医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第2781号 2008年05月19日



第2781号 2008年5月19日


アメリカの医療やアカデミズムの現場を15年ぶりに再訪した筆者が,心のアンテナにひっかかる“ねじれ”や“重なり”から考察をめぐらせていきます。

ロスする

〔第7話〕
右も左もわからない人たち


宮地尚子=文・写真
一橋大学大学院教授・精神科医
ケンブリッジ・ヘルス・アライアンス客員研究員


前回

 私は右と左がわからない。とっさに「右を向いて」と言われてもどちらを向けばいいかわからないし,エスカレーターで立つときも,他の人が立っていないと右側に立てばいいのか左側に立てばいいのか,迷ってしまう。まあエスカレーターについては関西と関東で違うので,7年前に大阪から東京に移った私がいまだに混乱していてもおかしくないのかもしれない(7年もたつのだから,おかしいか……)。中学のとき,「右手を挙げて」と先生に言われ,一人だけ左手を挙げてしまい,みんなに笑われた記憶は今も鮮やかである。

 このことはホームページにも書いているので,ここで話題にするつもりはなかったのだが,最近友人から紹介されたインターネットの面白い映像を見て,利き手や脳の左右差についての関心が甦ってしまった。そもそも本連載のタイトルの「クロス」という言葉も,私の右と左がわからないという話を,編集者としていたところから来ている。

美しく幸福な「右脳の世界」

 映像は,ハーバードで研究をしていた脳科学者ジル・ボルテ・テイラーが,自分の左脳の脳出血の体験について講演しているものだ(http://www.thoughtware.tv/videos/show/1613)。

 ある朝,彼女は頭痛に襲われ,それから徐々に発話や身体の動き,思考が支障を来たしていくのに気づく。「あら,大変。何とかしなきゃ!」と思いながら,同時に「脳科学者が脳出血を内側から経験できるなんて,なんてクールなの!」と観察にいそしんだりもする。そして合間あいまに,左脳からのそういった「おしゃべり」や「指示」が消える時間を彼女は味わう。自分という身体の輪郭が消え,今ここに,ただエネルギーとして存在し,世界と一体となっている喜びを感じる。

 彼女は何とか友人に電話をし,病院に運ばれ,手術を受けて一命を取り留め,8年かかって完全に回復する。けれども,脳出血の際に垣間見た右脳の世界,美しく幸福な「涅槃の世界」をとても大切に思う。そして人々が左脳から離れて右脳の世界を感じることを選ぶようになれば,もっと世界は素晴らしい場所になるのではないかと力説する。

 彼女が言うには,右脳はパラレル・プロセッサーで,今ここにある存在感をイメージや身体の五感として受け取り,エネルギー的存在として人々とつながり合い,一体となったものとして世界を感じるという。一方,左脳はシリアル・プロセッサーで,今受け取っている情報の詳細を,過去の情報と照合させ,将来の可能性に結びつけて分類し,そして現在すべきことを判断・指示していくという。また,左脳では,他者と隔たりを持ったクリアな輪郭のある個人として自分を感じるという。

 プリンストン大学の心理学教授だったジュリアン・ジェインズが書いた『神々の沈黙――意識の誕生と文明の興亡』(紀伊國屋書店)の,「二分心」の議論を思い起こさせる。三千年以上前の人類は,意識も「私」という概念も持たず,右脳で行われる非言語活動を,左脳が神々の声として聞き,それに従って行動していたという主張だ。どちらも,一時期日本でも流行った「右脳革命」のようでもある。ハーバードの脳科学者とかプリンストンの心理学者じゃなかったら,トンデモな人たちに思えてしまいそうだ。

利き手と脳をめぐる謎

 それほど右脳と左脳は違うんだろうか。だとしたら,左利きの人はどうなんだろう。そして,私のように右と左がわからない人間はどうなのだろう。私の場合,ボールを投げたりドリブルするのは左手,それ以外は右手である。ほんとは左利きなのかと思ったりするが,むりやり右利きに矯正させられたとは聞いていない。

