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第2998号 2012年10月15日


【interview】

うつ病診療の“均てん化”へ
ガイドラインから始まる,診断・治療の新たな基準づくり

神庭 重信氏(九州大学大学院教授・精神病態医学/日本うつ病学会理事長/日本精神神経学会副理事長)に聞く


 このほど日本うつ病学会から「大うつ病性障害の治療ガイドライン2012 ver.1」1)が公表された。10-15人に1人が一生のうちに経験するとも言われるうつ病だが,抗うつ薬の有効性・副作用や,疾患概念の多様化による診断の正確性などいまだ多くの課題を内包。本ガイドラインが,臨床現場における新たな指針となることが期待されている。本紙では,同学会理事長の神庭氏に,ガイドライン策定のねらいや特徴を伺うとともに,今や“国民病”となったうつ病診療の充実を今後どう図っていくべきか,構想を示していただいた。


抗うつ薬の諸問題に揺れてきたうつ病治療

――まずガイドライン策定の背景として,近年のうつ病治療の変遷を俯瞰していただけますか。

神庭 日本のうつ病治療は,この15年ほどで大きく変化してきたと言えます。まず1999年のフルボキサミン以来,SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が次々に導入され,それに付随して「うつ病は心の風邪」など啓発活動が盛んになり,「うつ病の治療=抗うつ薬」というイメージが浸透しました。

 また,98年に発表された「薬物療法のアルゴリズム」が,SSRIなどの導入に伴い2003年に改訂され2),自殺予防としてのうつ病対策が盛んになった際,かかりつけ医への知識の普及に大きな役割を果たしました。一方,薬物治療に限定されたこのアルゴリズムが有名になったことで,うつ病治療のガイドラインそのもののようにとらえられ,独り歩きしてしまった感があるのは否めません。

――そのことも,一時的な薬物療法への偏りに影響したということですか。

神庭 ええ。ところが03-05年ごろから,SSRI,SNRIともに“安全で使いやすい”とは言えないような副作用のデータが示され始めました。服薬でかえって気持ちが不安定になったり,若い人の自殺念慮が強まる,自殺企図回数が増えるといった米国などの報告を受け,日本でも添付文書が書き換えられたり,「抗うつ薬で自殺が増える」という報道などが,2000年代後半ごろから目立つようになりました。

 さらに08,10年には,抗うつ薬に軽症の大うつ病に対する有効性はないという報告が示され3),「うつ病にはまず抗うつ薬」と考えていた世界中の臨床家に大きなインパクトを与えました。また英国ではこの報告と前後し,NICE(国立医療技術評価機構)が,軽症うつ病治療では抗うつ薬をルーチンに選択しないという内容のガイドラインを発表しています4)。それがまた,他国に波紋を広げる結果となりました。

――ゆり戻しが起こったのですね。

神庭 ただ,11,12年には,軽症うつ病での抗うつ薬の優越性を否定しないメタ解析があらためて示されています5)。結局この問題は,今のところまだ最終結論が出ていないのが現状なのです。

診断から治療まで網羅したガイドライン

――こうした流れを踏まえて作られた今回のガイドラインですが,全体を通してどのような点に留意されましたか。

神庭 うつ病の治療の在り方は,その国の医療体制の在り方と密接にかかわるものです。例えば先述した英国NICEのガイドラインは,軽症うつ病治療の第一選択の一つに認知療法を掲げました。しかしそれは,プライマリ・ケア医が入り口となって患者を振り分けるシステムがあり,認知療法のスキルを持つ人もたくさんいるからで,日本のように認知療法ができる人が少なく,臨床医も非常に多忙な国に,その方法の適用は難しい。日本の医療現場の状況に即した治療方針を示したいというのは,ワーキンググループでもずっと議論を続けてきたことです。

――“治療”ガイドラインながら,診断についてかなり細かく記載されているのも特徴でしょうか。

神庭 今までより一歩踏み込んだ点と言えます。適切な診断の進め方を説明するために全ページの約3分の1を費やしていますから,精神科専門医はもとより,かかりつけ医の先生方にも,参考になるのではないかと思います。

――“うつ”という言葉が一般化し,いわゆる「新型(現代型)うつ」が取りざたされたり,背景がはっきりしない「うつ状態」の方が急増している状況もありますね。

神庭 そういうときだからこそ,うつ病か否かの鑑別診断がきちんとできることが重要になると考えています。

 その上で治療に入るわけですが,重症度を問わず大切にしてほしいのは,医師・患者関係をきちんと築くことと,疾病についての心理教育です。同じうつ病という診断でも,患者さん一人ひとりの抱える心理・社会的問題はそれぞれ異なります。個別の背景を理解し,訴えを親身になって聴いた上で,患者さんの希望も重視し,話し合いながら治療方針を決めていく。特に軽症のうつ病で自殺念慮のない場合には,直ちに薬物療法を行わずとも,共感的態度での支持的面接と休息などの指示のみで,十分な改善を得られることもあります。

――診断から治療,リハビリテーションまでが網羅されているので,患者さんや,家族の方が参考にすることもできるのではないかと感じました。

神庭 そうですね。うつ病という疾患はメジャーになりましたが,医療機関に行くと具体的にどんな診断,治療がなされるかまではなかなか知られていないものです。一般の方の理解促進にも利用していただけるとよいと思います。

