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第2927号 2011年5月9日


高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス

【その5】
看取りパイロット――高齢者終末期医療

大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


前回よりつづく

 高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には,幅広い知識と臨床推論能力,患者や家族とのコミュニケーション能力,さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど,医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し,より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を,本連載でお伝えしていきます。


症例】 パーキンソン病などで高度虚弱状態の高齢男性Aさんが,肺炎の入院加療を終えて居住している老人ホームへ退院してきた。数週間の入院加療で老衰はかなり進み,入院前は手引きで歩行していたAさんが,退院後は寝たきりで意思疎通が困難な状態になっていた。退院後まもなく食事摂取量が低下してきた。当初,2人の娘や老人ホームの職員間で状況理解やケアゴールの不一致があったが,数回のミーティング後,ホームにて終末期ケアを行うことに決定した。

高齢者終末期医療とは

 今回は,高齢者の終末期(特に老衰自然死)を長い人生航行の終わりに見立てて終末期医療を議論する。高齢者は老衰を含めたさまざまな病気を患うことにより,いくつかのパターンで日常生活機能や可動性が低下し死に至る(BMJ. 2005 [PMID: 15860828])。いずれのパターンでも,医師には日々衰弱していく終末期患者のあらゆる症状をコントロールし,苦痛のない安らかな最期を提供することが求められている。長い航行をしてきた航空機の高度を平穏に低下させ,安全に軟着陸させる熟練パイロットの仕事に似たところがある。

 また終末期医療には,いろいろな人がかかわるが,それらを「マネジメント」しながら,高齢患者と家族にとっての一大イベントを,幸福感あふれるものに演出するのも医師の役割である。ピーター・F・ドラッカー風に言えば,主に老人ホームで看取りを行う筆者にとって,第一の“顧客”は言うまでもなく高齢患者であるが,その家族や友人,そして老人ホームのスタッフも“顧客”として,それぞれ「幸福感」と「やりがい」を感じてもらうような終末期医療を提供することを心がけている。

症例続き】 Aさんの咀嚼・嚥下機能は低下し通常の食事に耐えられなくなったため,すべての経口内服薬を中止した。一方で,末梢静脈から一日500 mLの補液を開始した。娘2人や親戚,友人が毎日のように訪れ,言葉での意思疎通が困難なAさんから笑顔がこぼれた。痛みの訴えや苦痛の症候はなく安定した状態で3週間ほどが過ぎた。老人ホームのケアスタッフにより口腔ケアや入浴ケアは日々続けられた。

終末期への移行

 高度虚弱患者には通常高度の認知身体機能障害があり,生活に多くの介護を必要とする。彼らはある時期になると食事量が低下してきて,この変化は終末期への移行を意味する()。家族やコメディカルスタッフとミーティングを行い,患者の状態を共有しケアのゴールを確認すべきである。

 特に家族の複数のメンバーや親戚,友人などがケアにかかわり,その集団内やスタッフ間で認識のずれがある場合は頻回にコミュニケーションを取り合う必要がある。長い航行を続けてきたパイロットが高度を下げ着陸体制に入る前に雲や乱気流の位置を確認し,機体状態をチェックし,降機地の情報収集を行う作業に通じるものがある。

 老衰終末期の可動性・日常生活機能の低下とその対応

平穏な高度低下を

 終末期が進行し,経口摂取がほとんどなくなった場合,一日500 mL程度の補液を行うことがある。確固たるエビデンスはないが,意識のある患者では特に,倦怠感などの脱水症状が緩和されるかもしれない。このような状態になると基礎代謝や不感蒸泄が低下しているためか,一日500 mL程度の補液でも尿量200 mL前後を保ちながら,血行動態は安定していることが多い。

 経口薬を見直す時期であるが,ほとんどの場合はすべて中止し,症状コントロールに必要な薬物は経口以外のルートを模索する。補液のみでは徐々に衰弱が進み倦怠感を訴えることが多いが,悪性腫瘍の若年患者と比較してコントロール困難な苦痛症状を呈することは少ない。徐々に高度を下げているこの場面では,状態の乱高下や苦痛症状(揺れ)がないよう,医学的には最も気を使う時期である(図)。

 症状コントロールは緩和医療の知識と技術を総動員するが,治療の相手は超虚弱高齢者ということを念頭におき,薬の量や投与方法に細心の注意を払うことは言うまでもない。

症例続き】 Aさんが深昏睡状態になったので,補液をそれまでの毎日から一日おきとし,努力様呼吸になったので補液を中止し塩酸モルヒネの持続皮下注を開始した。遠くから駆けつけた親戚の1人が補液の継続を訴えたが,「Aさんの最期が迫っており,これ以上の補液は苦痛を与えます」と理解を求めた。モルヒネの効果か14回/分の平穏な呼吸となり,その24時間後に家族,友人総勢10人ほどに見守られ安らかに最期の息を引き取った。臭いも汚れもないきれいな遺体だった。

安らかに,そしてきれいに

 意識レベル低下(深昏睡状態)や血圧低下,酸素不応性の低酸素血症,無尿などは,active dying stage(最終着陸体制)に入ったことを意味する(図)。家族やコメディカルスタッフとそのことを確認し,これ以上の補液は気道分泌物を増やしたり,時間を引き伸ばして苦痛を増強してしまったりするため中止する。あくまでも臨床的な推論であるが,さまざまな原因からのアシドーシスに対する代償性機転のためか,努力様呼吸が出現する。患者が呼吸苦を感じている可能性もあるため,オフラベルでの酸素とモルヒネの投与は許されるだろう。

 塩酸モルヒネは,血管確保のできなくなった終末期高齢者では,微量調節しながら投与できる持続皮下注法が最適である。塩酸モルヒネ量で0.5-1 mg/時から始め,2-4 mg/時で呼吸数を20回/分以下に抑え,患者の呼吸苦を緩和し,見守る人々に安堵してもらう。通常この時点から12-48時間で平穏に息を引き取る。

 なお耐え難い苦痛症状がある場合には,palliative sedation(緩和的鎮静)のためベンゾジアゼピン系の薬物を静脈投与することがある。筆者も,痙攣に対しミダゾラム(ドルミカム®)を使用したことがある。愛する人の安らかな最期やきれいな身体が遺族の悲嘆を軽減するとのデータは多く,終末期の症状コントロールや身体ケア継続の重要性を常に意識している。

「キュアからケア」時代の医師の仕事

 賛否両論あるが,筆者はできるだけ故人の通夜か葬儀に参列するようにしている。老人ホームでの深く長い付き合いがあった故人を偲び,生前を少なからず反映する儀式を通してその人生への理解をさらに深める。また筆者にとっての第二,第三の“顧客”である親族を癒し,老人ホームのスタッフと思いを共有する目的もある。

 これは,航空機パイロットが着地した機体をターミナルまで安全に運ぶ作業に似てはいまいか。タラップ横の停止位置でブレーキを引くことによって初めて,高齢患者の長い人生航行,家族やホームスタッフによる献身的ケア,そしてわれわれの終末期医療が完結するような気がする。

 高齢化が急速に進むなか,日本の医療の中心が,それまでのキュア(治癒)からケア(癒し)に移行している。医学的には「何もしない(治療しない)」終末期医療を「Best supportive care」を行う医療と再定義すれば,これから迎える超高齢社会において医師の新たな役割と仕事が創造されるであろう。

つづく

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