 ちょっと調べてみたくなった。リサーチである。わくわくする。日頃トラウマという重いテーマを扱っているので,こういうリサーチは楽しい。頭の体操だ。こんなことでも時々しないと,燃えつきるか,煮詰まるか,世界や人間が信じられなくなって,ブラックホールのように暗い人間になってしまいそうでもある。

 とりあえず,手元にある『「左利き」は天才?――利き手をめぐる脳と進化の謎』(日本経済新聞社)という本を取り出す。自らも左利きのジャーナリスト,デイヴィッド・ウォルマンが,世界中の専門家を訪ねまわって左利きの謎を探る。日本にも住んだことがあるらしく,東大の研究者を訪ねたり,軽井沢でのレフティー・ゴルフ大会に初心者ながら参加した様子などをユーモラスに書いていて,読みやすい。

 その本によると,左利きは人口の10-12%で男性に少し多い。左利きの子どもが生まれる確率は,両親が右利きで9.5%,片方が左利きの場合19.5%,両親が左利きの場合26.1%である。言語中枢が左脳にあるのは,右利きで99%,左利きでも約70%。後は,右脳にあるか,左右の脳にまたがっている。言語を持たないチンパンジーでも約7割が右利きである。オウムの9割は物をつかんで持ち上げるときに左足を使う。タコにも利き目がある。

 左利きか右利きかよりも,強い片手利きと両手使いの間の脳の差異のほうが大きいということが,本の後半になって出てくる。……やっとたどりつきました,私の知りたいことに。それによると,利き手がどちらかに偏っているほど脳梁が小さい,脳梁が大きいと脳半球間のやりとりが活発になる,両手の協力が必要な動作(バイオリン演奏など)については両手使いの方がうまく行え,両手が別々の動きをする動作(ドラム演奏など)については,反対側の脳からの干渉の少ない強い片手利きのほうがうまい,らしい。

 残念ながら,その後の章はまた右利き/左利きの比較に戻ってしまうのだが,それでもいろいろ興味深い研究結果が紹介されている。例えば,右利きの場合,森の写真などマクロな全体像を見るときは右脳,個々の木などミクロのレベルの写真を見ているときは左脳が活動し,左利きだと逆になる。左脳は一定の世界観を形作り,右脳は異変や矛盾に目を光らせ,それらが一線を越えると左脳の古い世界観を改め,パラダイムシフトを起こさせる。だから,両手使いは考えを改める頻度が高く,進化論を信じる割合が多い。女性のほうが脳梁が大きいが,男性のほうが個々の脳半球内では効率よく情報を伝達できる。片手利きのほうが交通事故を起こしにくい。両手使いのほうが記憶力がよい。数学に秀でた若者や子どもは脳の左右差が少ない。脳の左右差が少ないほど,魔術的思考をする傾向が強い。魔術的思考は精神疾患や創造性につながっている可能性がある。アインシュタインは両手使いで視覚的な想像力に優れ,死後解剖をすると脳の構造の左右差が並はずれて少なかった,などなど。

皮膚だって世界を感受してる!?

 うーん。面白いのだが「わからなくなってきました」という感じである。矛盾や用語のずれも多く,すっきりしたくて,この後,本で紹介された研究者のサイトなどへもリサーチを進めたのだが,混迷度は深まるばかりで,とてもここに要約できない。実際わかっていないことが多く,仮説が乱立しているようである。上記に羅列したことも,あくまでも統計的な傾向にすぎない。それでもつい,自分に当てはまりそうなところに注目して,プラスのことだと喜んだり,マイナスだと反論を加えたくなったりしてしまう。

 左/右は二分法の基本の一つなので,善/悪,優/劣,男/女,全体/部分,アナログ/デジタル,感性/知性といった他の二分法を重ねて,わかりやすい物語が作りあげられやすい。テイラーさんは講演のなかで脳の標本を見せて,いかにきれいに左右の脳が分かれているかを示した。

 ただ,左右がつながっているのは脳梁だけでない。脳幹や脊髄があり,そこからは末梢神経が身体に広がる。そして皮膚や腸だって,世界を感受し考えているかもしれないではないか。右も左もわからない私は,そんなことを考える。そう考えているのが私の右脳なのか,それとも両脳の交流なのかも,わからないまま。

次回へつづく

連載一覧