施設と人のネットワークを構築し,診療の“均てん化”を

――ここからは,うつ病学会の理事長というお立場から,今後のうつ病診療をどう展開していくべきか,お聞かせいただけたらと思います。

神庭 日本でも,自殺とうつ病による経済損失が年間2兆7000億円と推計される6)など,精神疾患による社会的損失の大きさは理解されつつあり,重点的に対策すべき「5疾病」の1つとして,13年度から地域医療計画の充実が図られる予定です。それに伴い本学会から提案しているのが,うつ病診療の“均てん化”です。

――どのような構想なのですか。

神庭 例えばがんでは,国立がん研究センターを中心にがん診療連携拠点病院のネットワークがあり,全国どこに行っても同じレベルの治療を受けられるよう,均てん化が進められていますよね。それと同様,うつ病でも,中核病院と地域の連携病院のネットワーク作りができればと思っています。

 さらに,そのネットワークを支えるかかりつけ医の方々に対しては「うつ病サポート医」のような制度を作り,うつ病治療に熱心な医師に手挙げ方式で参加していただくことがよいと考えています。

――既に養成が進んでいる「認知症サポート医」のような制度でしょうか。

神庭 ええ。サポート医の方には精神科専門医とも交流を密にし,講演会や研修会にも積極的に参加してもらう。“顔の見える連携”で,うつ病診療の地域格差解消につなげることが理想です。

 また,治療施設に関しても,一次治療,二次治療に分け,サポート医と同様手挙げ方式で明確にできれば,より円滑な地域医療に貢献できるのではないでしょうか。

――二次治療施設で診るのは,どのような患者さんですか。

神庭 例えば自殺を試みて,薬物中毒や外傷などの合併症を抱えて救急搬送されてきた方や,重度うつ病の方の治療,また,他院で治療抵抗性だった患者さんに修正型電気けいれん療法を行ったり,レベルの高い認知療法が行えたり,という施設を想定しています。

 こうした重症度別の治療施設や,全国の「うつ病サポート医」などを明確にして情報発信を行う。さらに過疎地では医療のIT化を進めて,専門医のコンサルテーションを受けられるようにする。そうした工夫で,一般の方もより受診しやすくなるのではないかと検討しているところです。

――質の高い治療が行き届くようになれば,過疎地域での高齢者のうつの問題などにも好影響がありそうです。

神庭 そうですね。国民の4人に1人が65歳以上の時代が近づくなか,高齢者にとって認知症と並ぶ二大精神疾患であるうつ病の適切なケアは今後の大きな課題になるでしょう。その意味でも“均てん化”の重要性を感じます。

希望を見いだしてもらうために

――社会全体への啓発という観点から,構想されていることはありますか。

神庭 うつ病をはじめとしたメンタルヘルスに対する偏見は減ってはいますが,それでもまだ根強いものがあります。「誰もがなり得る病気」であることを知ってもらうために,モデルケースやヒューマンストーリーが,もっと世に出てくればよいですね。

 例えばノルウェーでは,98年に首相に就任したヒェル・マグネ・ボンデビック氏が,就任後にうつ病を公表,1か月間の休職ののち復帰しています。また08年,英国の国会議員への調査では,実に19%の議員が精神保健の問題を抱えたことがあると答えています。これまでに日本でも,うつ病を“カミングアウト”してくれた著名人の方はいましたが,さらに「あの人が……?」という人がうつ病経験を語ってくれれば,「治せる病気だし,治ればまた活躍できる」ということがわかる。そうすれば偏見も,さらに減っていくのではないでしょうか。

――いったんうつ病になると「もうだめだ」と思い込んでしまいがちですが,ネガティブな方向にばかり考えが向かないようにしたいと。

神庭 うつ病から回復して復帰へ向かうときに大切なのは,自信を失い将来に不安を感じている患者さんに「うつ病の体験を乗り越えれば,ひと回り大きくなれる,得るものがある」と,視点を変えてもらうことだと思うのです。「うつ病になってよかった」とは言えませんが,難局を乗り越えた自信や自己効力感が持てる,以前よりも一回り大きな人になるなど,何らかのプラス思考につなげてほしい。そして医療者は心身両面から,そのサポートができればと考えています。

――ありがとうございました。

(了)


1)http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/120726.pdf
2)本橋伸高ほか編.気分障害の薬物治療アルゴリズム.じほう.2003
3)Kirsch I, et al. PLoS Med. 2008; 5(2): e45.ほか
4)http://guidance.nice.org.uk/CG90
5)Gibbons RD, et al. Arch Gen Psychiatry. 2012; 69(6): 572-9.ほか
6)http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000qvsy.html


神庭重信氏
1980年慶大医学部卒,同大精神神経科入局。82年米国メイヨークリニック留学,87年同精神科レジデント修了後,アシスタント・プロフェッサー。慶大講師を経て,96年山梨大精神神経医学講座教授。2003年より九大大学院教授(1年弱,山梨大と併任)。主な専門分野は気分障害,精神薬理学・神経化学。編書に『今日の精神疾患治療指針』『気分障害』(いずれも医学書院)などがある。