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第2767号 2008年2月4日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第120回

緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2765号よりつづく

ニューオーリンズの防災対策に欠けていたこと

 昨年の本欄で,ハリケーン・カトリーナで孤立したニューオーリンズに踏みとどまって患者のケアに励んだがゆえに殺人罪に問われることになってしまった医師の話を紹介した。カトリーナは,ニューオーリンズ地域に限っても1000人を超える死者と2500億ドルに上る大被害をもたらしたが,ニューオーリンズが著しく嵐に弱い街であることは,カトリーナが襲う前から防災関係者の間では常識となっていた。

 実際,2004年には仮想ハリケーン「パム」の襲来を想定,連邦政府・州・市関係者による,大規模な防災シミュレーションまで実施されていた。仮想ハリケーン「パム」の規模はカテゴリー3と,実際に襲来したカトリーナ(カテゴリー4)よりも小さい規模に設定されていたが,「パム」程度のハリケーンで堤防は決壊,市の大部分が洪水に覆われるとコンピュータ・シミュレーションは予言していたのである。

 つまり,いつか嵐がくることも,嵐が来たらひとたまりもないであろうことも,いずれも「想定内」の事態であったのだが,ニューオーリンズの場合,防災体制が強化されることはついになかった。連邦政府にも,州政府にも,堤防の増強工事などにかかる莫大なコストを支出する気などさらさらなかったからだが,結果的に,為政者たちに防災対策の「緊急性」を実感するイマジネーションの能力が欠如していたことが致命傷となったのである。

日本の医療政策を防災対策にたとえると……

 ニューオーリンズの場合は,嵐に備えて堤防を補強する準備を怠ったことが大被害につながったが,昨今の日本の医療政策を見ていると,大型の嵐が間違いなくやってくるのはわかりきっているというのに,「維持に金がかかるから」という理由で堤防を削ることに専念しているように見えてならない。世界史上前例のない超高齢化社会という「大嵐」が到来すれば,社会全体として医療サービスの必要が増大する「大雨」が降ることはわかりきっているのに,もともと先進諸国の中では最低の部類に属する医療費(=堤防)を削ることに専念しているのだから,とても正気の沙汰とは思えない。

 大雨が降るとわかっているのに堤防を削れば洪水になることは避け得ないが,では洪水になったらどうしろと,医療費抑制論者は言っているのだろうか? 実は,彼らが抑制しようとしているのは,正確には医療費の中でも保険給付などの公的部分であるが,いざ病気になって医療費負担がのしかかるようになった(=浸水が始まった)場合は,個々人が自己責任で頑張れ(=バケツで水をかき出せ)と,言っているのである(換言すると,医療保険について「公を減らして民を増やせ」という主張は,「堤防を削るからバケツで頑張れ」と言っているのと変わらないのである)。

 しかも,嵐の本体が来るのはまだこれからだというのに,すでに堤防決壊の兆しが見え始めているのだから,日本の医療の将来を考えると暗澹とせざるを得ない。以前からも言ってきたように,日本がこれまで安いコストで良質な医療を国民に提供することができた最大の理由は,医療者たちの義務感と過重労働が支えてきたからに他ならない。それが,過重労働に耐えてきた医療者たちに対し,医療費抑制に加えて,医師数抑制という「鞭」で打つアビュースを加え続けてきたのだから,医療者たちの志気が低下したのも不思議はない(その典型が巷間言うところの「立ち去り型サボタージュ」である)。さらに昨今メディアをにぎわしている救急患者・妊産婦の受け入れ「不能」問題に端的に象徴されているように,日本の医療は,ついにアクセスに障害を生じるところまで追い込まれてしまったのである(受け入れ「拒否」と報じるメディアもあるようだが,医療側がどんなに受け入れたくとも患者を受け入れることが「できない」のだから,「拒否」という言葉は不適切であろう)。

迷妄な観念

 大嵐が来ることはわかっているうえに,堤防が決壊し始めている兆候さえあるというのに,なぜ為政者たちが堤防削りに専念するのかというと,その最大の原因は,「日本は小さな政府で行くのだ」という迷妄な観念にとらわれた人々が,医療も含めた社会保障費の抑制を続けてきたことにある。彼らは,日本は「国民負担率」(国民所得の中で租税と社会保険料が占める割合)を5割以内に抑えなければならないと主張し続けてきたが,実は,先進国の間では国民負担率が5割を超える国がほとんどであり,「大きな政府」で国家を運営することがノームとなっている。国民負担率が4割を切る「小さな政府」でやっているのは日本以外では米国やスイスくらいしかないのだが,彼らは,いったいなぜ国家の形態として「大きな政府」ではなく「小さな政府」を選ばなければならないのか,その納得できる理由も提示しないまま,医療費が増え続けると国が亡びてしまうという,根拠のない「医療費亡国論」を前面に押し立てて,医療費抑制に励んできたのである。

 私から言わせれば,超高齢化社会の到来を目前として公的医療費を抑制することほど国を亡ぼす早道はないと思うのだが,「小さな政府」を主張する人々には,その恐ろしさを実感するイマジネーションの能力が欠如しているとしか思えない。嵐が来てから悔やんでも手遅れであることは,カトリーナの例を挙げるまでもないのだが……。

この項つづく

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