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第2983号 2012年6月25日


interview

生き方に寄り添う支援を
健康と生活の両輪を整える

村上須賀子氏(兵庫大学生涯福祉学部教授・医療ソーシャルワーカー)に聞く


 患者のQOLを高めるためには,治療だけでなく生活面の支援も行う必要がある。医療や保健,介護・福祉を体系的に提供する地域包括ケアシステムの構築や,病院内で患者の生活を支援する医療ソーシャルワーカー(MSW)の活用も注目されている。『医療福祉総合ガイドブック』(医学書院)は,こうした社会のニーズを受けて,患者の生活支援において重要な柱となる医療福祉制度を,わかりやすくまとめている。本紙では,同書の発行をひとつの「運動」と捉え,初版より編集代表として携わってきた村上須賀子氏に話を聞いた。


自らの問題意識が研究会,そして本の出版へと発展

――『医療福祉総合ガイドブック』を作ろうと思われたきっかけを教えてください。

村上 最初は,本にするつもりはなく,自分が制度を知らなくて困ったことがきっかけでした。当時,長い間勤めていた広島市中心部の病院から県の北部にある病院に転勤したのですが,そこは市立病院にもかかわらず,隣の島根県や周辺の郡部からも患者さんが来院していました。すると,住んでいる自治体が異なるため,それぞれが利用できる福祉制度も異なり,これまでの知識だけでは十分な支援ができないことに気付きました。一人で周辺地域の制度を全て調べるには数も多く難しかったため,十人程度の有志と分担して勉強する研究会を始めたのです。

 研究会にはMSWだけでなく,看護師さんや地域の民生委員さんも参加してくれました。各自が調べてきた制度を発表する際に,法律の条文そのままの説明をすると,民生委員さんから「言っていることがわからない」とクレームを受けたものです。こうした意見は,一般人がわかるような説明ができているかどうかを測るリトマス試験紙のようで,大変勉強になりました。

――その研究会が本の出版につながったのは,どういう経緯からでしょう。

村上 ある日研究会で,民生委員さんが「この情報をもっと早く知っていれば,困っていた人をあれほど苦しませずに済んだのに」と漏らしたのです。制度を知らないことは,それだけで不利益を生じさせます。社会保障制度の情報は,医療や福祉の従事者だけではなく,利用者自身にとっても必要な情報だと,私は気付きました。そこで,研究会で集めた情報を皆でまとめ,地域版のガイドブックとして出版しました。

 それが意外なことに,内容の半分以上は広島の情報だったにもかかわらず,全国で売れたのです。それまで福祉制度をわかりやすく解説した本はなく,こうした情報を求めて困っている方が,全国にいることを知りました。ならば,全国的にも使えるガイドブックを作りたいと思い,2001年に全国版のガイドブック(『介護保険時代の医療福祉総合ガイドブック』,初版)を出版するに至りました。

困っている人を助けたい!

――全国版の初版発行から今年で11年,今回が9回目の改訂となります。とても頻繁に改訂されているのですね。

村上 介護保険がスタートしてから,社会保障制度は目まぐるしく変わっています。近年は政権交代もあって,変化がさらに加速しているように思います。「せっかくこのガイドブックを見て利用しようとしたのに,制度はすでに廃止されていた」と読者を落胆させ,傷つけたくはありません。年度ごとの発行になってからは,一つ一つの情報を毎年調査・確認し,編集しなければならないため大変ですが,困っている方の役に立つ本を作るという目的を思えば苦ではありません。

 それに,頻繁に改訂版を発行することは,ひとつの運動だと思っているのです。一人でも多くの方々に福祉の制度を知ってもらい,制度の活用を社会に広げていくことが,この本の狙いであり,社会に対する働きかけになります。例えば,地域特有の制度であっても,全国的に共有すべき素晴らしい制度であれば,このガイドブックに掲載しています。自分の地域にはない制度を知ることで,困っている方々がその制度の活用を行政に訴え,広げていく。そんな運動が起きることを期待しています。

――「困っている人を助けたい」というのが,先生の原動力なのですね。ガイドブックを見ても,非常に読みやすくわかりやすいのが印象的です。

村上 ガイドブックを制作する際に私たちが一番大切にしているのは,「立場性」です。自治体が発行している制度説明は,「……の場合は利用できません」などと書かれていることが多く,利用者が申請する手助けにはなりにくい。そうではなく,利用者の立場になって,「ここを注意すれば大丈夫」とか「こんな工夫が大事です」というように,申請に前向きで具体的な書き方ならばわかりやすいですよね。研究会時代に民生委員さんから学んだことが,今も生きています。どんな利用者でも理解できるガイドブックをめざすことで,利用者自身が主体的に問題を解決していけるような支援をしたいと考えています。

