医学界新聞

連載

2014.03.10

診断推論
キーワードからの攻略

広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。

■第3回……刺青を背負った男

山中 克郎(藤田保健衛生大学 救急総合内科教授)=監修
田口 瑞希(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆


3063号よりつづく

【症例】

 26歳男性。本日朝,自室のベッドの脇に倒れている患者を友人が発見し,救急要請した。救急隊到着時は,意識レベルJCSIII-300で,呼吸も弱いため,バックマスク換気しながら救急外来へ搬送されてきた。

 患者は半年前にも同様のエピソードで救急搬送されたことがあり,その時は「脱法ハーブ中毒」で入院となっている。救急隊の報告によると,今回も室内に脱法ハーブの空袋が散乱していたという。

 初療に当たった研修医は「薬物中毒に違いない!」と診療を開始し,意識レベルが悪いことから鎮静・筋弛緩下に気管挿管を試みることにした。しかし,筋弛緩した途端に全く換気ができなくなり,SpO2はみるみる下がり,心拍数も徐脈になっていった……。

[既往歴]初療時には不明
[生活歴]たばこ30本/日,酒(-)
[来院時バイタルサイン]体温36.3℃,血圧168/92,心拍数165回/分,呼吸5回/分,SpO2末梢冷たく測定不能
[来院時意識レベル]JCSIII-300,GCS E1 V1 M1
[その他]身体所見;全身に刺青が入っている,舌根沈下あり(⇒項部後屈で気道開通),バッグバルブマスクで補助換気をするも呼吸時の胸の上がりが悪い,呼吸音はほとんど聴取しない,末梢チアノーゼ(+),瞳孔;R2 mm L2 mm 対光反射;緩慢

……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………


キーワードの発見⇒キーワードからの展開

 「脱法ハーブ中毒で入院」「脱法ハーブの空袋が散乱」「全身に刺青が入っている」という情報から,初療に当たった研修医は「薬物中毒に違いない!」と考えた。しかし,まずはそれすら疑ってかかる必要がある。果たして本当に脱法ハーブ中毒なのだろうか,と。

 「トキシドローム」という概念があるのはご存じだろうか? 特徴的な症状・兆候から原因物質を大まかにカテゴライズしたもので,原因物質が判明していなくとも,薬物中毒を疑い,原因物質を推定する際に役に立つ。昨今の「脱法ドラッグ」と呼ばれるものは,合成カンナビノイドが含まれていることが多い。合成カンナビノイドをこのトキシドロームを基に考えると,交感神経様作用のカテゴリーに分類され,表1に挙げた症状が見られるとされている。しかし,本例の患者は頻脈・高血圧を認めるものの,散瞳・発汗・高体温等は認めず,トキシドロームの示す症状とは必ずしも合致しない。こうした点から,本当に脱法ハーブによる薬物中毒であるのかは疑ってみたほうがよいだろう。

表1 トキシドロームの表から一部抜粋(参考文献/URL1より)
症侯群 症状 一般的な原因
交感神経
様作用
頻脈,高血圧,散瞳,激越発作,発汗,高体温,精神病(常用後) アンフェタミン,カフェイン,コカイン,エフェドリン,MDMA(エクスタシー),フェニルプロパノールアミン,テオフィリン

 では,脱法ハーブ中毒ではないとして,この患者の意識障害は何によって生じているのだろうか? 今回の症例は,本人からの病歴聴取が困難であることから,鑑別するためには身体所見が重要になる。

 症例を確認しよう。患者は徐呼吸・末梢チアノーゼを認めることから呼吸不全の状態であると考えられる。また,基本となる「救急のABC(Airway:気道確保,Breathig:人工呼吸,Circulation:循環補助)」の順番で診療に当たっており,舌根沈下はあったものの,すでに用手的な気道確保によってAirwayは開通した。しかし,それにもかかわらず,胸の上がりが悪く,バッグ換気をしても呼吸音をほとんど聴取しない点は気にかかる。本症例はBreathingに問題があるのではないだろうか。「バッグ換気をしてもバッグが固く換気ができない」=「気道内圧がかなり高い」ということであり,患者は高度の気流障害があると考えられるのだ。26歳の男性であることも踏まえ,ここでは「若年者の高度な気流障害」をキーワードとしてとらえ,表2の疾患を想起できるようになりたい。

表2 「若年者の高度な気流障害」から導くべき鑑別診断リスト

(1)気管異物……「食事中に突然」「チョークサイン(自分の喉を両手で押さえるポーズ)」の2つがそろえば気管異物を疑い,可及的速やかに異物除去を試みる(自分で呼吸ができており,咳などで自身で異物を除去しようとしている場合は,手を出さずに注意深く見守る)

