,「遅いスタート」に対してまったく気後れはありませんでした。今になって振り返りますと,最初から精神科医になっていたら,妙に世間知らずなうえに,おかしな思い入れで空回りするばかりの「使えない」専門家になっていたかもしれません。かつて,診察室から患者用の椅子を撤去し,患者を立たせたまま診察をすることで診療時間の短縮を図るというとんでもない精神科医に遭遇したことがありますが,結果的に似たような極端さを備えた医者になっていたかもしれない。
回り道は決してマイナスではありません。精神的な視野狭窄にならぬよう,あえて無駄なことや損なことにも手を染めてみるべきです。そうでないと,いずれ自己嫌悪に陥るか,さもなければ押し付けがましいうえに現実離れした医者になるか,そうした危険が高まります。家族や恋人の意見は,のらりくらりと聞き流してください。「二者択一」といった硬直した態度ではなく,周囲には愛想笑いを振りまきながら自分なりに納得のいくことを「とりあえず」やってみる。ムカついたり水が合わなければ,その科と心中する必要なんかないのですから。退路を断たずに振舞うことが,大人であることの基本です。
ところで精神科には近頃,年齢的に私が分娩を手掛けた世代に相当する若者が,思春期問題を抱えた患者として登場するようになりました。彼らを,そして彼らの親を見て,やっぱり子どもを持つべきでない人が子どもを持つとろくなことにならないなあと実感しました。結局,昔自分が感じた義憤に対して,科を変えて後始末に汲々とすることになっていたのでありました。
連載最終回だというのに最後は私憤になってしまいました。またどこかでお会いしましょう。
(本連載の単行本は今夏,弊社より刊行予定です。ご期待ください。)
春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。
この記事の連載
カスガ先生の答えのない悩み相談室(終了)
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