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第3336号 2019年9月2日


図書館情報学の窓から

「図書館情報学」というあまり聞き慣れない学問。実は,情報流通の観点から医学の発展に寄与したり,医学が直面する問題の解決に取り組んだりしています。医学情報の流通や研究評価などの最新のトピックを,図書館情報学の窓からのぞいてみましょう。

[第4回]Plan Sがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!(前) オープンアクセスのこれまで

佐藤 翔(同志社大学免許資格課程センター准教授)


前回よりつづく

 2018年9月,cOAlition Sの設立と同時に発表された計画が,世界の学術情報流通関係者を震撼させました。その計画の名は「Plan S」。研究成果の即時・完全なオープンアクセス(以下,OA)化実現をめざす,有り体に言えば世界中の学術雑誌を「読者(その所属機関)から購読料を取るモデル」から,「著者が掲載料を払って読者は無料で読めるモデル」への転換を企む計画です1)。計画を発表したcOAlition Sは英,仏など欧州の11公的研究助成機関が参加したもので,助成を受けた研究者がPlan Sに従うと考えると,その影響は確実に世界へ波及すると考えられます。それから約1年間,Plan Sはこの業界のホットトピックとなり続けています。

 医学界にも日本にも大きく影響する話なので,ぜひ本連載でも扱いたいと思います。前提が多く,長くなるので,前後編にわたってPlan Sの動向,ひいてはOAの動向をまとめていきます。

 論文を読み書きする方でOAを聞いたことがない方はもうあまりいないかと思いますが,ではあらためてOAってなんだ,と聞かれるとはっきりと答えられる方は少ないでしょう。OAの定義として最も普及しているのは2002年に,Budapest Open Access Initiative(BOAI)という会議のまとめの中で示されたものです。そこでOAとは,査読付きの学術雑誌論文等について,「インターネットへのアクセスそれ自体を除く経済的,法的,技術的な障壁なく文献を利用できるようにすること」とされています。

 OA実現の取り組みの,さらに背景にまでさかのぼると,①雑誌価格高騰への対応,②研究成果の迅速・自由な共有の実現,③発展途上国における学術情報流通の改善,④新たなビジネスチャンスの獲得,という,重なりつつも少しずつ異なる動機を持つ人々の思惑が絡み合って実現しました2)

 このうち①は最近話題になることが増えたのでご存じだったり,雑誌契約を担当して実感したりする方も多いと思います。学術雑誌の価格は第二次世界大戦以降,一貫して年に数~十数%の水準で上がり続けています。指数が1以上2未満とはいえ,指数関数的な増大であることに変わりなく,数十年が経過した現在では宿命的にとんでもない価格になり(大手の大学はどこも雑誌契約が億単位でしょう),ちょっとの値上げも死活問題です。値上げが続く一因は,学術雑誌市場がごく少数の大手出版社による寡占であることです。その状況を崩したいと思った大学図書館等が,従来と異なる流通手段を作って値上げを抑制しようとしたのが,OA推進の大きな原動力でした。

 ②は①と関連しますが,研究者は自分の論文を多くの人に読んでほしいのに,高価な雑誌に載ると自由に読んでもらえません。また,査読に時間がかかる場合も,なかなか成果を公開できません。こうしたフラストレーションを,インターネットの力で解決しようと目論んだ研究者たちがOA運動に流れ込みます。前回(第3333号)扱ったプレプリントサーバーはまさにこうした運動の産物であり,最初のプレプリントサーバーarΧivの存在がOA運動成立に大きな影響を与えています。

 ③については,発展途上国においては紙媒体の学術雑誌を買えない研究者が多かったわけですが,インターネットの普及でその状況を改革できるのでは,と活動していた人々がいました。

 ④はBioMed Central(BMC)という出版社で,2000年代からインターネットを通じて,読者ではなく著者が掲載費用を支払うビジネスモデルの雑誌(と呼んでいいのか……)を創刊し,経営していました。同社は後にSpringer社に買収され,現在はSpringer Natureグループの一ブランドです。