(2)気道熱傷……高温のガスにさらされて障害を受ける上気道型と,煙やガスなどを吸うことによって化学性障害を受ける下気道型に分類される。上気道型は受傷直後から比較的急速に上気道粘膜の浮腫が進行し,気道閉塞に至る。

(3)急性咽頭蓋炎……喉頭蓋の細菌感染による炎症。「発熱」「咽頭痛」「嚥下痛」に「流涎(よだれを垂れ流す)」を伴う場合に疑う。急速に上気道閉塞を起こすことがある。

(4)喘息重積発作……喘息発作の際には呼気性のwheezeを聴取するが,重積発作になるとwheezeが聴取しなくなってしまうというのは有名な話。喘息での入院歴や挿管歴がある場合には疑わねばならない(筆者が研修医の頃は重積発作をよく診たが,ステロイド吸入薬が導入されてからは減少した)

(5)アナフィラキシー……「全身発赤」「口唇・舌の腫脹」「capillary refilling timeの延長」などを伴った場合に疑う。アレルギー物質への暴露もわかっていれば,なお確実

(6)遺伝性血管性浮腫……「粘膜下浮腫」「皮下浮腫」「消化器症状(腹痛・嘔気・嘔吐・下痢)」「喉頭浮腫」などが主症状だが,全てがそろわないことが多い。発作は,精神的ストレス,外傷・抜歯等といった肉体的ストレス,妊娠,薬物などで誘発される

 ただ,先述の通り,本患者の場合,搬送時点では病歴も十分にとれず,鑑別診断の絞り込みは困難を極める。まず,患者はかろうじて自分で呼吸を行い,バッグマスクでの換気が難しい状況だ。この状況で一つ注意しておきたいのが,鎮静薬や筋弛緩薬を使って自発呼吸を止めてしまうのは,極めてリスクが高いということである。気管挿管が一発でできればいいが,できない場合は「呼吸停止⇒心停止」という流れをたどってしまう恐れがある。その施設で気管挿管が一番上手な人を集め,輪状甲状靭帯切開も含めて万全の準備をして挿管に臨まねばならない。

最終診断と+αの学び

 今回,何とか心停止に至る前に気管挿管できた。挿管の際に観察をしたが,後咽頭から声帯にかけて特に異物や異常も認めなかった。また,挿管直前の血液ガス分析検査の結果はpH/pCO2/pO2/HCO3-/BE=7.150/100.4/54.4/34.2/0.7であった。

 ここでアナフィラキシーもしくは喘息の重積発作の可能性を考え,アドレナリン(0.1%/0.3 mL)筋注を実施。すると,換気が若干できるようになり,それに伴って全肺野にwheezeを聴取するようになった。このことから,この患者は喘息重積発作による意識障害であると判明した。

 なお,後でご家族に聞いてみたところ,喘息で他院での入院歴・挿管歴はあったが,通院はまったくしていなかったとのこと。また,患者の意識が回復してから聴取した結果,やはり今回は脱法ハーブの使用はなかったとわかった。

[最終診断]
喘息重積発作による急性呼吸不全と,それに伴う意識障害

まずは「呼吸不全をどうするか」
 呼吸不全と意識障害の見られる患者の場合,救急室ではまず「呼吸不全をどうするか」を考えたい。今回の症例では,脱法ハーブの使用歴や患者の見た目などから薬物中毒を疑い,意識障害に焦点を当ててしまったため,診断にも苦慮してしまう結果となった。冒頭で紹介したトキシドロームを基に,「本当に脱法ハーブ中毒であるのか」を疑えたことで軌道修正を図ることはできたが,見た目や前情報にとらわれず,基本的な対応を冷静に行うことの重要性をあらためて認識させられる症例であった。

Take Home Message

・救急室では,重症患者ほど基本に忠実に。
・ABC(Airway:気道確保,Breathig:人工呼吸,Circulation:循環補助)の順の診療を心掛けると,危険を回避できることは多い。
・患者の見た目や前情報に踊らされると,思わぬ落とし穴に陥ってしまう。

参考文献/URL
1)MERCK MANUALS online Medical Library(メルクマニュアル18版日本語版).
⇒トキシドロームにもさまざまな分類が存在するが,筆者はMERCK MANUALS online Medical Libraryを参考にしている。
2)TOXNET.
⇒ステップアップによい。米国国立図書館(NLM)が運営する中毒情報総合サイト。有害物質名を入力して検索すると,その物質の性質や摂取した際の症状,致死量,対処法などさまざまなデータを無料で閲覧することができる。モバイル版もあって便利。
23)上條吉人.臨床中毒学.相馬一亥(監修).医学書院;2009.
⇒ステップアップによい。有毒物質ごとに中毒のメカニズム・薬物動態・臨床症状・診断方法・治療フローチャートなどがわかりやすく書かれている。救急室にぜひ1冊ほしい。

つづく

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