被災者への長期的支援と,全国への制度啓蒙が必要

――2012年度版では,東日本大震災を受けて,「自然災害等にあわれた人のために」という章が新たに設けられました。

村上 大規模自然災害の被災者の生活を保障するための制度や支援は,通常時とは異なります。今回,私がこの章を必要だと感じたのは,MSWとして被爆者の支援をしてきた経験からです。

 ちょうど私が就職した前年に,被爆者に対する金銭給付制度である原爆特別措置法が施行されました。原爆から24年が経過していた当時,社会では戦争体験や被爆体験の風化が懸念されていました。一方で,広島市民の5人に1人が被爆者で,その多くがいまだに十分な生活を送れない状況にあり,彼らへの支援を通して,こうした大災害の場合には長期的な支援が必要であることを,痛感しました。今回の震災も同様で,被害を風化させないよう,ガイドブックに取り上げることが大切だと思ったのです。

 さらにもうひとつ,理由があります。広島で被爆された人の中には,戦後,東京を始め全国各地に移り住んだ方が多くいました。原爆特別措置法が施行された当時,もちろん全国の被爆者に適用されるはずだったのですが,広島から遠く離れた都市では被爆者に対する差別があったり,制度の運用を知らない職員がいたために,制度の利用が困難な状況にあった被爆者が少なからずいたそうです。そんな話を聞くと心が痛みました。制度を頼ろうとした被爆者は,さぞかし困ったと思います。

 今回,東日本大震災の被災地域から離れた地域の方にも,被災者を支援する制度の存在を知っていただきたくて,全国版であるガイドブックに被災者の保障に関する項目を設けました。全国にいらっしゃる,一人でも多くの被災者に,公的な支援制度を利用していただくことを願っています。

MSWの卒前教育の改善と院内での育成を

【写真】村上氏が兵庫大学生涯福祉学部で開講している講義の様子。『医療福祉総合ガイドブック』を手に取った学生からは,「図表がシンプルでわかりやすい」「他の講義では習わないことまで載っていて勉強になる」などの声があがった。
――現在先生は,大学でMSWの養成にも携わっていらっしゃいますね。最近の病院内でのMSWの活用について,どのようにお考えでしょうか。

村上 MSWをうまく活用している病院がある一方で,あまり活用できていない病院もあります。MSWの質も,残念ながらさまざまです。

――どういった点が,MSWの活用の成否を分けているのですか。

村上 1つは,MSWの教育課程に問題があると思います。看護師の教育課程に社会保障制度に関する授業があるのと同様に,MSWの教育課程にも医学に関する授業があります。しかし,授業の時間数が少ないため,MSWは十分な医学知識を身につけられないまま卒業してしまっています。しかも,社会福祉施設での実習経験はあっても,病院での実習は経験しないまま就職する場合もあります。

 そうして就職したMSWは,なかなか自分の役割を果たすことができません。患者の相談に対しても満足に応えられず,医師や看護師と連携したり,チーム医療を構築することもできません。同一病院内に他のMSWがいることもほとんどないため,同じ境遇の先輩に質問や相談することもできません。悪循環の中,うまく活動することができないまま病院を離れてしまうMSWがいるのが,現状です。

――そうなると,教育課程の充実も重要ですが,院内でMSWを教育するという意識も重要になってきますね。

村上 大事ですね。残念ながら,他の医療職と違って,最初から仕事ができるMSWはいません。経験も勉強も必要ですから,医療職の方々には,新人のMSWを即戦力として扱うのではなく,根気強く育てていただきたいです。『病院』誌では,これまでロールモデルとなるMSWの事例を紹介してきましたので,こちらもぜひ参考にしていただきたいです(『医療ソーシャルワーカーの力』として医学書院出版サービスより今年7月発売予定)。

患者の生き方に寄り添った取り組みが退院を促進させる

村上 MSWは,活用次第で,医師や看護師が提供する医療サービスに付加価値をつける存在になると私は思います。他の医療職とMSWでは,患者さんへの向き合い方が少し異なります。医師や看護師は,患者さんの治療を第一に考えるため,あまり多くの選択肢を持てません。けれども,MSWは患者さんの生き方や価値観を第一に考えるため,他の医療職とは異なる選択肢を提案することができます。困難な治療をためらい,医師からの説得にも応じなかった患者さんが,MSWとの面談によって経済的あるいは精神的な悩みを取り除かれ,治療に前向きな気持ちを持てるようになったという事例はたくさんあります。