 これら4つの立場の人が一堂に会したのがBOAIで,それまでばらばらだった活動が一つの「OA運動」としてまとまり,認知度を高めていきます。OAを実現する手段としてBOAIは,プレプリントサーバーのように論文のファイルを著者自身や,著者の所属機関,あるいは掲載論文の出版社等が雑誌のウェブサイトとは別のアーカイブで公開する方式(セルフ・アーカイブ)と,BMCのように購読料を取らず,なんらかの別の方法(著者から掲載料を徴収する等)で出版にかかる費用や利益を確保しつつ,インターネットで論文を無料公開する方式(OA雑誌)を提唱します。今に至るまで,これらかその変種がOA実現の主な手段です。

 当初は実現性が危ぶまれる理想のようにも思われたOAですが,いくつかの後押しを受け,急速に推進されていきます。重要な後押しの一つがNIHによるパブリック・アクセス方針と,それに続いたさまざまな機関によるOAの義務化です。

 前回触れたとおりNIHは,生命医学のプレプリントサーバーE-Biomed設立を計画したものの失敗。査読・出版済み論文のみを公開するPubMed Central(PMC)に形を変えて実現することになります。プレプリントサーバーに比べ,出版済み論文公開の意義はあまり理解を得られず,PMCでの論文公開はさほど進みませんでした。そこで医学分野世界最大の研究助成機関であるNIHは,自身の助成を受けた論文はPMCで公開すること,との方針を立てます(2005~08年3月までは推奨,4月以降は義務化)。パブリック・アクセス方針と呼ばれるこの方針により,NIH助成論文の大半はPMCで公開されるようになりました。

 NIHがこの方針を立て,それが認められた背景には,「公的資金(つまり税金)による成果は市民に公開すべき」という論理があります。この論理は強力で,その後,米国や欧州はじめ多くの政府系助成機関・民間助成機関で,助成研究成果のOAが義務化されます。

 OA義務化方針のもう一つの原動力はオープンイノベーションへの目論見です。第2回(第3328号)に,論文をテキストデータとしてAIに投入することの意義を紹介しました。学術論文のテキストマイニングは非常に注目されている分野で,研究上の意義が大きいことはもちろん,産業への転用も期待されています。しかし論文が有料で,アクセスできないことには話になりません。そこで(特に著作権にフェアユース規程がない欧州を中心に)少なくとも政府等が助成した論文については,自由に再利用を認める形でOAにするよう,義務化の方針が多くとられています。この動きは論文そのものにとどまらず,研究の中で生成されたデータも公開しようという,オープンサイエンスの動きへも連なっています。

 これらの後押しもあり当初絵空事と思われたOAは着実に進展しています。米・英・日など12か国対象の調査によれば,2016年に出版された論文の3分の1以上(35.1%)はOAになっており,特にOA化が進む英国では実に過半数(52.5%)です3)。世界の学術論文の多くを出版する米国でも,40%以上がOAになったと言われます。OA化の手段としては約半数がOA雑誌,約4分の1がPMC等のセルフアーカイブで,残りは理由はわからないが公開されているものでした3)。特にOA雑誌の成長は著しく,この分ならOAはさらに進展していくと考えられます。

 OAは進展している,一方で,OA運動を確立した人々の目論見は達成されたかというと,いまいち微妙なのが現状です。特に①雑誌価格高騰への対応は,はっきり言って状況はほとんど改善されませんでした。直近でも独の研究機関全体や米カリフォルニア大等が,エルゼビア社との契約がまとまらず論文にアクセスできない状況が発生しました。日本の状況は朝日新聞が報じたとおりです4)

 掲載論文の一部がOAになろうが,OA雑誌が数多く創刊されようが,寡占出版社の商業雑誌への影響はわずかでした。それどころか,それらの出版者がOA雑誌を創刊・買収したり,追加料金をとって購読型雑誌の一部をOAにする商売を始めたりと,OAは出版社の新たなビジネスとなりました。購読料に加えてOA雑誌の掲載料の支払いで,機関全体の支払総額はかえって増えているとの危惧もあります。

 そこでこの状況を打破すべく出てきたのが,Plan Sです!

中編に続く


参考文献
1)Plan S.
2)佐藤翔.オープンアクセスの広がりと現在の争点.情報管理.2013;56(7):414-24.
3)Hook D, et al. The Ascent of Open Access――An analysis of the Open Access landscape since the turn of the millennium. Digital Science. 2019.
4)朝日新聞デジタル.学術誌の電子版高騰,大学悲鳴――「論文読めぬ」研究に影.2019年7月6日.

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