医学界新聞

寄稿

2007.06.25

 

【寄稿】

オーストラリア連邦ヴィクトリア州の看護管理事情

中島美津子(聖マリア学院大学看護学部助教)
森山美知子(広島大学大学院保健学研究科教授)


 2007年3月上旬,医療制度が比較的日本に近く,看護師の復職と定着率の向上に成功したヴィクトリア州の代表的な複数の病院やAustralian Nursing Federation(ANF:組合),派遣会社等を訪問し,その成功の理由を探った。理由には,まず,労働者としての権利を求める土壌(ANFの存在とそれに応える政府)――看護師の労働環境の改善を求める大規模なストライキの結果,患者対看護師の配置基準を4:1+病棟責任者(日勤帯,患者の重症度により5:1,夜間は8:1,2001年労働党政権で導入),給与体系や専門職としてのキャリアパスの明確化,看護師が行うべき業務内容の整理と補助者の導入――があるが,加えて,CQIの導入と徹底した医療機能評価の実施,そして,1993年の診断群別包括支払制度(DRG)とCase Mix Fundingの導入による「徹底した効率化/スリム化,入院日数・ベッド数の削減」が影響している。(加えて,移民国家としての海外からの看護師の流入もある。)

 しかし,同時に,看護職を魅了できる職場環境の改善と業務範囲の拡大が大きく関連している。これは,慢性疾患患者の増大や治療の外来化/在宅化に代表される疾病構造の変化や患者のライフスタイル・ニーズに見合った柔軟な医療サービス提供へのシフトでもある。

 そこには,定着率向上を導き,誇るべき看護組織を確立したという自信に満ちた看護管理者がいた。彼女らは言う。「仕事は忙しい。でも自分で選び,やりがいのある仕事だから面白い」。そこでわれわれが目にした看護管理を成功に導くポイントを述べてみたい。

1.ガバナンスが病棟師長に降りていること

 病棟運営はすべて病棟師長に任されている。彼女らは自ら進んで師長というマネジャーのプロの道を選ぶ。マネジメントに関する訓練を受け,徹底した経営指向のもと病棟の人・物・金の決定権を有する。自分の病棟運営にマッチした看護師を人事部門と共同してリクルートできる。どんなレベルの看護師を何人採用するかは,予算内での師長の采配である。DRGの下,在院日数を短縮し,重症化による再入院を防ぎ,病棟の財政を改善した分,病棟運営の費用にフィードバックされる。彼らは明確に,「自分のやり方に合わない人は辞めていく。それでよい」と語った。また,DRGに基づき標準化された患者コストを数値化したThe Weighted Inliers Equivalent Separations(WIES)で運営する病棟管理を徹底的に訓練され,予算獲得もすべてエビデンスに基づき請求していた。

2.キャリアパスの明確化とポストの自己選択

 師長にはマネジメント能力が求められるため,臨床経験2年終了後からスタッフナースか管理職/専門看護師かの道を選択できる。どのポストも基本的に自らの応募である。「ジェネラリストは必要ない」この州の看護管理の考え方である。強制的な病棟ローテーションは原則存在しない。卒後2年目から専門としたい領域や働きたい場所(病棟や専門部署等)を選択する。そして,希望する限り同じ場所で働き続けることができる。もちろん,管理者の立場から能力の低い人に退場してもらう手続きは,実際は困難ではあるが,明確である。病棟/部署ごとのリクルートは常に同じ組織内のイントラネットで行われている。「必要とされる能力,キャリア,仕事内容」等をみて,同じ病院内でも自分で応募する。

 われわれがインタビューした看護部長(日本とは組織内での位置づけが異なる)は20代で師長になり,42歳で看護部長になった。「卒業後数年はさまざまな病院で働いた。そして英国から戻って州立病院に入職し,自ら病棟副師長に,その後師長に応募し5年間やった。その間,いろんな戦略的プログラムを作った。2004年に経営学修士を取り,2005年に看護部長に応募し,今に至っている」と語った。決して稀有なケースではない。多くの看護師が自分の専門性を見極めるためさまざまな病院を経験し,時には旅行三昧したり,看護と異業種に就いたりして,さまざまな社会経験を積んでそのポストに就く。

3.臨床研修制度(マッチング制とリクルート)

 ヴィクトリア州では,看護大学卒業後Graduate Yearといわれるマッチング+臨床研修制度がある。卒業後1年目はマッチングで決定した施設で1年間の雇用契約の下,給与をもらいながら研修を受ける。(4:1の中にカウントされる。)研修施設側はさまざまな教育プログラムを準備する。同時に,このマッチング制はリクルートにも生かされる。質の高い看護師は自分の病院に残ってほしい。そのため彼らは1年かけて看護師の能力を査定する。インタビューに応じたスタッフ看護師は,「この病院の研修を受け,病棟師長からリクルートされた」と就職理由を語った。(病棟ごとに専任の指導者が配置されている。病棟の業務と兼ねる場合は,指導時間をコスト換算して,その時間分,別の人材を要求できる。また,このプログラムには受け入れ人数に応じて政府から補助が降りる。)

4.ワーク・ライフ・バランスを保証するために

 病院ごとに設置されたナースバンクと多様な勤務形態の導入が大きい。日中,常時4:1を確保するために,病院ごとにナースバンクを設置し,無料のリフレッシャーコースを準備し,パート労働者の正規雇用の枠を広げ,あらゆる勤務希望の登録を認める。原則,6週間連続の日勤+2週間連続の夜勤の交代制勤務ではあるが,週に1日又は数時間のみ,日勤帯のみといった勤務も認めている。日々,スタッフの急な欠勤や病欠,空席などバンクナースでカバーする。それでもカバーできないときは,人材派遣会社を利用する。この国では,残業は数倍の時間給を支払わなければならないため,日勤帯と準夜勤帯とにオーバーラップ時間を設け,その時間に日勤帯の看護師は業務を終了させるなどして残業を防いでいた。記録も簡素化されている。また,この時間帯に委員会や研修会を企画している。彼らは残った仕事は臆することなく次の勤務者に引き継ぐ。われわれが質問すると,「仕事が終わらなかったのはわれわれの能力のせいではない。適切な業務量ではないからだ」と言いきった。産休・育休も十分に確保されているが,休暇中でも臨床感覚を忘れないように好きなときに自由に病棟に行って働ける制度も設けていた。

5.疾病構造の変化と需要-供給バランスに対応するための看護師の活躍場所と業務範囲の拡大

 オーストラリアでは国をあげて疾病管理を推進している。その専門部署や専門スタッフの配置も進んでいる。電話やメールでの指導やフォローアップを行う看護師は,勤務時間を患者に合わせて設定でき,自宅勤務も可能としていた。このように在院日数を減らし,在宅への移行を推進するサービス・プロジェクトは師長等の看護管理者が提案し実施していた。さらに,「看護のやりがいの向上には業務範囲の拡大は重要」と,州による看護職能の業務範囲の見直しを行っている最中であった。

 加えて,Evidence-based Clinical Practiceの導入,スタッフ教育サポートなど支援のための資源が豊富で,働きながら大学院に進学することができ,大学と共同して研究・教育を進める仕組み,スタッフを守るための患者・家族からの虐待対策(暴言や差別等)等,報告したいことはまだ多くある。日本とオーストラリアで国民性や組織文化に相違点はある。しかし,それらを考慮したうえでも,この事実はわれわれ日本の看護管理に示唆を与えてくれると考える。

(本調査は,同志社大学医療政策・経営研究センター,医療政策・経済ユニット「医療組織の質改善に関する研究」の一環として,共同研究員の立場で実施した。)

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