――医師や看護師とは異なる側面を支援することによって,治療を円滑に進められるようになるのですね。

村上 私たちMSWは,患者さんの治療に直接関与することはできませんが,患者さんの身に寄り添った支援制度の提案をすることで,患者さんやご家族の医療サービスに対する満足度を上げることができます。時には,医師や看護師の負担を大幅に減らせることもあるでしょう。

 私は看護大学で社会福祉の授業を担当しているのですが,看護学生にMSWを介した医療と福祉の連携例について話すと,学生は「カンファレンスの場にMSWがいることを知って衝撃を受けた」「医師や役所に対して想いを代弁するMSWの役割は,患者にとって必要不可欠な存在だとわかった」などと感想を述べ,医療現場における福祉の重要性を理解してくれます。方法論としての連携だけでなく,制度の背景に存在する患者や利用者の社会状況についても知ってもらえれば,今後医療と福祉はもっと連携し,困っている患者さんに対してさらに幅広い支援を行うことができるのではないかと思います。

――MSWの取り組みは,特に退院支援において有用だと思います。看護師による退院支援は,ここ数年随分注目されていて,診療報酬も算定されていますよね。

村上 私は看護師とMSWがうまく協働すれば,もっと退院が促進できると考えています。一人の患者さんを退院に導くには,健康と生活の両方を支えなければなりません。患者さんの健康面に関しては医療職である看護師が,生活面に関してはMSWが,退院に向けて整えていく。双方が両輪となってしっかり噛み合えば,患者さんは安心して退院の準備ができるのではないでしょうか。

――健康面だけでなく,生活面でも支援があれば,安心して退院を迎えられそうですね。

村上 退院支援がうまくいかない場合の多くは,患者さんが生活の整っていないところへ帰されることが原因です。

 昔,私が担当した高齢の患者さんに,肺炎を患って予後の悪い方がいました。本人も奥様も,最期を自宅で過ごすことを希望していたのですが,奥様にはケアの経験がなく,他の家族も遠くにいて,自宅で患者さんを看る準備が整っていない。当然医師は,「こんな状態で帰すことはできない」と考えます。一方で私は,遠くのご家族を呼び戻す方法や介護保険の利用,ご家族がケアの手法を看護師から習得するプログラムなどを考え,医師に提案しました。具体的な計画を見た医師は,「ここまで整えば,帰れるかもしれない」と考えを改め,最終的には患者さんを家にお帰しすることができました。

 患者さんはその1週間後に亡くなられました。もしかしたら病院にいたほうが,もっと長く生きることができたかもしれませんが,それでもご家族は「家で看取れてよかった」とおっしゃっていました。このように,医療と福祉が連携すれば,患者さんの負担を最小限に抑えながら,生活の整った場への退院支援が実現でき,患者さん自身も前向きな気持ちで退院に臨めるのではないでしょうか。

――MSWの活躍の幅はますます広がりそうですね。一方で,MSWがいない病院では,どのように患者さんの生活面を支援すればいいのでしょうか。

村上 残念ながら,現在MSWは全国津々浦々にいるわけではありません。でも,全国どこの病院でも看護師さんはいます。MSWのいない病院に勤務する看護師さんには,ぜひ福祉的な関心を持って患者さんを看護していただきたい。なぜなら,看護師さんは患者さんに最も身近で,患者さんの些細な悩みを最もキャッチできる存在だからです。

 治療に関する悩みはもちろん,ご家族のこと,お金のことなど患者さんの生活面の悩みを耳にすることもあるでしょう。そんなとき,看護師さんが「もしかして何かよい福祉の制度があるのでは?」と少しでも気にかけてくだされば,患者さんの悩みに応えられる可能性が高まると思うのです。

 きっかけさえつかむことができれば,細かい制度の内容は担当の窓口にその都度問い合わせればいい。まずは患者さんの生活面を整えることに関心を持つことが,非常に重要だと思います。

――看護師の活躍にも期待が高まりますね。ありがとうございました。

(了)


村上須賀子氏
1969年広島県立女子大社会福祉学科卒。摂南大大学院経営情報学修士課程修了後,吉備国際大大学院にて博士(社会福祉学)を取得。学部卒業後よりMSWとして広島市立総合病院に29年間勤務。大学教員としては,広島国際大,宇部フロンティア大,県立広島大を経て,2009年11月より現職。MSW職をこよなく愛し,MSW養成課程の開設を担うかたわら,日本医療ソーシャルワーク学会長として,臨床現場のMSWを支えるための研修や研究活動を続けている。